第117話

 翌日、海上鉱山の修復を終えたゲラリオたちの屋敷を訪ね、改めてファルオーネたちの見つけた成果を説明した。

 そのうえでジレーヌ領として、この謎を慎重に追いかけていくという決断を告げた。

 領主イーリアの指揮の下、予算を割いて調べると。


 そしてゲラリオたちは、その決定の良い面と悪い面の両方に、すぐに気がついていた。

 予算は出るが、そのためにスタンドプレーは許されない。


 ゲラリオたちはその損得を天秤にかけ、条件を飲んだ。

 万にひとつ、いや百万にひとつくらいは、ならば俺たちだけでやる、と島から出て行く可能性を危惧していたので、自分はほっとした。


 そして気が抜けた興味本位で、ゲラリオたちに尋ねていた。


「なんの魔法を追いかけたいとかあるんですか?」


 ゲラリオが少し嫌そうな顔をしたのは、伝説の魔法など見習いの子供魔法使いたちが見る夢だから、というこの世界の常識のせいかもしれない。


 けれど隠すのもそれはそれで格好悪いと思ったのか、ぶっきらぼうに言う。


「死者復活だよ」


 命のやり取りを経てきた傭兵らしい、と思っていたら、寡黙で表情にも乏しいゴーレムのようなバランが、珍しく小さく笑っていた。


「なに笑ってやがる」


 たちまち噛みつくゲラリオに、ツァツァルが言った。


『素直にワレの怪我を治したいと言えばいいだろうに』


 ツァツァルが言うと、ゲラリオは目を見開き、口を引き結んでそっぽを向いていた。


 どういうことかわからないでいると、気配で察したのだろうツァツァルが、目に巻いた包帯の向こうから、視線をこちらに向けてくる。


『死者が蘇るほどならば、あらゆる怪我が治るはず。そう言われているのだ』

「なる、ほど」


 仲間想いのゲラリオ。


 それはとても素晴らしいことだと思うが、歴戦の強面傭兵としては、照れくさすぎるのかもしれない。


「一度死んでからなら、その馬鹿が治ってるかもと思ってるだけだよっ」


 ゲラリオの悪態にツァツァルは笑い、バランがゲラリオの肩を叩いて、鬱陶しがられていた。


 仲の良い三人だし、現役で前線に立っていた頃の三人の戦いを見たかったなと少し思う。

 そんなことを思い、自分はもうひとつ用事があったことを思い出した。


「あ、それとお三方に、また新しいお仕事をお願いしたいのですが……」


 やや語尾が濁ったのは、すでにいろいろ頼み込んでいるから。

 ゲラリオやバランには海上鉱山のために働いてもらっているし、ツァツァルも獣人として各地を渡り歩いてきた経験から、法の制定の際に様々な意見を出してもらっている。


 特にロランには獣人に対する法律でろくなものがなく、獣人を所有する人間同士の所有権の法律か、下層民としての懲罰的なものばかりなのだ。

 だから獣人たちの権利と立場を明確にし、権利を確保するための法律が欲しいと聞いたロランの人々は、あまりいい顔をしなかった。


 しかしこの点についてはイーリアが全面的に支持しているので、ロランの者たちは海の向こうの小島のことと割り切って、とりあえず協力はしてくれていた。


 ゲラリオたちに新たに頼みたいのは、そこに関係しなくもないことだ。


「仕事? もらえるものさえもらえれば、考えてやる」


 がめつい戦争の犬みたいなゲラリオの物言いだが、海上鉱山の働きに対しては、採掘する獣人たちと大して変わらない日給しか要求してこなかった。


 呆れ笑うバランとツァツァルに、ゲラリオは子供みたいに唸り返している。


「クルルさんとコールさん、それに適性のある獣人の人たちを、冒険者として訓練して欲しいんです」


 仲間内でじゃれていたゲラリオの顔が、すっと魔法使いのものになった。


「冒険者として、だと?」


 俺たちじゃ不足なのかと言いたげだが、残念ながら不足だ。

 能力ではなく、物量の点で。


「これから先、鉱山調査のために外に行く機会も増えると思います。その手薄な時期に、たまたまどこかの勢力が乗り込んでくることもあるでしょう。そういう時に備え、魔法を使って戦う場合の定石みたいなものを、ゲラリオさんたち以外もきちんと修得しておくべきかと」

「……」


 ゲラリオは不服そうに頭を掻き、腕を組む。


「どんな能力も、使い方を知ってこそかと」


 ゲラリオは、ため息をつく。


「確かにクルルの奴も、魔法を撃てるだけって感じだからな……。けど……」

『可愛い愛弟子を危険に晒したくないか』


 ツァツァルの茶々を予測していたようで、ゲラリオはげんなりと肩を落とす。


「そうだよ。冒険者なんてクソだ。戦場のことなんて一生知らないでいい」


 自分は戦の実情を知らないので、安易な言葉は返せないが、戦の凄惨さの見本ならばツァツァルという実例が目の前にいる。


 けれどそれでも、自分はこう言った。


「訓練してもらえたら、クルルさんが守れる人の数は多くなります」


 ゲラリオはこちらをじろりと見る。

 その嫌そうな顔は、ほとんど諦めているのと同じだ。


「くそっ……だから弟子なんてとりたくないんだよ」

『だがあのムスメは、無力なままの生より、名誉ある死を選びたがるだろう』

「……」


 きっとゲラリオは、今まで何人も若人に戦いを教えてきて、少なくない人の死を見届けてきたのだ。

 そして単に魔法を教えるのとは違い、戦の技術を教えるということは、そういう死地に手ずから送り出すことにほかならない。


 下品だとクルルに言われてへこむようなお人好しのゲラリオは、そういうことに抵抗がある。


 けれどゲラリオとしても、クルルが可愛いだけの女の子ではないと認めている。


「わかった、わかったよ。教えればいいんだろ、教えれば」


 ゲラリオは言って、こちらを見た。


「年金は増えるんだろうな」

「はい。青天井とはいきませんが、可能な限り希望に沿うようにします」

「へっ、俺たちが温情で大して請求しないと思ってるのか?」

『しないだろう?』


 ツァツァルが言って、難儀そうに体を起こす。

 バランが支えようとしたが、気配で察したのか、ツァツァルは手でそれを制した。


『名誉を守るにも力は必要だ。そしてあのムスメには気高さがあり、それに応じた力が必要だと、オマエもわかっているはずだ』


 ゲラリオもバランも、ツァツァルには一目以上のものを置いているのがわかる。

 それは前衛として自分たちの代わりにひどい怪我を負ってくれたから、というよりも、そもそものツァツァルの人格ゆえに思える。


『それに、守る者が多い戦士は、強くなる』


 歯の欠けた口で不敵に笑うと、往時のツァツァルの凄みみたいなものが垣間見えた。


「へいへい。お前はいいよ、なにもしないで座ってりゃいいんだから」


 ゲラリオのきわどい発言は、子供同士のじゃれあいみたいなものだ。

 ツァツァルはからからと笑い、包帯越しにこちらを見た。


『前衛となる獣人の選定と訓練は、ワタシがやろう。戦士かどうかは匂いでわかり、優秀かどうかは足音でわかるからね』

「ありがとうございます」


 頭を下げると、ツァツァルは首を振った。


『礼を言うのはワレラのほうだ。このままひっそりと朽ちていくのみだと思い、戦場を後にしたのだから。そうだろう? ゲラリオ』

「……」


 ゲラリオはそっぽを向いていたが、大きくため息をつく。


「のんびり後進の育成で余生を過ごせるなんて、ありがたいことでございますよ!」


 わざとらしく言ってから、ゲラリオはこちらを睨むように見た。


「報酬は、大規模魔法陣の謎を追いかけることだ」

「心得てます」


 魔法の謎は、無視をして蓋をするには、自分たちは知り過ぎた。

 止まれないのなら、自ら進んで、制御しなければならない。


 クルルとコールの訓練、それに獣人たちにも冒険者としての訓練を施すのは、このジレーヌ領では誰もが自分の運命を自分の手で掴めると、そういうことを示すためでもある。


『大規模魔法陣か……』


 ツァツァルは呟き、どこか遠くを見るように顔を上げる。


 それは一体どんなものなのか。


 そして手に入れたときになにが起こるのかは、まだ誰にもわからなかった。

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