第44話

 トルンに計画の下調べを頼んだが、自分のほうでも動いてみた。

 まず話をしたのはイーリアとクルルだが、二人の反応はちょっと鈍いものだった。


「それは……どう、なのかしら」


 イーリアがクルルに視線を向けると、クルルは顔をしかめている。

 クルルと過ごしている時間もそこそこ長いので、今はその表情の意味が分かる。

 わからないことがあると悔しくて、こんな顔になるのだ。


「そう、言われると……いや、今まで船に乗る時、どうでしたっけ……?」


 何事につけて自信満々なクルルが、躊躇いがちにイーリアに尋ねる。


「気にしたこともなかった」


 二人の少女は顔を見合わせてから、クルルが言った。


「あいつなら知ってるんじゃないのか?」


 ということで、イーリアの屋敷の前でたむろしていたマークスを呼びつけた。


「……商会の荷運びに、獣人を使いたいだと?」


 呼びつけられたマークスは、自分の提案を聞くと訝しげに聞き返した。


「特に港のほうは、荷下ろしが滞っているせいで、バックス商会から追加の料金を請求されてるんです。吹っかけられても、私たちには対抗する術がありません。なにより、船をいつまでも港に泊め置いておくのは、その後の仕入れにも影響してしまいますし」

「そこで獣人を力仕事に使えば、解決する……ってか」


 たとえば健吾が買いつけた鉱山用の道具を船から荷下ろしする時、大きなつるはしなどは五人がかりで下ろすことになった。危険な作業だし、時間もかかる。

 けれどそれらを鉱山に届けた時、獣人はつるはしをひょいと持ち上げて、肩に乗せてのっしのっしと歩いて行った。


 あの労働力を使わないなど、馬鹿げている。


「港は」


 と、固まっていたマークスがようやく現実に戻ってくる。

「人間の縄張りだ」


 それからちょっと困ったような目をイーリアとクルルに向ける。


「獣人は不器用でがさつだから、荷物を壊すって話だしな」


 イーリアもクルルも肩をすくめていた。イーリアはそれから、そんなクルルの髪の毛で揺れる装飾品を、これ見よがしに指で弄ぶ。

 ノドンを追放する時、クルルが獣人社会を裏切らないということの証拠として編んだ、獣人の子供たちの毛で作ったものだ。


「……知ってるよ。というかあいつらがそんなに不器用じゃないのは、鉱山の仕事を見れば明らかだろ」


 マークスは嫌そうに言って、うめく。


「なんとなくの話でいいか? 多分、町の市壁……まあここだと市壁なんて大したもんじゃないが、その内側は人間の縄張り感が強い。その外側なら獣人も好きに働いてもいい。そんな雰囲気がある。実際、町の外の畑なら獣人が働いていて、普通に荷物を担いで町まで運んでくる。でも、そこから先は人間の荷運び人夫の領域だ。これは鉱山からの鉱石類でも同じだな」


 重量物を運ぶことは、どう考えても獣人のほうが適している。

 けれど、彼らの独占市場ではない。


「それに職人組合なんかも、獣人は加入できないだろう? 土地と建物の取得も難しいから、大きな商売もできない。町外れの獣人たちが住む区画で、お手製の屋台をつくって、なんとかって感じだ」


 人も立ち寄る酒場で獣人たちを見かけることもあるので、そこまで完全に排除されているわけではないが、こうした話を聞くと獣人が二級市民ということの意味がよくわかる。


 彼らは多くの仕事から排除されているのだ。


 そこには、圧倒的な労働力があるというのに。


「トルン君を通じて、獣人の人たちの中で働きたい人がいないか、あるいはそういう仕事を打診しても問題ないか、聞いてもらってるんですけど」

「あ~……」


 マークスは頭を掻いて、なにか考えている。


「そりゃあ、働きたい奴らは多いだろう、が……」

「港って誰が仕切ってるのかしら」


 イーリアの一言に、マークスが肩をすくめる。


「あそこは沖仲士の頭目の縄張りだ。俺たちみたいな土地に根付いた仲間じゃなくて、船に乗って港から港に渡り歩くような連中を束ねる奴らだな。ただ」


 マークスは、イーリアを見やる。


「究極的には、イーリアちゃん次第ってところもあるけど」


 イーリアはマークスの視線を正面から受け止めて、おしゃまな感じに肩をすくめている。


「私は領主だものね」


 ここにおわすふわふわの髪の毛と尻尾を持たれているお方こそが、ジレーヌ領の最高権力者様だ。


「ただ、あいつらは元海賊とか、奴隷船の漕ぎ手とか、獣人に負けず劣らず荒っぽい奴らが揃ってる。だから、厄介……と普通なら言いたいところなんだが」


 マークスの視線が、クルルに向けられる。

 クルルの緑色の瞳が細められた。


「魔法使いドラステルの出番か?」


 クルルが扮する、流浪の魔法使いドラステル。その魔法の能力は小さくても、使用する魔石を大きくすることでその力の差は補える。この少女の力でも町ごと焼け野原に変えることは、おそらく、余裕でできる。


 なにせ自分たちの手の中には、合成魔石の秘密があるのだから。


 とても公にはできないが、自分たちがこっそり使う分には、魔石をほぼタダで、いくらでも巨大な物を作れてしまう。


「魔法使いが出てきたら、あいつらも海に飛び込んで逃げるだろう。けど、あんまり事を荒立てるのもどうかなあ。あいつらのおかげで港の治安が保たれてるってのもあるんだし。イーリアちゃん、今はまだその辺まで手が回らないよな?」


 イーリアは肩をすくめている。


「それにイーリアちゃんたちは、魔石加工職人組合でも揉めたばっかりだし」


 マークスの言葉に自分はうめく。

 クルルが、イーリア様と呼べとマークスの尻を蹴飛ばすのを横目に、思案げなイーリアを見やる。


「やめておいたほうが……いいですか?」


 その問いに、イーリアは思いのほか素早く答えを出した。


「ドドルたちへ借りがあるけど、お金のかかることはまだできない。なら新しい仕事を獣人たちにもたらすのは、そのつなぎになると思う。鉱山での魔石の下準備は、結局、子供の獣人向けの仕事だから。荷運びの仕事を任せられるのは、すごくいい話になると思うわ。なにより、明らかに力仕事が向いている獣人たちが排除されてるなんて、馬鹿げているもの」


 クルルが泣きそうな顔をしているのは、立派なイーリアの様子に感動しているのだろう。


「なら、ねじ込み方にひと工夫するってのが落としどころかな。イーリアちゃんの命により、ヨリノブのところの商会の荷運び限定とか、そういう感じ。まあ、獣人を好き好んで使いたいなんていう商会がほかにあるとは思えんし……いや、そうだ、その点だよ」

「なんですか?」


 マークスは腰に手を当て、やや不思議そうに尋ねてくる。


「お前の商会の連中は、獣人に仕事を任せても文句言わないのか?」

「……」


 言葉を返せなかったのは、そんなこと一ミリも考えていなかったから。


「え、嫌がり、ます?」


 途中で言葉がつっかえかけたのは、側にいるのが獣人の血を引く少女二人だからというのもある。


「まあ~~~~……そら、なあ?」


 頭の後ろで手を組んで、今更取り繕っても仕方ないとばかりにマークスが言う。


「自分たちの仕事が獣人と同等、なんてことになったら、名誉にかかわるだろ」


 名誉。


 魔石加工職人の組合長も、自分の提案に名誉を汚されたと言って怒り狂っていた。


 そして、マークスのあけすけな物言いに獣人の血を引くクルルが噛みつくかと思ったのに、クルルもイーリアも無表情に口を引き結んでいた。


 名誉なき者として、さんざん小突きまわされてきた二人なのだ。


 しかし自分が健吾と思いついた馬鹿げた計画は、この彼女たちのおかげで実現した。


「問題ありません」

「んん?」

「なんなら文句を言う人は全員首にしますから」


 マークスは呆気に取られて口を縦に開いてから、横にして噛みしめると、口笛を鳴らす。

 イーリアもまた、目をしばたかせる。

 そしてクルルは牙が見えるくらい口角を上げ、猫の耳をぱたぱたさせていた。


「トルンやヨシュなど、獣人の皆さんに対して好意的な人たちはいます。そして誰よりも健吾があれだけ仲良くしているんです。商会の皆さんもうまくやれるはずですし、彼らもまたいい人たちだと信じています」


 甘い考えだ、と言われることをもちろん覚悟していた。

 しかしイーリアやクルルと共にこの先も戦っていくのならば、そもそもこの考えに反する者たちを仲間にするべきではない。


 だから思い切ってそう宣言したのだが、その一方で理想論だけでは心もとないのも確かなこと。

 頭の中ではこっそりと、商会の人たちが動揺したら倍に増えた魔石の売り上げを使って給与のひきあげでつなぎとめよう、なんて計算もしていた。


 そしてこの手の話では最もシビアなものの見方をしそうなマークスが、こう言った。


「いいと思うぜ。仲間を疑ったら終わりだからな」


 イーリアも微笑んでうなずき、クルルはなんだか落ち着かなげにしていた。

 耳と尻尾の具合から、話の青臭さにちょっと照れているらしい。

 目が合うとぱっと逸らされたが、反対意見はついぞ出なかった。


「では……話を進めても?」


 自分がそう尋ねると、イーリアは今度は困ったように笑うし、マークスも同様だ。

 そしてひとりはっきりと呆れていたクルルが、彼らを代弁するかのようにこう言った。


「なんでそこは自信なさげなんだ?」


 みんなをぐいぐい引っ張っていくなんて柄ではないからです、と言いたかったが、自分が彼らのことを理解してきているように、向こうもこちらのことがわかってきているらしい。


 まあヨリノブだし、みたいな顔を、三者三様に表現していたのだった。

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