第11話
屋敷の中庭は静かだったが、建物から出ると町はお祭りの余韻で大騒ぎだ。
こんな日はたむろする詐欺師たちも別口の儲け話があるのか、屋敷前にはいなかった。
「けんもほろろだったね」
すんなりいくとは思わなかったが、イーリアの反応を見る限り、食い下がったところで望み薄だろう。
ただ、金がないことを説明する時にすらすら出てきた支出項目は、印象的だった。
魔石取引の承認をもらいに行くと、イーリアはいつも領主としての仕事なんか放り出しているように見えるが、実のところ町のインフラ整備について子細を把握し、常日頃から頭を痛めていたようなのだから。
「金がないってのは、選択肢がないってことなんだなあ」
健吾はそう言って、こちらの肩を叩いてくる。
「一杯やってこう。これで諦めるってわけでもないし」
健吾の前向きさは、とても頼りになる。
連れだって、手近な酒場に入った。
「誤算はふたつ」
麦酒を頼んでから、健吾は言う。
「イーリアちゃんたちは本当に金がなさそうなこと。それから、あの体脂肪男が思った以上に厄介そうなこと、か」
いくら正当な血筋でないとはいえ、貴族として領主の地位に座っているイーリアが、ノドンを敵に回したくないと言っていた。
「ごろつきを雇ってたりするのかな」
商会に勤めている自分は感じたことがないが、ノドンが汚い仕事を請け負う人とつながりがあっても驚かない。これだけ貧富の差が激しければ、引き受ける人間も多いだろう。
「うーん……さすがに暴力で貴族相手にどうこうしたら、反乱とみなされるだろ。州都や帝国の都市部から兵が来るだろうから、やらない気はするな。どちらかというと、ノドンの厄介さは、この地域の商いをほとんど牛耳ってることからくるものの気がする」
「うん?」
「怒らせると、兵糧攻めにあったりするのかも」
「あー……」
日々の取引量を見れば、ノドンの商会がダントツなのは明らかだ。例えば町の小さな商会や露店商がノドンを怒らせれば、たちまち日々の商いが回らなくなる。食卓にパンと肉さえ乗らなくなるだろう。それは領主であるイーリアといえど、そうなのかもしれない。
「ただ、ちょっと嬉しいことは知れたかな」
健吾はそんなことを言った。
「嬉しいこと?」
「イーリアちゃんたちが、税で私腹を肥やしてるような奴らじゃなかったこと」
イーリアがすらすらと並べ立てた支出項目は、全部町のインフラ整備などに関わるものだった。
「正直者が馬鹿を見るのは、どこも同じなのかもな」
健吾は寂しそうに笑いながら、酒を呷っていた。
酔って車道に出て、ボディビルのポージング中に撥ねられたなんて言っていた健吾には、似つかわしくない顔だった。
自分はふと、もしかしたらその話は嘘なのかもしれないと思った。
そんな悲しげな表情だったが、それはたばこの煙のようにふっと消えた。
テーブルの横に、人影が現れたのだ。
健吾といるとしょっちゅう獣人が話しかけてくるのでそれかと思ったが、背丈が妙に低い。
その人物は目深にフードをかぶったローブ姿で、もう少し汚れていたら物乞いの子供かと思っただろう。
けれど妙に仕立てが良かったし、どこか蜂蜜のような甘い匂いがする。
その匂いに覚えがあると思ったら、聞き慣れた声がした。
「お前ら、どういうつもりなんだ?」
フードの下にあったのは、いつものきつい目つきなのに、今にも泣きだしそうにも見える、クルルの顔なのだった。
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