第23話 少女はすべてを語る

 立ち上がった聖は、とうとうと語り始めた。声には抑揚が無く、まるで台本か何かを朗読しているかのようだった。だがこれは、紛れもなく清家聖本人に起きた出来事なのである。



 清家家には、代々女子が後継ぎとして指名されていました。だから、私の前の当主は、お父さんではなくお母さんなんです。婿養子となるお父さんは、代々受け継がれた特殊な儀式に参加することで、清家家の一員として認められ、婚姻の許可が下りることになります。

 お母さんは、島で出会った漁師のお父さんと結婚し、私を妊娠しました。順調に出産までいき、私は生まれました。でも、ここから悲劇が始まったんです。

 悲劇の理由は、簡単なことでした。私に、清家家に代々受け継がれるはずの能力が、中途半端に受け継がれてしまったからです。当時の一族は、かなり慌てたようです。私の能力がなぜ、完全なものではなかったのか。その理由を考える内に、一つの噂が流れるようになったのです。お母さんが、誰かと浮気したのではないかって。

 お父さんはしっかりと儀式を受けて清家家の一員となっていたし、一切の落ち度が無いことは明らかでした。だから、お母さんが儀式を終えていない、どこの馬の骨とも分からない男と浮気をして、それで妊娠したのが私だから、能力が正当に受け継がれなかったと判断されたんです。

 他に納得できるような理由は見つからなかったので、きっとそうに違いないと、皆口々に言うようになりました。お母さんにとって、清家家は針の筵となったのです。

 その頃私は五歳になっていて、子供心ながら、自分が一族から歓迎されていないと感じるようになっていました。私にとっても、清家家の居心地は悪いものになっていました。そんな時、特に私やお母さんにきつく当たっていた叔母が亡くなりました。

 そしてそれを皮切りに、一族の人間が次々と亡くなっていきました。ですが、これはほとんどの島民が知らない話です。

 理由は二つあって、一つは全員が病死で事件性が無かったこと。もう一つは、島を守る役割の神社でそんな祟りのようなことが起こっていると知れたら、住民がパニックになるだろうとの島長の判断で、このことを一族以外の外部に話すことが禁止されたからです。亡くなった人は皆、本土へ向かったことになっていました。

 ……私が七歳になるころには、お父さんも亡くなりました。その時、お父さんは私の目を真っ直ぐに見つめて言ったんです。

「お前は、呪われた子だ。お前が生まれたから、皆死んだんだ。お前さえ、お前さえ生まれなければ……」

 父の最後の言葉は、幼い私に大きな傷を残しました。その時は、お母さんが優しく私を抱きしめてくれました。

「大丈夫。あなたは生まれてよかったの。あなたを喜ぶことができなかった、あの人たちが悪いのよ。あなたは、悪くない。生まれてくれて、ありがとう」

 その時は、この言葉の意味がよく分かりませんでした。ただ、十歳になるころに、私は真実を知っていました。一族全員の病死は、お母さんの呪術によるものだったんです。お母さんが、私のために一族を皆殺しにしたんです。もちろん、呪術に本当に効果があったかは分かりませんが、少なくともお母さんは、自分が一族を皆殺しにしたんだと信じていました。

 そのことを知ってから、私はお母さんが怖くなってしまいました。お父さんが言ったことの方が本当のことに近かった。私が生まれなければ、誰も死ぬことは無かった。そう思うと、私は生きていてはいけないように感じられて、お母さんとの巫女の稽古に身が入らなくなっていきました。

 そうなると、お母さんもだんだん厳しくなってきます。一向に稽古したことができない私に対して、徐々に体罰を用いるようになりました。最初はお尻を叩かれたり、軽く頭を叩かれたりする程度でしたが、どんどんエスカレートしていって、私の体には生傷が絶えなくなりました。でも、私はそれを受け入れることしかできませんでした。私は、一族が抹殺される原因を作った鬼の子。生きているだけで、罪人なんですから。

 そんな生活が五年以上続き、日常生活でも暴力が普通になった頃に、神倉先生と出会いました。神倉先生は、私の歩く姿や普段の振る舞いから、すぐに私が虐待を受けていることを見抜きました。

「いいか聖さん、よく聞くんだ。この世に、誰かから暴力を受けなきゃいけない人間なんかいない。生まれるだけで、生きているだけで悪い子なんていない。皆みんな、生きていていいんだ。自由にしていいんだ。嫌なことからは、逃げていいんだ。我儘を言っていいんだ。助けを求めていいんだ。君が助けてくれと言ったら、必ず助けてくれる人がいる。少なくとも、今は僕が助ける。少し、大人を信じてみてくれないか」

 ……先生のあの言葉は、嬉しかった。これまでお父さんにもお母さんにも罵声を浴びせられた私に、もう一度大人を信じてもいいかもしれないと思わせてくれました。

「先生、助けて」

 私は、初めて人に助けを求めることができました。これまで、誰かに助けを求めてはいけないと思っていた。私がすべて悪いのだから、すべて私一人で受け止めなければならないと思っていた。でも、先生に教えてもらった。助けを求めていいんだと、一人で抱えなくていいんだと。私は、少し気持ちが軽くなりました。

 そんなある日、家で勉強していた時に、滅多に鳴らない家のチャイムが鳴りました。玄関を開けると、そこには只野さんが立っていました。

「君が、清家聖さんですね。少しお話いいですか。お母さんには聞かれない場所で」

 先生が通報してくれたのだと、すぐに分かりました。この人も、私を助けてくれると。そう信じていました。私はお母さんのいない場所で、これまで私がされてきたことのすべてを只野さんに話しました。

「なるほど。それは、大変な思いをしたね。お母さんにも話を聞いてくるから、ここで待っていてくれるかな」

 只野さんはそう言って、一人で家の中に入っていきました。これで地獄が終わる。そう思いました。どれくらい時間が経ったでしょうか、只野さんが家から出てきました。

「それでは清美さん、ありがとうございました」

 只野さんは家の中にいたお母さんにそう言うと、私の方には視線も向けずに帰っていきました。少し違和感はありましたが、それでもお母さんと話してくれたことには変わりありません。

 私は、意を決して家に帰りました。

「あんた! なに私の悪口言いふらしているの!」

 家に入った私を待っていたのは、いつものお母さんでした。一度言われたくらいでは、人は変わらない。私はまだ、希望を捨てませんでした。それからも神倉先生がずっと気にかけてくれて、優しい言葉をかけ続けてくれたから。

「大丈夫。未来のあなたはきっと、幸せになっているから」

 神倉先生の言葉だけが、私の心を救ってくれた。未来に希望を持たせてくれた。そしてその言葉を裏付けるように、家には頻繁に只野さんが尋ねてくるようになりました。話をしている間、私は毎回家から出るように言われますが、尋ねる回数が増えれば増えるほど、お母さんが何かを悩む時間が増えたんです。私との関係をどうしたら良いか、迷ってくれている。それだけで、私は救われました。

 ……悩む時間が増えて、相対的に暴力の時間は減りましたが、それでも、お母さんからの暴力が無くなることはありませんでした。テストの成績が下がったこと、巫女舞の振り付けを間違えたこと、とにかく様々なことで怒っては、私のお腹を殴りつけました。

「ごめんね。聖。きっともう少しの辛抱だから……きっと、終わりがくるから」

 私を殴りつけた後に、お母さんはいつもそう言いました。今でも、その意味は分かりません。

 そうして月日が流れていき、事件の一週間前になりました。もはや日課とも言うべき、朝の只野さん訪問の時間がやってきたのです。この日、私はいつもと違う部屋にいたので気付かれなかったのか、只野さんから席を外すように言われることはありませんでした。

 初めて聞く、只野さんとお母さんとの話し合い。お母さんが悩む時間が増えているということは、只野さんはきっと悩みを聞き出すのがうまい人なのだろうと思っていました。

 ……でも、違った。二人は、ただお茶を啜りながら談笑していたんです。昨日のテレビの話だとか、只野さんの子供の話だとか……虐待している母親に育児相談なんて、普通しますか?

 とにかくその日の話し合いは、私の名前すら出ることなく終了しました。一時間も時間があったのに。それでも私は、きっとこれにも意味があるんだと考えました。自分の子供の話をすることで、間接的に私との関係を考えさせるとか。そういった深い考えがあるのだろうと、そう考えました。だから私は、只野さんの後を追いかけて、確認したんです。

「只野さん、いつもお母さんと話してくれて、ありがとうございます」

「ん? ああ、清家聖さん……だっけ。」

 只野さんのその反応を見て、私は一抹の不安を覚えました。私の名前を忘れているのではないかと感じたからです。

「それで、お母さんは何と言っていましたか? 私はいつ、幸せになれるんですか?」

 私がそう問いかけると、只野さんは溜息をつきながら首を横に振りました。そして私の肩に手を置き、顔と顔を突き合わせる形にして、こう言ったんです。

「君は、自分の幸せしか考えられないのか? お母さんは、君のことでとても困っていたよ。私だってこんなことしたくないのに、どう接したらいいか分からないって。君が、悪いんだよ。あんなにいいお母さんを苦しめるなんて、とんだ鬼だ」

 その言葉を聞いた時、父の言葉がフラッシュバックしました。固まる私を見て、只野さんは背を向けて立ち去ろうとしました。そして去り際に、こう言ったんです。

「……これ以上、お母さんを困らせるなよ」

 私は、目の前が真っ暗になりました。もう、誰を信用していいのか分からない。やっぱり、私一人で背負うしかない。そう思いました。

 だから、これまで家庭での出来事や他愛もない話など、いろいろな話を聞いてくれていた神倉先生とも距離を取りました。神倉先生は、それでも私を気遣ってくれて、ずっと声をかけ続けてくれました。それでも、私は無視し続けました。

 そんなある日、私は放課後に神倉先生に腕を掴まれ、強引に教室へ連れていかれました。教室の鍵を閉めた先生は、何があったか話すまで帰さない、そう私に言いました。私はそんな先生の優しさを無視した罪悪感から、すべてを話しました。そして、これ以上この問題に首を突っ込んでほしくないということも伝えました。でも先生は――

「服を脱げ」

 ポケットからスマホを取り出しながら、そう言いました。私は訳が分からず、拒否しました。すると、先生が無理やり服を脱がそうとするので、私は大きな声を出して抵抗しました。きっと、この辺りの目撃証言で、先生がロリコンだとか、とんでもない噂が流れたんだと思います。でも、先生の真意はもちろん違いました。

「聖さんの体の傷を写真で撮って見せれば、いくら馬鹿な駐在でも信じてくれるだろ!」

 先生のその言葉が、私にとっては辛かった。私なんかを、まだ必死に助けようとしていたから。私がこの状況から抜け出さなければ、先生に迷惑をかけ続けることになる。

 そう思った私は――

 ――家にあった包丁で、お母さんを刺しました。

 これが、半年前にお母さんが殺された事件の真相です。家から証拠が出ないのは、当然です。だって、私が犯人なんですもん。そこからは皆さんも知る通り、精神を病んだふりをして入院してから、脱走しました。

 海にあった誰も使っていない小屋に、ずっと隠れてたんです。そこで一人、野垂れ死にしようと。でも、神倉先生に見つかって。人魚伝説まで広めて、小屋に供え物という名の、私への食糧供給を始めたんです。

 先生は、私が手の届く範囲にいる限り見捨てない。そう思った私は、今回の騒動を利用しようと考えたんです。先ほど島長がおっしゃられましたが、今目の前にあるその聖水は、鬼の力を宿していない一般市民が飲むとあの世に行くんですよ。

 だから私は鬼のふりをして……でも、葵には見抜かれていた。せっかく包帯まで巻いて、片手の機能停止を疑わせるよう仕向けたのに。全部無駄に終わっちゃった。

 でもいいの。罪を認めて自首すれば、もう先生のお世話になることは無いから。このまま、私が逮捕されれば、すべて丸く収まるから。

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