第20話 コンクリート工場での悲劇

 空はいつの間にか晴れていて、温かい陽光が地上に降り注いでいた。その陽光のほとんどは暗い森の中に吸い込まれていくが、一部は聖水の周りの開けた場所に差し込み、スポットライトの如く葵を照らしていた。

「一つ目に解決すべき事件は、コンクリート工場での殺人事件です」

 葵は、輪上に座った人たち一人ひとりと目を合わせながら話し始めた。その目力は強く、どんな些細なことでも見逃さないと訴えているようだった。

「それぞれの方が知っている情報と知らない情報があると思うので、まずは事件の概要を振り返ります。この事件が発覚したのは、公民館で皆さんが集まった後に、私と只野さんで西側の捜索に行った時です。コンクリート工場の前で私が成仏し損ねた女性を発見し、その後中を調べると、椅子に縛り付けられたであろう跡や血痕が見つかりました。只野さんが言うには、血の固まり具合から考えて、被害者は死後一日以内ということでした。つまり、あの祭りの日に誘拐されて、コンクリート工場に連れてこられ、被害にあったということです」

 葵は一呼吸おいて、再度周囲を確認する。話を聞いている生存者たちの表情は、依然として変わらないものだった。

「その後私と只野さんは、被害者を特定できる情報があるのではないかと考えて、役所に向かいました。そこで鬼頭さん……いや、一さんに無理を言って、マイナンバーカードの申請書や広報誌などを見せてもらいました。ただ、マイナンバーカードの顔写真の中にはその女性に似ている顔写真は無く、広報誌にも映っていませんでした。

 そしてそれを調べるうちに発覚したことですが、昨年六月の広報誌が何者かの手によって盗まれていたんです。盗まれた理由は不明でしたが、そういった妨害もあって、結局被害者の特定には至りませんでした……その時点では」

 葵の最後の言葉を聞いて、只野と鬼頭が驚いたようにこちらを見た。

「その言い方、まさか、特定できたんですか?」

 と、鬼頭。

「はい、特定できました。日向さんの奥さんである、日向夏美さんでした。日向さんが持っていたペンダントの写真を見て、すぐにあの女性だと気づくことができました」

 葵は、再び一呼吸おいて全員と目を合わせる。明らかに動揺している人物が一人いた。だが、葵はまだその人物の名指しはしなかった。

「日向さんは私を敵視していたため難航しましたが、工場の前にいた夏美さんのことを教えると、何とか私のことを信じてくれました。そして、いろいろ話を聞くことができたんです。

 お祭りの日、夏美さんは昔の友人と会うからと言って、日向さんに先に帰ってもらったそうです。しかし、いくら待っても帰ってこない。そこで心配した日向さんが探し回り、あの現場を発見したそうです。そのお話の後、私はいくつかの質問を日向さんにしました。その答えを聞いた時、おのずとこの事件の犯人が明らかになりました」

 そう言うと葵は、人差し指を一本立てて示し、ゆっくりと聖水の周りを回り始めた。ルーレットのように、人差し指が様々な人を指しては違う方向を向き、指しては違う方向を向きを繰り返している。

「この事件の犯人は、夏美さんと古い友人であり、結婚した後に呼びだされても安心して会いに行ける信頼のおける人物。そして、私たちの被害者特定を邪魔できる人物。そんな人は、一人しかいません」

 葵は立ち止まり、腕を振り上げた。

「コンクリート工場で日向夏美さんを殺害したのは、あなたです」

 葵の人差し指が、鬼頭に突き立てられていた。鬼頭は挙動不審になりながらも、何とか立ち上がって反論し始めた。

「ちょ、ちょっと待ってください。確かに私は文彦や夏美と同級生で顔見知りですし、あなた方の邪魔をすることも出来たかもしれません。でもこの島は、繋がりのない人を探す方が難しいほど狭いものです。だから、夏美さんとつながりのない人を探す方が難しいんです。私だけが犯行可能なわけではありません」

「確かに、夏美さんを誘拐して殺害するだけなら他の人の可能性もあります。でも、私たちの被害者特定を邪魔することは、あなたにしかできないんですよ」

 自信満々に胸を張って答える葵の様子に、鬼頭は気圧された。

「な、何故そんなことが言えるのでしょうか?」

「私たちが役所に言った時点で、私がコンクリート工場の前で夏美さんを見たことを知っていたのは、私と只野さんと一さんだけです」

「で、でも。公民館であなたは霊能力のことを話しました。それを聞いた犯人が発覚を恐れて、あらかじめ個人を特定できそうな書類を回収したかもしれないじゃないですか」

 鬼頭は弁解を続ける。話を聞いている面々も、鬼頭の意見は一理あると感じているのか、その弁解を止める様子は無かった。

「確かに、その可能性も最初は考えました。でも、限りなく低いと思います」

「なぜですか?」

 納得がいかない表情で問いかける鬼頭を尻目に、葵は只野の方に視線を移した。

「只野さん。私は公民館で、確かに成仏し損ねた人の姿が見えると言いました。それを聞いた時、只野さんは私に、どんな光景が見えると思いましたか?」

 突然話を振られて慌てた様子の只野は、戸惑いながらも答えた。

「え……それは、地縛霊みたいなのが見えるんだろうから、怖そうだなって……あ!」

 只野がそこまで言うと、何かに気付いたように声を上げた。聖や島長も何かを察したような表情を見せている。腑に落ちていない表情をしているのは、神倉と鬼頭だけだった。

「急に話を変えないでください! それがどうしたというんですか? 夏美さんを殺した犯人が、事前に特定可能な書類を隠蔽した可能性が低いと思う理由を説明してください」

 さらに、鬼頭が食って掛かる。

「分かりました、ご説明します。さっき言ったように、私は公民館で成仏し損ねた人が見えることを皆さんにお伝えしました。しかし、具体的にどのように見えるかは……“生前の姿が見える”とはお伝えしていないんです」

 そこまで言って、神倉がようやく納得した表情を見せる。鬼頭は、顔面蒼白となっていた。

「普通成仏し損ねた人が見えると伝えられて想像するのは、さっき只野さんが言ったようなお化けの姿で見えるものでしょう。だから、その姿が見られたところで、被害者の特定が可能だと考える人はいないと考えるのが自然です。

 だから鬼頭さんも、私たちが役所を訪れた時に質問しましたよね。成仏し損ねた姿を見て、被害者の特定が可能なのかって」

 先ほどまでの威勢は何処に行ったのか、鬼頭は顔面蒼白のまま立ち尽くしていた。もう反論も諦めたようだ。

「改めて、整理します。私が生前の姿で成仏し損ねた夏美さんが見えると、最初に役所を尋ねた時点で知っていたのは、コンクリート工場でそのことを話した只野さんと、役所で尋ねてきた一さんのお二人だけです。その後、只野さんは私とずっと一緒にいたため、証拠隠滅は不可能です。つまり、あの時点で私たちの被害者特定を妨害できるのは、一さんだけ。そして、被害者の特定を妨害したいのは犯人だけです。

 そう考えると、あなたが頑なに私たちを資料室に入れなかったことも納得できます。証拠隠滅の時間が必要だったでしょうから。それに、資料を見せる前に私から見えた女性の特徴を聞いたのも、特徴を聞いて被害者の特定を手伝うためではなく、本当に私が生前の姿で夏美さんのことが見えているかを確認するためだったんですよね。

 そして特徴を聞いて、あの事件現場であなたが会った夏美さんのことが本当に見えていると分かったあなたは、彼女のマイナンバーカード申請書と去年の六月号の広報誌を隠した。そこには、日向さんと夏美さんの結婚式が大々的に取り上げられていたから。マイナンバーカードも、最近申請したばかりだったことは、日向さんに確認が取れています」

 少し沈黙の時間が流れた後、鬼頭は笑い始めた。そして、顔を空の方に見上げて、両手を大きく開いて話し始めた。

「確かに、証拠隠滅は私にしか不可能なようだ。だが! それはいわゆる状況証拠というやつだ。私が犯人だという、物的証拠は何一つない! 死体も消えてしまった今、私を逮捕することなんてできない!」

「証拠なら、ここにあるぞ」

 その声に、一同は一斉に背後を振り返った。そこには、少し大きめの段ボールを抱えた日向が立っていた。

「悪い三神さん、遅くなった」

「全くですよ。あなたが来るまでの時間稼ぎのために、話引っ張るの大変だったんですから」

 葵は、少し口角を上げながら言った。

「文彦、お前……まさかそれは」

「ああ。お前が役所に隠していた証拠たちだよ。この中には夏美のマイナンバーカード申請書と結婚式の写真が載った去年六月の広報誌、そしてお前の革靴が入ってたよ」

 そう言うと日向は、段ボールの中から革靴を取り出して、鬼頭の足元に向かって投げた。その革靴には、赤黒いシミと乾いたセメントが付着していた。

「日課の靴磨きが終わっていないのに靴がきれいだったのも、その登山シューズに履き替えたのも、本当の理由はそれですね」

 葵からの止めの一言を聞いた鬼頭は、観念したように地面に座り込んだ。

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