第19話 集められる関係者
六月七日、午後六時。本日二度目の災厄の鐘が鳴る。だが、その音色は朝響き渡ったものとは少し違って聞こえた。
朝に響いた鐘の音は、まるで全員に絶望を知らせるような暗い音色だった。だが、今響き渡るこの鐘の音は、違った。まるで、島中に希望を伝えるような明るい音色だった。
鐘の音を聞いてあの広場に、鬼頭・神倉・聖が集まった。鐘を鳴らした張本人たちである島長と葵を含めると、合計で五人が広場に集まったことになる。葵と島長以外は走ってきたのか、息を切らしていた。
「こんな時間にまた鐘を鳴らして、ただの集合の合図……ではないですよね」
鬼頭が、膝に手を突きながら言った。
「もちろん、そんな単純な合図ではありませんよ」
「では……」
「これから皆さんにも、天岩戸の扉を開け放ってもらいたいと思います」
「天岩戸の扉?」
鬼頭が、素っ頓狂な声を上げる。眉間にもしわが寄り、なにを言っているんだと、今にも言い出しそうな表情だった。葵は、取り繕うように言葉を紡ぐ。
「……最後の答え合わせをするんです。あの場所で」
鬼頭の顔から不信感は消えなかったが、それをグッと堪えるように首を左右に振り、話題を変えた。多少乱れた口調も、元に戻っていた。
「あの場所とは、一体何処なのでしょうか? ここではいけないのですか?」
「島民を消した、鬼の正体も明らかになるんです。当然、聖水の沸いている場所ですべてを明らかにします。最初に、他に生き残りの島民がいないかを捜索した際に、既に場所は見つけていたので。そこに行きます」
鬼頭がまだ何か言いたげだったが、葵は人差し指で東の方向を指さして、声高々に宣言した。
「それでは、皆さん行きましょう。すべての始まりの地、清家神社へ」
一同は葵を先頭にして、清家神社へ移動し始めた。足が不自由な島長にペースを合わせたため、予想以上に時間がかかった。
だがその間、ただならぬ緊張感が漂っていて、誰も口を開くことができなかった。ただ黙々と、目的地を目指して歩き続けた。
やがて清家神社の境内に到着すると、葵が少し迷う様子を見せた。それを見て聖は、先頭に出て案内を開始した。
「皆さん、こちらです」
神社の敷地の奥へ進んで茂みを抜けると、少し開けた場所に出た。そこは周囲を森に囲まれてはいるものの、真ん中にある聖水がたまっている岩から周囲十メートルほどの範囲は、雑草の1つも生えていなかった。かろうじてあるのは、黒曜石のような黒くて固そうな岩だけだった。
「あの事件以来誰も住んでいないはずなのに、こんなにも手入れが行き届いているものでしょうか?」
鬼頭が疑いの目を向けながら、聖に向かって言った。
「いえ。ここは私が生まれてから一度も――いや、この神社ができてから一度も手入れされたことは無いと聞いています。ただ聖水に秘められたその不思議な力が、このような環境を作っているのだと、父が言っていました」
「不思議な力、ですか」
鬼頭が尚も不審がった声を出すが、他の人は一切意に介さなかった。そのことよりも、奥に山積みになっている段ボール箱の方が気になったからだ。
「ふぅ、これでひとまず大丈夫だな」
そう言いながら段ボールの影から顔を出したのは、只野だった。只野は左手の制服の袖で汗を拭う仕草をすると、葵の存在に気付いて声をかけた。
「三神さん。頼まれた通り、清家神社の件の捜査資料をここに集めといたよ」
周囲に飛び散った汗と、只野の爽やかな笑顔が光り輝いた。
「ありがとうございます。大変だったでしょうね」
葵は、深々と頭を下げた。只野は謙遜しながら手を上に仰ぎ、頭を上げるように促した。しばらく頭を下げた後に只野の促しに従った葵は、その場にいる全員の顔を見渡してから言った。
「それでは、始めましょうか。皆さん、輪になって座っていただけますか?」
葵がそう促すと、只野が話に割って入った。
「あれ、日向さんはどうしたの? まだ拗ねてんの?」
只野のその問いかけに対し、葵はしばらく右斜め下に視線を落とした後に、周囲の森を見回しながら言った。
「……分かりません。災厄の鐘を鳴らしても来なかったので、なんとも。ひょっとしたら、何処かで隠れてこの話を聞いているかもしれませんね」
葵に倣って、只野と鬼頭も一斉に周囲を警戒し始めた。だが周囲の木々の生い茂り方は凄まじく、見まわしただけでは何も見えなかった。
「とにかく、始めましょう。この島で起こった、三つの事件を解決するんです」
手を叩き、仕切り直した葵。それに対して、葵以外の全員が驚きながらも声を揃え、数を確認した。
「三つ?」
だが葵は、澄ました表情で続ける。
「はい、三つです。まずはコンクリート工場の事件、次に島民が消えた事件、そして最後に……」
そう言うと葵は、神社の方に目をやった。釣られて他の面々も、神社の方に目をやる。全員が、葵が次に何を言うか分かった。
「……清家清美さん殺人事件です」
予想通りの予想外の言葉に、一同は目を丸くした。全員が同じことを考えていた。半年前に島にいなかった葵に、この事件を解決することはできないのではないか。それが、全員の顔に滲み出ていた。
「三神さん、確かにここに捜査資料は持ってきたけど、君はまだ目を通していないじゃないか。それに、現場だって見ていない。それとも、僕と離れている間に捜査したのかい?」
首を横に振る葵。
「いえ、この事件に関しては一切調査していません。ただ、皆さんから聞いた話を踏まえて考えると、おのずと一つの答えが出てきたんです。でも証拠は何一つないので、その件は最後に回しましょう」
そう言うと葵は、聖水の前に立った。それを見たほかの面々は、聖水の周りを囲むように座った。探偵もののドラマや映画で見る、最後の解決パートに入るために関係者が集められるシーン、さながらだった。
「それでは、まず一つ目の事件から始めましょうか」
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