第14話 目の前の脅威

「一旦整理します。祭りの夜、この島では二つの事件が起こった。一つ目は、島民が消えた事件。二つ目は、コンクリート工場での事件。そして、それらを解決するために解明する必要のある謎は、まず犯人の目的。次に、二つの事件が同一犯によるものかどうか。おして、葵が見えたという被害者は誰なのか。これだけね」

「あと、去年の六月の広報誌を盗んだ人が誰か。そしてその目的は何か、もですね」

 聖が冷静に情報を整理して二人の顔を見渡すと、葵が遠慮がちに挙手しながら、小さな声で付け加えた。

「流石に、それが犯人の主目的とは考えられないよね。その為に島民を全員消したとか」

「先生、さすがにそれは無いと思います。あれにどれだけ重要な情報が載っていようが、一度は島民全員の家に配達されるものですから。市役所にあるものを盗むだけでは、犯人の目的を達成することはできません。島民を消してから、一軒一軒見て回るというなら、話は別かもしれませんが。それなら、自分が持っているもの以外の広報誌をすべてけす方が簡単ですし」

「そうだよね」

 神倉の意見は突拍子もないものばかりだったが、こう言った状況では、さまざまな可能性を考える為に必要なものだった。いや、神倉がわざとその役を買って出ているように見えた。公民館で全員が集まった時に言っていた、大人が導かなければならないという言葉は、本音だったようだ。

 葵は安心感を抱くと同時に、煮え切らない不信感も抱いていた。聖に何かしらの危害を加えようとした姿と今の姿にあまりにも違いがあり、同一人物だと思えなかったからだ。

 もし、今の姿が演技だった場合、大いに真実を見誤る可能性がある。特に今回の一件は非科学的な力で実行された可能性が高いため、それぞれの人の言動を注意深く観察する必要があると考えていた。場合によっては、それ以外手掛かりが無いかもしれないからだ。

 だが当の被害者である聖が、全幅とは言わないまでも、神倉に一定程度の信頼感を持っているような行動をとっている。二人きりでいた時とは違い、今は声色から恐怖を感じていることが読み取れなくなっているように葵は感じた。

 自分同様、聖も神倉に対して信頼感と不信感の、相反する二つの思いを抱いているように思われた。

 確かめるしか無い、そう考えた葵は、思い切って賭けに出ることにした。

「とにかく、解決のためにはまだまだ調査が必要です。そこで、お二人について来て頂きたいんです」

 突然の葵の申し出に、二人は目を丸くした。しかし、聖はすぐに葵を見つめて答えた。

「私は、協力しない。そう言ったはずだけど。それに、私が鬼なんだし」

 その目はさっきまでの葵を心配する優しい目とは違い、冷たく心を閉ざして自分から孤立を選んだような、絶望の淵に沈んだ人のような目だった。

「これだけ私たちと一緒に事件の真相を推理しておいて、今更それは無理があります。今の状況を見れば、生存者の全員が聖さんを鬼候補から外すでしょう」

「……それが、演技だとしたら?」

「……今年のアカデミー主演女優賞は、聖さんでしょうね」

 冗談混じりに否定する葵を見て、また聖の目が優しいものに戻った。

 聖は神倉に対してだけではなく、葵に対しても相反する二つの感情を抱いているのかもしれない。

 聖の頻繁に変わる表情や目つきを見て、葵はそんな風に考えていた。

 そんな様子を見ていた神倉は勢いよく立ち上がり、おそらく外にも聞こえているだろうと思えるほどの大きな雄たけびを上げながら、拳を天に突き上げた。

「それじゃあ、話もまとまったみたいだし、早速捜査開始だ! いいかお前ら、現場には必ず証拠がある。根こそぎ、拾い上げろ。必ず、星を上げるぞ! 犯人のやったことは、全部まるまると見通すんだ」

 神倉が、何処かで聞いたことのあるようなセリフの繋ぎ合わせで鼓舞する。その顔はさっきまでの作為的なものとはまた違った、こちらを笑わせようとしているのが透けて見える笑顔だった。葵と聖は一度顔を見合せた後、神倉に呼応するように、苦笑いしながら立ちあがった。

 その時、公民館の外に面している窓が突然割れた。部屋の中に転がり込んだ石包丁のように尖った石から、何者かが石を投げ込んだことは明らかだった。そして、その何者かが中にいる人間にどのような感情を抱いているのかも、明らかだった。

「伏せろ!」

 神倉は手を振り下げながら二人に向かってそう叫び、件の窓の方に、姿勢を低くした状態で身を寄せた。そして、慎重にカーテンの端から外の様子を覗き見る。

 葵と聖の二人は、神倉の指示に従ってその場に伏せ、二人で抱き合って動けないでいた。今までの目に見えないものとは違い、手を伸ばせばすぐ届く距離に脅威がある。部屋の中に転がった無機質な石ころが、その尖った先端のような、鋭い真実を突き付けていた。

「もう大丈夫だ、立っていいぞ」

 神倉がそう言ったので、二人は強く抱き合いながら、恐る恐る立ち上がった。

「僕が覗いた時点で、窓の外には誰も居なかった」

「じゃあ、誰がやったか分からないってことですか?」

「ああ。分からない。ただ、この中にいる誰かが狙われたことは、たぶん間違いない。単独行動は危険だろう。全員で固まって動こう。今度は石なんかじゃなくて、もっと直接的に狙ってくるかもしれない」

 神倉がそう熱弁する傍ら、葵は少し口角を上げていた。この危険な状況に不釣り合いな表情を見せる葵に、聖は眉間にしわを寄せた。

「葵、なんで笑ってるの?」

 少し冷たく言い放慣れたその言葉に、葵は思わず身震いした。

「あ、いえ……すいません。その、それだけ真実に近付いたってことだろうな……って、思って。つい……」

「状況が分かっていないみたいね。私たちは今、命を狙われた。あるいは、これ以上何かすると命を狙うという警告を受けたの。危険な状態なのよ? それを分かってるの?」

「それは十分わかっています。ただ――」

 葵が、二人を見渡す。その視線は二人の方を向いているようで、何か別の物を見ているようだった。

「お二人とも、“手”が見えないので。もうこれ以上、犠牲者は出ないと思います。そう思うと、つい安心しちゃって」

 葵の言葉に、聖は声を漏らしながら微笑んだ。

 一方神倉は、明らかに挙動不審になっていた。体を揺さぶっては視線を落とし、それを何度も繰り返している。顔色も、明らかに悪かった。

「神倉さん? 大丈夫ですか?」

 葵の優しい問いかけにも、神倉は取り乱しながら答えた。

「大丈夫じゃないよ! 僕の手が見えないってどういうこと? え、僕手付いてるよね。これ僕の手だよね。僕にだけ見えるとかじゃないよね。皆にも見えてるよね。え、それとも僕気付かないうちに死んでるの? 神社の娘二人にしか見えない、何か特別なものになってるの? てことは、僕は――」

 両手を顔の前に出しながら右往左往する神倉を見て、二人は笑いをこらえることができなかった。それを見て、神倉は顔を赤くした。

「何を笑っているんだ! 僕は真剣に――」

「あ、ごめんなさい。そうですよね。いきなりそんなこと言われるとびっくりしますよね。でも安心してください。そういう意味じゃないんで」

 お腹を抑えながら、半笑いで答える葵。だがそれは、神倉を安心させることができる態度ではなかった。更に激昂する神倉に、笑い疲れて落ち着きを取り戻した聖が説明する。

「葵さんは成仏し損ねた人だけじゃなくて、これから災厄にあう人のことも見えるんです。その時に見えるのが、血まみれの手なんです。でも私たち二人にはそれが見えないから、被害には合わないと思います。そう、彼女は言っているんです」

「……便利な能力だな」

「はい。本当に、便利な能力だと思います。私もこんな、人の役に立つ力が欲しかったな……」

 聖の説明を飲み込んだ神倉は、しばらく沈黙しながら呆然としていた。何度も手を開いたり閉じたりを繰り返してから、二人の顔を見回して、ゆっくりと口を開いた。

「……ひょっとして、今の僕、すごい間抜けだった?」

「はい」

 聖の容赦のない回答に、葵は再び笑いが込み上げてきた。神倉は神倉で、今度は恥ずかしさで顔を赤くさせ、両手を顔の前に出していた。

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