第11話 視えない被害者を探せ
コンクリート工場から、走って五分。島の建造物の中では一番きれいな役所に、二人はたどり着いた。普段はどこも電気がついているのだろうが、今は二室しかついていない。おそらく、そこに島長とその息子の鬼頭がいるのだろう。
只野は慣れた足取りで、役所の玄関に向かう。その後ろに、葵が続く。玄関をくぐると大音量のチャイムが鳴ったので、二人は思わず立ち尽くしてしまう。そこへ、猟銃を片手に持った鬼頭一が現れた。
「あ、なんだ。お二人でしたか。これは失礼しました」
鬼頭は猟銃を下ろして、肩にかけなおした。公民館で見た時とは違い、動きやすいつなぎに着替えており、革靴も山道で身動きやすい登山シューズに履き替えられていたが、言葉遣いはそのままの丁寧さだった。
「一さん。なんでこんな大音量でチャイムを鳴らすようにしているんですか……それに猟銃なんて。思わず、私も拳銃を抜きそうになりましたよ」
「ははは。それは遠慮したいものですね。僅かに生き残った者たちで殺し合いをしてしまっては、消えた島民の皆さんも浮かばれないことでしょう。いや、今は私と島長の二人しかここに居ませんから、来客の対応は実質私一人で行わなければいけません。だから、その大音量のチャイムというわけです」
「猟銃は?」
「鬼の目的が分からない以上、武装しておく必要があるかと思いまして。もし目的が島民の抹殺なら、生き残った我々は順番に始末されることになります。それに、心当たりはありませんが、この役所にいる人数を減らすことが目的である可能性もあります。役所にある何かを盗もうとしているとか。どちらの場合においても、私は鬼と鉢合わせする可能性のある、非常に危険な役回りの人間ということです。それに――」
鬼頭が長々と話しているところに割って入るように、葵が声を上げた。
「時間がありません。鬼頭さん、その……消えた人たちの顔が分かるものありませんか。免許証とか、マイナンバーカードの申請書とか」
「免許証はそれぞれの人がお持ちなのでこちらでは把握しかねますが、マイナンバーの申請書ならまだあるかと思います。しかし、何故そのようなものが必要なのか、理由をお聞かせ願いますか。一応個人情報が書かれた書類ですので、正当な理由なく、簡単に見せるわけにはいきません」
「コンクリート工場で、視えてしまったんです。私にしか視えない、女性が」
葵のその言葉に、鬼頭は硬直した。協力を申し出たとはいえ、葵の霊能力を全面的に信じていたわけではなかったのだろう。必要ないのに何度も眼鏡を持ち上げる仕草をするその様子に、明らかな動揺が見て取れた。
「しかし、それだけの情報で身元が特定できるのですか? いわゆる地縛霊の姿を見ただけでは、生前どのような姿をしていたかは分からないでしょう。それに――」
「私には、生前の姿が見えているんです」
葵のその言葉で、鬼頭はますます混乱した様子だった。頻りに眼鏡と髪の毛を整えていたが、過剰に触りすぎて、むしろ髪の毛は乱れていた。
「一さん、お願いします。三神さんに被害者の特定をさせてあげてください」
「いや、待ってください。非常事態とはいえ、個人情報の書かれた書類をそう易々と見せるわけにはいきません。只野さん、あなたは三神さんからその女性の特徴を聞いたのですか?」
「いえ、まだ聞いていません」
「では、まずは我々がその女性の特徴を聞いて、心当たりがないかどうかを探りましょう」
鬼頭の提案に只野は難色を示したが、一切折れる様子の無い鬼頭を見て、只野は半ば諦めるようにして受け入れた。ここで無駄な問答を繰り返すよりも、特徴を聞くだけでは特定など到底できないことを鬼頭に分かってもらう方が早い、と考えたのだろう。
「では、三神さん。その見えた女性の特徴を教えてください。年齢層や服装、他の特徴など。何でも構いませんから、とにかく思い出したことをすべて話してください」
「分かりました。見た目的には、年齢は三十歳から四十歳くらいだと思います。服装は、花柄の着物です。多分、お祭りに参加していたんだと思います。髪はお団子になっていて、ピンクのかんざしを挿していました。後は……えっと……とても優しそうでした。いいお母さんになりそうな人……それくらいですかね」
目を閉じて思い出していた葵が目を開けると、鬼頭が腕を組んで唸っているのとは対照的な、最初から考える気もないと言わんばかりの只野の姿が目に入った。
――こっちも必死に思い出しているんだから、ちょっとくらいまじめに考えろよ。ムカつく――という心の声をなんとか胸の中に仕舞い、葵はずっと唸っている鬼頭に声をかけた。
「心当たり、ありますか?」
そう声をかけると、鬼頭は唸るのを止め、腕をゆっくり解きながら答えた。
「たくさんいすぎて、誰のことか分かりません。そもそも、祭りの日に攫われたのなら、皆大体同じ格好をしてしまうので、分かるわけがありませんね」
「あなたが提案したんですけどね」
「いつ攫われたのかを聞いていなかったので。分かるかと思いまして」
目の前にいる二人の大人に苛立ちながらも、葵はにこやかに言った。もちろん、作り笑顔である。
「では、鬼頭さん。顔写真のついた書類、見せていただけますか?」
「分かりました。こちらへお越しください」
先導する鬼頭の後についていく、葵と只野。やがて二人は、大会議室と書かれた部屋へ通された。
「あの、資料はどこにあるんですか」
葵が思わずそう尋ねると、鬼頭が肩をすくめながら答えた。
「資料を見せるとは言いましたが、資料を見せるとは言っていません。さすがに、保管庫の中に部外者を入れるわけにはいきませんから、私がこちらに資料をお持ちします。そして、それを確認するようにしてください。探す量によってはすごいことになると思うので、すごい量になると思います」
「とりあえず、マイナンバーカードの申請書をお願いします」
「分かりました。おそらく島の大人のほとんどが申請しましたが、今こちらに残っているのは二千人分ほどだと思います。なので、その二千人分をお持ちします。それと、言うまでもありませんが、こちらにあるのは申請したい島民の方のもののみです。その方が仮に祭りのために帰ってきていた、普段本土に住まれているの方の場合は、こちらでも特定不可能ですので」
鬼頭は、そう言って部屋を後にした。その発言を聞いて葵は、自分が被害者を島民に限定して考えていたことに気付いた。確かに、今回の被害者が西田のように、既に島を出て普段本土で暮らしている人間の場合は、今のこの状況でその身元を特定することは至難の業だろう。そうなると、諦めるしかないのか。
部屋を出てから五分ほどして、鬼頭は資料がパンパンに詰まった大きい段ボールを二つ、台車で運んできた。台車を使っているのに鬼頭の息遣いが荒いことからも、相当な量の資料が用意されたことが分かった。
「こんなに!?」
「マイナンバーカードの申請書だけでは不足があると思ったので、いくつか有用そうな資料をこちらで集めておきました。これらは有用な資料なので、役に立つと思います。それでは、ご健闘を祈ります」
そういうと鬼頭は、台車を押して部屋から出て行った。
時計を見る葵。時刻は午後三時を回った頃。制限時間まであと四時間程あるとはいえ、この書類だけを見ているわけにはいかなかった。ひとまず確実性のあるマイナンバーカードの申請書を確認することにした葵は、ひたすら顔写真を確認した。
「だめ。この写真の中には、いない。もうとっくに申請していて、この役所に残ってないのかな」
「三神さん、こっちには島の広報誌がある。可能性は低いし、効率は悪いけど、大きめの写真だけでも確認して、その人が映っていないか確認したほうがいいと思う」
「分かりました。時間がありません。只野さんは、女性が映っている見やすい写真をピックアップして、ページを折っておいてください。そこを私が確認します」
「了解」
二人で手分けをして、広報誌を確認する。広報誌は十年分というとてつもない量があったが、一先ず直近の二・三年を確認することにした。そのくらいの期間なら風貌の変化も少なく、葵が気づける可能性が高いだろうと考えたからだ。
だが、どれだけ見ても、あのコンクリート工場で見かけた女性の姿は見つけられなかった。時間だけが、無常に過ぎた。
絶望しかけた二人だったが、ページの端を折り続けていた只野があることに気付いた。
「あれ? 去年の六月号だけない。他は古い年号の物も全月揃っているのに、なんで?」
「鬼頭さんに、聞いてみましょう」
大会議室を出た二人は大声で鬼頭を呼んだが、反応はなかった。仕方なく役所の中を探し回っていると、資料室と書かれたプレートを見つけた。見ると、部屋の電気がついている。
「まだ、役に立ちそうな資料を探してくれているんでしょうか……入っていいものでしょうか?」
「あれだけ頑なに入れてくれなかったんだぞ。入ったら、なに言われるか分からないよ。ここは、大人し出てくるのを待とう。怒って協力しないとでも言われたら、解決から何歩遠のくか分からない」
只野がそう言って壁に背を預けると、資料室の扉が開いた。そこから出てきたのは、鬼頭ではなく日向だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます