第10話 酒豪勇者

「勇者様、どうか我らに、お力添えをお願いします」


 エルナは虫がいい考えしか、今の所持っておらず、世界を救おうなんて気はさらさら無い。


「魔王でも、倒しに行くの?」

「いえ、禁酒公と呼ばれる組織の、殲滅です」


「そう、私、この世界に生まれてきて、散々な目にしかあってないから、嫌なんだけど」


「勇者様のこれまでの人生、困難であり、苦悩もあったでしょう。しかしながらもう一度、もう三度ほどその苦悩を堪えては、いただけませんでしょうか」


「私は静かに、穏やかに、平和に、人生を過ごしたい。このまま、ここで余生を過ごすので、お帰りください」


 強情なエルナに世界を救って貰わねばならない騎士達も、引き下がるわけにはいかないので、双方とも引に引けない状況である。


「仕方あるまい」

 次に老人が取った行動は魔法の詠唱。

「我、神の御魂を見つけし者……」

「これは、詠唱!? エルナ私に隠れて!」


「汝の使命をここに示さん。ジャックローズ」


 詠唱を唱え終わると、エルナの首に薔薇のアザが浮かび上がってきた。


「私に、何をした!!?」

 ゲスを見るかの如くその目で睨みつける。怒りが湧き上がるのを感じる。騎士の姉さんは黙っているまんま。


「使命を果たさなければ、いずれ薔薇に締め殺される。勇者様にこんな手荒はしたくありませんでしたが、これできてくれますかな」


「もう、好きにしてくれ……」

 諦めに入ったエルナを見て女騎士は

「すまない、勇者様、この借りはいずれ」

 と謝罪の言葉をこぼした。


「私が、そんなに必要?」


「ええ、貴女は先代勇者の生まれ変わり。そして稀有な、酒豪の導きを待つ者。“酒豪勇者”なのですから」


「そんなにいいものなの?」

「そうですね。酒豪の導きは至高の酒を飲むと、その種族の力を手に入れる事ができますから」


分からなくもない返答に頷いていると。


「さて、今日はもう遅い。聖都への帰還は、朝にしよう。我々は、野営するので時がくればまたくる。夜分遅くに、失礼した」

と家を出て行った。


 突然の来訪と勇者になる事。世界を救う事。頭が痛い。頭を抱えていると。


「エルナ、寝ましょうか」

「うん」


 優しく声をかけてくれるクリスタに私は安堵あんどした。


 私は2階に上がり、またベッドに横たわる。一旦何もかもを忘れて眠りについた。



そして、朝がきた。来てほしくもない朝が。昨日のことが夢であればいいと、どれほど思っても夢ではない。ベッドから降りて一階に行く。


「勇者様、おはようございます」


勿論待っていたのは昨日の女騎士。


「おはよう」

「早速、向かわれますか?」

「待ってよ。気が早い」

「失礼しました」

 ダメ元で聞いてみよう。台所で朝食を作ってくれているクリスタに。

「クリスタ……私と一緒に、来てくれない?」



「え、は、はい。いいですよ!」

 あっさりと答えてくれた。妹達がいるから無理だろうと思っていたのだけど。


「誘ったのに、こんな事聞くのもなんだけど、妹達は大丈夫なの?」


「私は元々、冒険者ですし、帰省しにここへ来ただけですので」


 数ヶ月いて、そんな話してないじゃん。


「そうだったんだ。」


「用意はできましたかな」


「クリスタも連れて行って、いいよね?」


「構いません」


 クリスタは朝食を素早く作り、自身の身支度を済ませる。そして各々の部屋で寝ているラズリとラピスに別れのキスをして、家を出る。外で近衛兵と騎士達が待っていた。私たちは馬車に乗るようだ。


禁酒公…一体どんな奴らなんだろうか…

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