第5話 静かな終戦

 天界の事は知っていても、地上の事は知らない。帰る家もない。友達も裏切り、村も燃やされた。ただこの世界で何もなく暮らせると思っていたのに。


「おねぇちゃ、おちゃ! どぞ!」


 カタンと優しく置かれたお茶をみて、微笑んでありがとうと兎の妹に告げた。喜んで次に出したのがお菓子だった。甘い甘いクッキー、知っている、前の世界でもあった味。


「おいしい」

「いっぱいたべてね!」

 素直でなんて愛らしい子。失った心にしみる。

妹と話して、私にも次第に笑顔になれてきた。そして戸が開く音がするとドタドタと走り顔を見せた兎。


「こっちだっち!」

「今帰ったよ~」


 また一人兎に似た者が、私と目を合わせた。私よりも大人で、小学生でいう六年生、大人でいう老人、それ程の身長差と力量差。そしてこちらに向かってくる。険悪な顔と拳と共に。顔面を殴られ倒れこむ。姉と思しき人物は二人の手を引っ張り玄関を飛び出る。


「ラズリあなたが、連れてきたのはニケ、勝利の鳥よ」

「な~にそれ」

「戦争の前触れってこと、だっちな」

「そう、そういう事」

 ウサギ姉妹は森へ逃げる。獣道に入ったり、草木をかき分けたり、錯乱しながらも走り続けた。


「どこまでいくの」

「隣の集落まで、とりあえず行くから」



「いてて……」

 え、なんで殴られたの。まさか私婿と間違われた?どうしよう意味わかんない。とりあえず追ってみる。このまま殴られただけじゃ気が晴れそうにもないし。

 殴られた頬を撫でながら、庭へ出て羽を広げる。


「飛べるかな」

 羽ばたかせてみると少し浮いた。

「おお」

 人類はついに空を飛ぶ。泣けてくるよ。ライト兄弟が私をみたら、阿鼻叫喚だろうな。


「よし、いこう」


 何処に行ったのかはわからないけど、小うるさい場所を探そうか。

 そう思い周囲を飛び回る。空は快晴で鳥になった気分で楽しさもある。


 一方兎姉妹は魔物に邪魔されていた。


「急いでるんです、どいてくれません? 魔物さん」

「ぐわえ」

「無理、そうですよね」

「がえむ」

「この子たちは、あげれません。」

「ぐらめ」


「力尽くでも、どいてもらいます。―――風の導きを持ってして天空へと誘わん!!」


 兎姉は集中している。これをチャンスだと思い至った魔物は、口を大きくあけ喰らいつこうと、襲い掛かるが途中、風で浮かび上がる竜巻に巻き込まれて上へ上へと、そして今更気づく馬鹿をしたと。


「あれかな」

 それがのろしとなってバレてしまうが、もう遅く、エルナは天使のように降り立つ、姉妹の前に。


「どうして、私を殴ったの」

「あなたが、ニケだから」


「ニケって何? 私は雲の上でただ生活していただけだし、地上に墜落したばっかで何にも、知らないのに」


「あらそうですかとは、ならないんですよ。あなたの種族が、一体何人殺してきたと思ってるんですか!」

 怒り心頭に発し、涙で目が潤み零れ落ちた。


「それで、あなたに、殴られる覚えはない」

「こっから消えてくれるなら、これ以上乱暴はしません。したくありません。」

「嫌です。大体連れてきたの、そこの兎ですから」


 やれやれとした態度をとった。意味も分からず、泣かれているこの状況、まるで犯罪者。そしていきなり、攻撃をしてきた。風を束ねて槍を形成している。

「あぶな!」


 突き出してきた槍は地面を抉るほど強力。当たりでもしようものなら、第二の人生もぱっぱらぱー。


「武器なしに、この戦いは鬼畜だから! たんま!」

「しったこっちゃありません!」


 この傍若無人ぷり、私もあんなのもってないかな。そういえば、数少ない母が教えてくれた。


―――これはね、エルナの人生への導き。大切な人に会うための【酒豪の導き】能力―――


「酒豪の導きを持ってして、酔いへと誘わん!」

 相手に人差し指を、向け決めポーズをとる。

《酒豪の導き》私に与えられたちっぽけな能力。


「なんにもにゃ、え、何これ足が視界がいゆことっきゃにゃい」

 兎姉は足元から崩れ落ち、槍は静かに消え去って、ぼーっと座り込んだまま喋り続けるが、呂律が回らない。

「ひゃっきゅぃ、らぴらずぅにげてぇ。えへへ」

 笑顔で逃げてと言っても、幼き者には異常に見えて。逆に心配するのは、容易にわかる。


「お姉ちゃん、大丈夫だっちか!?」

「おねぇちゃ!!」

 体を揺らすが、一向に起きる気配はない。妹らは、心音を聞いてみるが、異常はない。妹たちはおどおどしだし始めた。酔っている者を見るのが初めてかのよう。


「酔ってるだけだから、そのうち目を覚ますよ。私は荷物を取りに一度、戻るけど、危なそうだし一緒に帰る?」

「大丈夫だっち。身の守り方はわかってるっち」


「そう、じゃあね。兎ちゃんたち」


 私は空高くとんで、先ほどの家へ向かった。さっきまでかわいらしかった妹兎も、血相を変えて私をにらみつけてきた。私は世界に嫌われているのだろうか。


 何もかもうまくいかない。前の人生と一緒だ。なりたいものになれない。

私の人生は静かな終戦だった。

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