第32話 人道協会
人道協会とは、保護活動団体だ。
最近帝都に現れた、活動家集団。『あらゆる人道に反する行いを弾劾し、その風下にさらされる人に救いの手を差し伸べる』というスローガンを掲げている。
その範囲は身近なものだと路上の孤児。果ては魔獣、魔人までもを保護するという団体だ。そう。ご存じの通り、魔人の嘘の特徴である、『キレイごと』を謳う連中である。
確かに路上の孤児に手を差し伸べるのは重要だ。恵まれない人に救いの手を。素晴らしい。だが、魔獣や魔人をもその庇護下におこうとするのは、明確に間違っている。
だからか、連中は魔獣から人間を守ろうという、騎士の活動を非難する。騎士は奴らからすれば、守られるべき対象を殺す、殺し屋なのだ。
「帝都の分厚い壁に守られて、魔獣の怖さも忘れた平和ボケどもがよ……」
だから、魔人などに騙されるのだ。
俺はぼそりと呟きながら、罵倒をものともせずに近づいていく。
「おい! 止まれ! 止まらないとひどいぞ!」「皆さん助けてください! 騎士団が我々の主張を暴力で叩き潰そうとしています!」「この殺し屋どもが! 天罰だ!」
人道協会の一人が、俺に向かって石を投げた。小さな石だ。腕で防御すれば何のことはない。連中も恐らくはそれを想定している。
だがな、俺はお前らとは、すでに決めてる覚悟が違う。
石が俺の目に命中する。俺はよろめき、その場に片膝をつき、目から血を流す。
『え……?』
それで、周囲の空気感が変わった。
連中がやっていたのは茶番だ。石を投げたのだって演出だ。平和ボケしているから、それがまかり通ると思っている。
「ナイト様ッ!」
血相を変えたキュアリーが駆け寄ってきて、俺に「ヒールッ」と治癒魔法をかける。俺の目は見る見るうちに癒え、血が治まる。
その悠長な俺たちの行動に、人道協会の連中は図に乗った。
「は……ははっ! 騎士団は殺し屋の癖に、腰抜けなのか!」「こりゃあ良いことを知ったぞ! 次からは、この差別主義者を襲ってやればいいんだ!」
してやった、と勘違いした連中は、この程度のことで盛り上がる。だが、それは空虚な祝勝ムードだ。観衆は、お前らへと向ける目を変えたぞ。
「なんだあいつら……」「普通に声掛けした騎士さんに怪我させて、笑ってるぞ」「あいつらやっぱおかしいよな……」
よし、と俺は密やかに口端を持ち上げる。だが、深呼吸でおさめた。ここからが肝だ。集中しろ。
さぁ。
お楽しみだぞ。
「―――動くな! 頭の上で手を組んで跪け!」
俺は拳銃を抜いて、奴らに突き付けた。連中はすくみ上り、目を丸くしてこちらを見ている。
「公務執行妨害だ! 速やかに頭の上で手を組んで跪け!」
「は、え、そんな大げさな」
「繰り返す! 速やかに頭の上で手を組んで跪け!」
俺が繰り返すのを見て、図に乗っていた一人が笑って言い返してくる。
「黙れよ腰抜けの差別主義者が! お前らは―――」
俺は、引き金を引く。
銃声が上がった。静寂がメイン通りに広がった。
銃弾が、狙い通り的確に奴の太ももを打ち抜いた。奴は力なく倒れたかと思えば、「いぃぃぃいいい……!」と絞り出すような悲鳴を上げる。
「繰り返す! 速やかに頭の上で手を組んで跪け!」
連中は、すでに一人残らず顔を真っ青にしている。震えながらゆっくりと頭の上で手を組み跪く。
「全員確保する! 班長、手を貸してください。キュアリーはジーニャを起こして、一緒に拘束の手伝いをさせてくれ」
「はい。ジーニャ様、起きてください。一緒に皆さんを拘束しますよ」
「ふぇ……?」
キュアリーは流れを読んで、スムーズに動き始めた。ジーニャもよく分からないながら、彼らに手錠を掛けて行く。
「め、メアンドレア従騎士……! あ、あなた、とんでもないことをしてくれたわね……」
小声で俺を非難するのは、ミニン班長だ。彼女は俺たちのように裏の裏までは知らないが、裏くらいまでなら掴んでいるのだろう。だからこんなことを言う。
それに俺は、言ってやるのだ。
「ミニン班長、今は俺が進める通りに協力してください。俺は、全部分かってやってます」
「は……?」
ミニン班長は、動揺に目を剥いた。俺は、彼女だけに聞こえるようにダメ押しする。
「―――連中の組織は、魔人の巣窟です。強引でも、素早く進めましょう。じゃなきゃ、邪魔が入って台無しになる」
「――――ッ」
俺の言葉に、ミニン班長は言葉を失った。俺は勇ましく笑いかけ、連中を拘束していく。
俺の作戦はこうだ。
「こいつらは詰め所に連れて行きません。騎士団の、俺たちを止められる権限を持つ人間をなるべく噛ませずに、ことを進めます」
難しい顔をするのは、ミニン班長だ。
「じゃあ、どこに連れて行くの」
「人道協会の建物です。俺が撃って黙らせた奴も治療して、引き渡してやりましょう。それから厳重注意兼指導と称して確保できる証拠類を漁ります」
連中の先導をジーニャ、キュアリーの二人に任せて、俺は班長と作戦を詰めていた。
「そんなうまく運ぶ……? それに、何をもって魔人だのと言っているのよ。証拠がなかったらどうするの?」
「ありますよ。言ったでしょ、人生二周目って」
俺が冗談めかして言うと「こんな時に冗談が通じると思わないで」と叱られる。
「冗談じゃないのになぁ。ただ、俺が掴んでるのは、こいつらの奥に魔人が潜んでることだけです。他は調査して初めて分かります」
「むしろ何でその一番重要な部分だけ押さえてるのよ」
「俺ちょっとすごい魔法使いなんで」
「……はぁ、もういいわ。それより、外れだったら覚悟しておきなさい」
俺たちは立ち止まる。見上げる先には人道協会・帝都拠点。俺がこれから潰す、最初の魔人の巣窟だった。
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