第31話 束の間の平穏

 昨日のお出かけは、とても楽しいものだった。


 ミニン班長の地雷系ファッション披露後、班長に連れられて帝都観光をしたのだ。帝都に不慣れな俺たちは『世紀レベルで文明が違う』と思いながら帝都を堪能した。


 俺たちはそんな班長のことをことあるごとに褒めちぎっていたので、ミニン班長は目に見えて俺たちに心を開き始めていた。


『し、仕方ないわねっ! あなたたちはまだろくに給料ももらっていないでしょうし、ここはアタシが奢ってあげるわ!』


『ここはね? この時間になると……ほら! 噴水が噴き出すのよ。きれいでしょう?』


『アタシ、こんな楽しい休日過ごしたの初めてかも……。こんなふうに思える日が来るなんてね』


 俺たちはその様子を見ながら、口々にこう呟いていた。


『ツンデレだ……』『わ、私でも心配になるくらいチョロいよ……?』『ふふ、お可愛らしい方ですね』


 ともあれ、仲良くなるのはいいことだ。俺たちは早朝、宿舎から集合場所に向かいながら、「いやぁ」と声を上げる。


「昨日は楽しかったな。ミニン班長もずいぶん打ち解けたし」


「あの服、可愛かったなぁ~……。な、ナイトくん! わ、私もああいうの、似合う……かな?」


「ジーニャも可愛い系だし似合うだろうな」


「えへ、えへへへっ。そ、そう? そうかなぁ? じゃ、じゃあき、着てみよっかな?」


「わたくしはもう少し明るめの色合いで、ああいう着こなしをしてみたいです」


「ああ。キュアリーは確かに、黒系よりも白とかのが似合いそうだな」


「嬉しいです。その暁には、是非ナイト様に手ずから脱がせていただきたく……」


「日常会話に罠仕掛けるのやめろ」


 そんなことを言い合いながら集合場所に到着する。今日は珍しく、騎士団の本拠地前だ。


「いつも帝都から出て数日かかるような過酷な任務ばっかだったのに、今回は珍しいな」


「そ、そうだね。……今日はいつも通り、堅い服着てくるのかな、班長」


「あら? あらあらあら。まぁまぁまぁ!」


「どうしたキュアリー」


 キュアリーが嬉しそうに反応する先を見て、俺は目を丸くした。


 道の向こうから歩いてくるのは、ミニン班長だ。だが、普段のような堅苦しい騎士服の着こなしではない。どころか、昨日のような地雷系ファッションっぽく改造されている。


「お、おはようみんな」


「わっ! ミニン班長の騎士服、可愛い……! あっ、え、えと、おはようございます……」


「え、ええ、おはよう……」


 照れ気味に言うミニン班長。それから班長は、チラと俺を見てくる。


 俺はニッと笑って口を開いた。


「おはようございます、ミニン班長。ずいぶん思い切りましたね」


「あ、あなたが悪いのよ。昨日アレだけ褒め殺すものだから、少し冒険してみたくなったじゃない」


 言って、ふい、とミニン班長は顔を逸らした。俺はその愛らしさに、くくっと笑う。


 問題あるように見えるが、実際のところ、騎士服は割合着崩しても許される傾向にある。


 そもそもどんな武器を選ぶかでも、いくらか改造が前提となる服だ。むしろそのまま着ていたミニン班長の方が少数派。俺だって剣、拳銃用ホルスターを腰に縫い付けている。


 騎士は人によって武器が変わるからな。まったく銃を使わないジーニャなんて人材もいるくらいだ。キュアリーも背中にメイスを背負っているし。本当に人による。


「本当にお似合いです、班長様。ところで、今日は遠征ではないのですか?」


 キュアリーの質問に、ミニン班長は不思議そうな顔をする。


「それが、妙なのよ。今日この格好で任務を受領したら、いつもと違って小隊長が変に優しくて。だから、今日はただのパトロール」


「「「……」」」


 俺たち三人は顔を見合わせる。みんなの気持ちを、俺は代弁した。


「ミニン班長だって分からなかったんじゃないですか? ほら、今日のミニン班長ほどじゃないにしろ、カワイイカワイイした格好の班長騎士の方もいますし」


「なっ……!? へ、変なこと言ってないで、行くわよ!」


「了解です、班長殿」「は、はい!」「承りました」


 俺たちは微笑みと共に、ミニン班長の後についていく。






 その日の任務は、いつもと比べて実に緩かった。街の人に道案内を頼まれたり、重い荷物に困ったご老人を手伝ったり、木に引っかかった風船を取ってあげたり。


 昼食時、俺たちは昨日も来た噴水の近くにサンドイッチ片手に腰かけながら、こう呟いた。


「え……? 他の騎士団員って、日ごろこんなヌルい仕事して給料もらってんの……?」


 キレそう。そのくらい緩かった。アレ? こんなだったっけ? まだ平和な時期って、マジでこのくらい平和だったっけ? アレぇ?


 全然覚えていない。というのも、騎士団もどこかのタイミングで崩壊してひどいことになるから、そっちの記憶の方がはるかに色濃いのだ。こんな楽しい班じゃなかったし。


 ともあれ、俺は戸惑いながら尋ねる。


「み、ミニン班長。パトロールって、どのくらいの班に振り分けられる任務なんですか?」


 ジーニャの問いに、ミニン班長が言いにくそうに答える。


「……日に、七割の班はパトロールしているわ」


「それは~……何というか、その~……」


 キュアリーが言葉を濁している。俺は口を滑らせた。


「ミニン班長の嫌われぶりってマジだったんですね。本格的に任務でいじめられてたんですね」


「うううううう、うるさいわねっ! いっ、言っちゃいけないことってあるでしょう!?」


「アッハハハハハ! 真っ赤! ミニン班長、顔真っ赤!」


「もう! もう! 知らないわあなたなんて!」


 俺にからかわれ、つーんとそっぽ向く班長だ。それをキュアリーが「よしよし……」と慰めている。


 その様子に、本当に人間関係として馴染んできたな、と思う。ひとまず、これでミニン班長の魔女化は阻害できただろう。


 だが、それは油断していいということではなかった。


 俺はサンドイッチを口にしながら、足を組んで考える。


 俺が騎士団に入団してから、そうしばらくしない内に帝都は炎上する。複数の魔人が同時にことを起こし、扇動された人間が、混乱した人間が、同士討ちを始める。


 時期としては、そろそろだ。ちょうど今頃から、水面下で魔人がうごめき始める。


 ミニン班長がパトロール任務を振られ始めたというのは、その意味で僥倖だろう。帝都の内側に気を配る機会が増えたという事だ。


 それに加え、すでに遠征で班としても経験を積めている。図らずも、俺たちはとてもいい状態に自分を持っていけているらしい。


 とするなら、だ。


 そろそろ、奴らの活動に茶々を入れるべきタイミングだろう。


 俺はミニン班長に持ち掛ける。


「班長。さすがにぬるいですし、人通りの多い場所をパトロールしませんか?」


「そうね……。スリの一人でも見つかるかしら」


 出会う相手はそんなもんじゃないが、それは出会ってから気付けばいい話だ。


 俺たちは昼食を食べ終え次第、メイン通りに移動した。流石帝都のメイン通りは広範にわたって人がごった返しており、何度見ても圧倒されてしまう。


「きゅう……」


 あとジーニャが失神した。


「また? 仕方ねぇなぁ……。俺がおぶるわ」


「むぅぅううう! また! わたくし以外の方が! ナイト様と!」


「あなたこの点にだけ精神年齢と沸点が低いわね、パラノイ従騎士」


 俺はジーニャを背負いつつ、パトロールでメイン通りを進んでいく。


 メイン通りとはいえ、騎士服を着こんだ俺たちが歩くと多少周りの人間が避けて動いてくれるのが分かった。ま、俺たちにも逮捕権があるしな。事を荒立てたい人間もいまい。


 もちろん、普通なら、だが。


 俺たちがしばらくメイン通りを進んでいると、どこからともなく大声で演説しているのが聞こえてくる。


「分かりますか!? 騎士団が行っているのは、明確な差別なのです! 魔獣は本来、普通の動物と同じ! 駆逐する必要はありません! 魔人も同じです!」


 ―――居た。俺は嗤う。


「ゲ、人道協会よ。避けて進みましょう」


 ミニン班長が言うのを俺は無視して、つかつかと連中に近寄っていく。


「あっ、メアンドレア従騎士!? ちょ、ちょっと! そっちは!」


「はいはーい! そこの演説してる人ー! 騎士団に許可とってますかー!」


 班長の声をかき消す意図も込めて、俺は大声を上げながら連中に近寄って行った。


 集まっているのは、二十代から中年すぎくらいのまばらな連中だった。人道協会。帝都に住んで短いジーニャは知らないだろうが、


「あっ! 騎士が来たぞ!」「この差別主義者が! 恥を知れ!」「騎士団は全員クズぞろいの殺し屋集団だ!」


 俺が近づいただけで、まるで火をつけたような騒ぎになる。おーおーうるさいねぇ。一周目の当時は思ったもんさ。ってな。


「魔人の傀儡どもが。目を覚まさせてやるよ」


「ちょっと! メアンドレア従騎士! あなた止まりなさい! 戻るわ、ひゃっ?」


「すいません、ジーニャを頼みます、ミニン班長」


 俺はジーニャを班長に預け、一歩踏み出した。

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