第29話 ある非番の日のこと


 ある日に見た、予知夢の出来事だ。


 俺とジーニャ、キュアリーの三人は、歯を食いしばりながらその魔女と対峙していた。


 燃える灰の髪。まとう火の粉。服らしい服を着ず、炎でのみ局部を隠す、扇情的な魔女。奴によって、街の中心はあれ果て、砕けた瓦礫が、ガラスが、人の亡骸が転がっている。


 『灰と火薬の魔女』ミニン・シャイニング。


 元々は、俺たちの班の班長だった少女だ。


「ミニン班長! 何でですか! 何で魔女なんかに……ッ!」


 剣を向けながら俺が叫ぶと、灰と炎をまき散らしながら、魔女ミニンは言う。


「あの人だけが、アタシを肯定してくれたから」


 ふふ、と彼女は蠱惑的に笑う。


「誰も、誰も本当のアタシを見てくれなかった。あなたたちもそう。うわべでは仲良くしてくれたけれど、それだけ。あなたたちの仲の良さを見せつけられるたび、孤独を知ったわ」


 けどね、とミニンは語る。


「あの人は、あの人だけはアタシを欲しがってくれた。アタシを見てくれた。だから、アタシは魔女になったの。この強さを振るう事を肯定してくれたあの人のために、力を振るうの」


 だから、とミニンは俺たちを指で手招きする。


「おいでなさい。燃やしてあげる」


 俺は歯噛みし、これ以上の対話の無意味さを知る。もはや奴は人間ではない。人間を捨て魔人に着いた裏切り者―――身の心も、魔女になったのだと。


 三人で陣形を組む。かつて後衛を務めた少女はもういない。少女は人間を見捨て、人間に見捨てられ、今、敵として俺たちの目の前に立ちふさがった。











 ミニン班長との関係は、現状悪くなかった。


 勘違いされやすい性格なのだろう、と見抜いて俺がアプローチを掛けて行ったおかげで、初任務からいくらか緊張感のほぐれた関係性が作れたような気がしている。


 実際次の任務からはとてもスムーズで、ミニン班長もコミュニケーションを自発的にとるようになったから、やりやすかった。最初で信頼を勝ち取れたのが大きかったのだろう。


 そんな多忙な日が続いた時に、俺は不意に「あ」と気付いた。


「明日、初の非番じゃん」


 配属初めての休日である。よっしゃ、みんなでどこか行くか。






「ごめんなさい。お誘いは嬉しいのだけれど、公私混同はしない主義なの」


 撃沈である。ミニン班長はとても難しい顔で、俺たち三人からの申し出を断った。


「や、やっぱり嫌われてたんだ……そ、そうだよね、私なんかを好きになる人、い、いないよね、えへ、えへへ……」


 ジーニャがうつろな顔で壊れている。宿舎のリビングの机に向かって、いつものようにダウンだ。


 一方俺とキュアリーは、首を傾げて顔を見合わせていた。


「ちょっと珍しい断り文句だよな。『公私混同はしない主義』って」


「多分嘘は付けない性質なんでしょうね。とすると、『お誘いは嬉しい』というのも本当のことでしょうか」


「可能性はあるな。んー、真意はどうなんだろうか」


 用事がある、でもなく『公私混同はしない主義』ときた。つまる話プライベートに仕事の人間関係は持ち込まない、と言っているのだ。


 このコミュ障語を標準語に変換すると、恐らくこうだろう。


「『気を遣って誘わなくても大丈夫。三人だけで楽しく遊んできて』ってとこか? 自分は班長だから、気を遣われて誘われた的な解釈をしたか」


「それはありそうですね。特に上司がウザイ、みたいな風潮は昨今どこにでもありますし」


「二人のその他人の感情の読み取りの上手さは何なの……? どこで鍛えたの……?」


「人生の一周目」


「そうだった……。精神年齢は一回り違うんだった……」


 ジーニャは何だか恐れ多そうな顔をしている。俺はジーニャサイドに回って言った。


「でもキュアリーは俺の比じゃないぞ。俺の精神年齢は25歳だけど、キュアリーの精神年齢は推定1525歳だからな」


「桁が違うっ?」


「恥の多い人生を送ってまいりました……♡」


 何故頬を赤らめる。自分の頬に手を当てるな。体をくねらせるな。


「じゃあまぁそうだな。どうしようか」


 俺は悩む。先日の予知夢のこともあるし、誘わない手はないだろう。自分から突っぱねておいて拗ねるとは、まったく面倒なぼっちである。


 とはいえ、すべきことは単純だ。勘違いを解けばいい。とはいえ、もう今日の任務は終了済み。ミニン班長も帰宅してしまっている。


 そこで、キュアリーが言った。


「じゃあいっそ方針転換して、明日は班長様の尾行をしませんか?」


 流石一時は魔女に身を堕とした女。犯罪行為に躊躇いがなかった。












 そんな訳で翌日、俺たちは尾行をしていた。


 俺たちも騎士服を着ていなければ、まだまだ若いガキんちょだ。妙な行動を取っていても、『遊んでいるのだな』で見過ごされる特権を有している。


 俺たちは全員で私服を身に纏い、あらかじめ情報を入手していた班長の住まいの近くで塀に隠れていた。


「は、班長さんの家、おっきいねぇ~!」


 わぁー、と口を大きく開けて、ジーニャは館を見上げている。マジで子供の顔だ。これなら誰にも疑われまい。


「っていうか用事があるって言ってたわけじゃないし、引きこもってたら手出ししようがなくないか?」


「その場合は『来ちゃった♡』でごり押すことができますよ」


「キュアリーちゃんの手練手管、強引すぎて怖いよ……」


「お、とか言ってたら早速、ミニン班長が家から出てきたぞ」


 俺たちは身をひそめて通り過ぎるのを待つ。班長は俺たちとは逆方向に進んで行ったので、見つかる心配はなさそうだ。


「行ったか。よし、つけるぞ」


「な、ナイトくんもなんだかんだノリノリだよね」


「悪戯は古今東西楽しいものですよ、ジーニャ様♡」


「キュアリーちゃんが言うと全部いかがわしく聞こえる」


 ジーニャからキュアリーへの塩対応の目立つここ最近だが、キュアリーは「そんなに褒められたら困ってしまいます……」と清楚な恥じらい顔。ジーニャが虚無の顔をしている。


「ほら二人ともバカやってないで行くぞ」


 俺は二人に先導して、気配を消しながら班長と一定の距離感を保って移動する。班長の移動ルートは迷いがなく、どこか決められた目的地があるのだろうと伺えた。


「ん……入り組んだ道に入ってきたな」


 僅かに駆け足で追うも、短いスパンで何度も現れる曲がり角に、俺たちは結局班長を見失ってしまった。


「あ、あれ……? ど、どこ行っちゃったんだろ……?」


「これだけ入り組んだ道で、近づきすぎず、という尾行には少し無理がございましたね。どうしましょうか……?」


「ひとまず集合場所と時間だけ決めて、バラけて探すしかないんじゃないか」


 俺の提案に二人は乗ってきて、俺たちは散開することになる。


 そこは、密集した住宅地のようだった。乱雑に入り組んだ構造は、まるで迷路を歩いているかのようだ。最近帝都に来た身分だから、こんなところがあるとは知らなかったな。


「……? 今、班長っぽい影が見えたような」


 俺はそちらの方に駆け足で寄っていく。またも影を見失うが、直後班長の声によく似た、悲鳴らしき声が聞こえた。


「ッ」


 俺は班長が魔人の誘惑に乗ってしまう予知夢を見ているのもあって、一瞬で緊張が限界ぎりぎりまで張り詰めた。息をひそめ、音がどこから上がったのかを探る。


「―――こっちかッ」


 駆ける。念のため懐に忍ばせていた拳銃を取り出して、音の発生源らしき建物の扉をあけ放つ。


 くぐもった女性の声と、ドタンバタンと聞こえる物音。俺は息を鋭く吐いて、確信と共にドアを蹴破った。


「ミニン班長ッ! 大丈夫ですか!」


「キャー! このコーデ可愛い~~~! やっぱり黒系が好きなのよねぇ……え?」


「うぇ?」


 俺は扉を蹴破った先にいた、下着姿で真っ黒なゴスロリを鏡に向かって合わせているミニン班長と遭遇する。


「「……」」


 沈黙。無言。お互いの思考が完全に真っ白になっていることだけわかる。二人揃ってパチパチと間抜けにまばたきをしている。


 段々理解が追い付いてきて、ミニン班長の顔が真っ赤に染まっていく。一方俺の顔は真っ青だ。しかし男たるもの、女性に恥をかかせるわけには行かない。


 俺は一歩下がり、深く深く頭を下げ、こう告げた。


「お着換え中、失礼いたしました、ミニン班長殿。失礼ながら、大変、眼福でございました!」


「このッ! 粗忽者ッ!」


 謝罪とビンタ一発で許してもらったさ。優しいね!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る