第28話 野営地にて

 俺たちはゴブリンの巣の跡地からいくらか離れた森の中で、テントを設営していた。


 焚き木に息を吹き込み、火を起こす。空はそろそろ日が沈みかけている。


「よーっし。焚き木もこれで大丈夫だな」


 俺は手をパンパンと叩いて埃を落とし、それから腰に手を当てた。うんうん。良い焚き木だ。パチパチと爆ぜながら、火の粉を巻き上げている。


「な、ナイトくんっ。こっちもできたよ」


「まぁ、大きな焚き木ですね。では、ここからはわたくしが簡単ながら食事をお作りします」


 馬から荷物を取り出して、手際よく料理するキュアリーだ。待っていると段々と日が暮れて、辺りが真っ暗になる。


「じゃ、ミニン班長。乾杯の音頭を」


「え? え、ええ。えー、き、記念すべき初任務の成功を祝って」


『カンパーイ!』


 俺たちはスープの入ったコップをぶつけ合った。






 ゴブリンを倒した俺たちは、今日中に帰るのはむしろ危険だという事で、近くで野営をすることに決めた。


 騎士団の活動として、出征はよくあることだ。だから基礎訓練にも、こういったそれこれは組み込まれている。


 特に俺は、社会崩壊後はこうやって過ごすことが多かったから、人一倍に慣れていた。


「いやーどうでしたかミニン班長。俺たちの実力は」


 頑張ったので褒めてくれ、という期待を込めて班長に話を振ると、ミニン班長はカップに入ったスープを啜ってから、おずおずと言った。


「……驚いたわ。とても。ものすごく。あなたたち、強いのね。強い人と班を組んだのは初めてだったから、本当に驚いてしまったわ」


「おおお……。淡々とメチャクチャ褒められている」


「う、うん……みんなすごかったもんね」


「ジーニャ、八割お前だぞ」


「えぇぇっ!? そ、そんなことないよっ! わ、私なんて、適当に剣を振ってただけだしっ」


 適当に剣振ってアレだからすげぇんだよなぁ。


 俺は謙遜するジーニャに遠い目を向けていると、ミニン班長が続ける。


「四割は、そう。スレイン従騎士、あなたの剣は異様よ。そもそも、女性騎士で剣みたいな近接武器を振るうこと自体が珍しい。それなのにあの戦果は、すごいわ」


「え、えへ、えへへへ、そ、そうですかぁ~……? えへ、えへへへへへ」


 ジーニャは褒められ慣れていないので、褒められた時の反応がちょっとキモい。


「パラノイ従騎士もすごかったわ。強引なのに安定感があった。スレイン従騎士よりも重い武器を振るって……いつもあんな風なの?」


「ああ、わたくしの武器と魔法を鑑みると、自然とああなりますから」


 今ちょっと誤魔化したな。俺には分かるぞキュアリー。記憶取り戻してから多分初めての戦いなんだろキュアリー。じゃなきゃもう少し取り繕うだろキュアリー。


「メアンドレア従騎士は、すごいというより、とてもやりやすかったわ。あなたさえいれば、アタシたちが弱くてもきっと勝てた。素直にあなたに司令塔を任せて正解だったわ」


「人生二周目なもんで」


「ふふ、冗談もうまいのね」


 くすっ笑うミニン班長に、俺は肩を竦めた。何ら嘘は言っていない。


「……ごめんなさい」


 そこで、何故かミニン班長は謝り始めた。


「初めての任務なのに、こんな難しい任務につき合わせてしまって。アタシ、嫌われているから。こう言う難しい任務ばかり押し付けられていて、他に選択肢がなかったの」


 空気から静かに熱が抜けていく。ここで慌てているジーニャのように、下手にフォローに回るのは下策中の下策だ。つーか空気読めないなこの人。もう少ししっとりした時に言え。


 俺は、軽やかに話を変える。


「っていうかミニン班長の狙撃だって的確でしたよ。指示したゴブリン、即時にあの精度で撃つのはちょっとうますぎる。ヤグラのゴブリンだって、全員一発でしたよね」


「え? それは、そうね。でも、このくらいは」


「いやいやいや。それが出来ない人がどれだけいると思ってんですか。それに地雷魔法。かなりの数吹っ飛ばしてましたよね。一回で十匹以上。ジーニャに近い数字出してるんじゃ?」


 俺は言う。実際、ミニン班長はかなり強い。


 俺は正直、今の鍛えられていないジーニャでも、並べる若手なんていないと思っていたのだ。


 だが、ミニン班長の狙撃と地雷魔法は遠距離特化で能力としてまとまっている。ローリスクを保ちながら、多くを殺せる。そういうえげつないところでまとめている。


 俺やキュアリーが強いのは当たり前だ。前回の記憶があるから、見た目通りの強さではない。だがその上でジーニャに並ぶミニン班長は、ちょっと異常と言っていい。


 だが、それはあくまで強さの話。


「……あ、あまり褒めないで。慣れてないの……」


 ミニン班長は、顔を背けて頬を赤らめる。俺はジーニャに言った。


「見ろジーニャ、これが可愛い照れ方だ。お前のはちょっとキモいから、これを見習え」


「何でっ? 何で今毒を吐かれたのっ?」


「ナイト様、ジーニャ様は班長様と違って、本物ですから……。ゆっくりと成長していけばいいんですよ、ジーニャ様」


「本物って何! 何の本物なの!? コミュ障!? 本物のコミュ障ってこと!?」


 夜の所為か、ジーニャのテンションが高い。俺はくつくつ笑いながら、スープを啜る。


「っていうか、ミニン班長、多分もっと素は明るめですよね。結構抑えつけて話してません?」


 俺が言うと、ミニン班長は動きを止めた。んー、何となく分かってきたけど、ミニン班長、会話の上で地雷多いな。地雷令嬢がよ。


「それは、あなたには関係ないでしょう」


「じゃあ違う話をしますか。ジーニャ、面白い話してくれ」


「えっ? ……えっ、えっ、あ、えっ、あのっ、えっ」


「ナイト様、その、ジーニャ様をとりあえずイジメてお茶を濁すのは……」


「分かったよ。じゃあ俺がするよ」


「み、みみみ、自らっ? ナイトくん正気? 地獄の振りを自分にするなんて」


「ふっ、見てろ」


 強めの拒絶をしたはずなのに一瞬で流されたミニン班長は、キョトンとしながら俺を見つめている。


「これは俺が小さい頃の話なんだがな、ジーニャが」


「待って。ナイトくん、とりあえず私で何とかしようとしてない?」


「バレたか」


 てへっ、と舌を出すと、ジーニャが頬を膨らませてポカポカ叩いてくる。ハハハジーニャが怖いのは武器がある時だけだ。


「……仲がいいのね」


 俺たちのやり取りを見て、ミニン班長が言う。


「ま、幼馴染なもんで。な」


「う、うん……。な、ナイトくん、周りに人がいると、前みたいにちょっと意地悪になるね」


「愛を囁くのは二人の時だけでいいだろ?」


「~~~~~~~っ! バカッ! もう知らないっ!」


 真っ赤になってツーンとそっぽを向いてしまうジーニャだ。俺は「怒られちゃった」と肩を竦めて、スープを口に運んだ。


 一方そこで声を上げるのはキュアリーだ。


「……ジーニャ様は、ナイト様に愛を囁かれたことがあるのですか? 羨ましいです……」


「え? あ、あの、キュアリーちゃん……? 目が怖いよ……?」


「わたくしも……っ、わたくしもナイト様に調教されたいのに……っ! 羨ましいですっ! ジーニャ様はもう、ナイト様にあんなこともこんな事もされているなんてっ!」


「されてないっ! 全然されてないっ! ナイトくんが冗談で変なこと言うだけっ!」


 涙ながらに訴えるキュアリーに、ブンブンと首を振るジーニャ。俺は笑いながらスープをおかわりする。するとキュアリーの矛先が俺に向いた。


「ナイト様っ! いつになったらわたくしを壊していただけるのですかっ! あの美しい悪夢のように、わたくしはあなたのことを想って、昂ぶりのあまり夜も寝れないのにっ!」


「俺キュアリーから好かれてるの、ぜったい何かの間違いだと思うんだよなぁ……。あの流れで好きになる要素なかったろ」


「好きになるとか! 愛するとか! そんな浅い話をしていないのです!」


「座れ」


「はい」


「え? 主従関係?」


 ミニン班長がまばたきを繰り返している。今のセリフ素に近かったな。誘ってみるか。


「ミニン班長も一緒にお話しましょうよ。議題は人類の未来について」


「この流れでそんな堅い話をするの?」


「人類いいっすよね~。よく分かんないですけど、良いと思いますよ俺」


「上げたハードルをくぐるの止めてもらえる?」


「ぶっちゃけどうなんですかね人類。続きますかね?」


「誰? 誰の視点で言ってるの? 神?」


「俺が神だなんて……不敬ですよ! 反省してください!」


「アタシが怒られるの!? 今とても理不尽な気持ちなのだけれど!」


 素が出てきたな。ジーニャは口元を押さえてプルプル震えているし、キュアリーは「まぁ」と微笑ましそうだ。


 俺はニッと笑ってミニン班長に視線をやると、班長はハッとしてそっぽを向いた。スープを一気飲みして、小さく「ぬるいわね……」と呟きつつ、立ち上がる。


「不快だわ。平民の分際でアタシをからかおうだなんて。もうアタシは寝るわ。出立は日の出に合わせるのでそのつもりで。見張りは二時間ずつ交代で。以上!」


 言うだけ言って、一人でミニン班長はテントに向かって行ってしまう。ジーニャとキュアリーは反省したような顔をしていたが、俺は違う。


 お代わりしたばかりのスープに、俺はフーフーと息を掛けつつ告げる。


「スープがぬるくなるくらい、会話を楽しんでくれたようで良かったです」


 ミニン班長はギクリと肩を跳ねさせて、俺を一睨みしてから「お休み!」とテントに引っ込んだ。

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