第27話 ゴブリン掃討作戦

 俺たちがへとへとになりながらやっとのことで集合地点にたどり着くと、ミニン班長はすでに武器の準備をしていた。


「思ったより早かったのね。来ないかと思ったわ」


 その物言いに、俺たち三人はむっとした。俺は分かりやすく眉を顰め、キュアリーも難しい顔で口を引き結び、体力の限界に至ったジーニャは落馬する。危ない。


「辛辣だなぁ……。ミニン班長、言わせてもらいますけどね」


 こういうのは、早めに言っておいた方がいい。俺は馬から下乗してジーニャを助けつつ、ミニンに苦言を呈する。


「ミニン班長は、コミュ障すぎますよ」


「……こ、コミュ障?」


 俺の言葉に、班長は戸惑う。


「ワガママとか、身勝手とかは言われたことがあるけれど、コミュ障と言われたのは初めてだわ」


「コミュ障と常日頃から接してるんで分かりますよ。俺たちを置いてったのも気づかいでしょう? 自分で斥候をすればより多くの情報が得られる。迷う道でもなかったですし」


 俺がそう言うと、班長は口を閉ざす。


「実際十分な時間があったはずなのに、一人で任務をおっぱじめてない。つまり俺たちを待ってくれていた。違いますか?」


「……まぁ、それは、待つでしょう。班長なのだし」


「ならそれを伝えろって話ですよ。情報伝達不足は不安を部下に与えます。部下の不安はそのまま怒りに転じる。だから地雷とか勘違いされるんですよ」


「……ごめんなさい」


 俺のマジ指摘に、ミニン班長の頭が見る見るうちに垂れていく。


 今まで感情的な非難をされてきたのだろう。それを、自分を守るために取り合わなかった。自分はちゃんと部下のことを考えているのに、とでも傷ついていたのだ。


 俺は馬で駆けながら、その辺りについて考えを巡らせていた。ミニン班長からは悪意を感じなかったからだ。悪意がないとすれば、そこにあるのは何らかの不備に決まっている。


 なら、不備について指摘すればいい。勘違いは正せばいいし、能力不足は他の何かでカバーする必要がある。少なくとも、怠慢も悪意もないならそれで事足りるのだ。


「その、事情があって、あまり多弁に振舞いにくい環境だったから、その」


 ミニン班長は完全に言い訳モードに入っている。自分が悪いと認めている証拠だ。俺はニヤリと笑いながら、武器を取り出して任務の準備を始める。


「ま、今から直しましょう。とりあえずジーニャの回復を待って、開始です。アレだけ露骨に避けられる分、ちょっとすごいですよ、俺たちは」






 この任務の内容は、大量発生したゴブリンたちの一掃だ。


 近隣の村で家畜が数匹のゴブリンに襲われたのを確認して、村人が調査したところ発覚したらしい。ゴブリンは増えるのが早いから、油断するとすぐこうなるのだ。


 ミニン班長はこう言った。


「アタシが突撃して蹴散らすわ。あなたたちは各自の判断でやって」


 こいつマジか。


「……ミニン班長、それはさすがにないです」


「え? いつもこうだけれど」


「マジですか、ヤバ……。今までの班員からは文句出なかったんですか?」


「だってすぐに班を解消されるもの。いつも一人で任務をこなすから、このやり方しか知らないわ」


 俺、ジーニャ、キュアリーは顔を見合わせる。この人メチャクチャぼっちだ……。ジーニャが「わ、分かります……」とか言い出しちゃうくらいぼっちだ……。


 俺は渋い顔になって、どうにか言葉を紡ぐ。


「俺たちは、ミニン班長が悪い人だとは思ってません」


「……急に何よ」


「だから、コミュニケーションを取りましょう。ミニン班長の今の作戦は、作戦ではないです。ミニン班長のワンオペです。悪い班員ならミニン班長を眺めて終わりです」


 俺が言うと、班長は「う」と苦虫を噛み潰したような顔になる。多分これ一回くらいされたな? 過去に地雷しか埋まってないじゃん。


 俺は続ける。


「だから、会話をしませんか? 俺たちの得意分野、ミニン班長の得意なこととか、それを組み合わせてどんなことが出来るかとか、そういうことをまずは話しましょう」


「……分かったわ。ごめんなさい」


 ミニン班長はしゅんとする。可愛いなこの人。


「えっと、ともかく、作戦が今より良くなるってことで、いいんだよね? わ、私は問題ないと思ったけど……」そりゃジーニャはどこに放り込んでも大丈夫だろう。


「というか、今の作戦は雑過ぎるので、そのまま実行されると困りますしね……」


 ジーニャは戸惑い、キュアリーは苦笑している。ミニン班長は目を瞑って考える様子を見せ、俺たちに聞いてきた。


「その、みんなは何が出来るの?」


「俺は近距離戦中距離戦ができる。夢魔法のお蔭で場所によらず情報を多く確保できるから、適当に配置しても司令塔が出来る」


「わ、私は、剣が使えますっ。というか、剣しか使えない、というか、え、えへへ……すいません……」何故謝ったのか。


「わたくしは治癒魔法使いですから、回復が得意です。銃よりも近距離の方が得意ですよ。生憎と、武器に刃物は使いませんが」


 キュアリーは言いながら、一抱えもあるメイスを取り出した。ミニン班長はそれを見て、キュアリーに問う。


「教会関係者なの?」


「はい。刃は教義の関係で使いません」


「分かったわ。アタシは銃剣での狙撃と、地雷魔法での罠の設置が出来るわ。罠の設置はアタシが視認してる範囲に自由にできる。ただし、設置後一秒間は爆発しない」


「地雷魔法!」


「な、何……?」


「あ、すいません……。ちょっと興味のある魔法だったというか、その、すいません……」


 ジーニャが食いついてから謝り倒す。そういえば村を出るときの話で、地雷魔法の話をしたな。持ち主は班長だったか。地雷令嬢とか言うあだ名で、もしかしてとは思っていたが。


「とすると……うん」


 ミニンは頷いて、俺たちを見た。


「前言撤回。アタシは後衛に回って狙撃と地雷の設置でみんなを支援するわ。スレイン従騎士、パラノイ従騎士は前衛。パラノイ従騎士は適宜必要な人員に回復を」


「はっ、はい!」「はい、承りました」


 緊張気味に答えるジーニャと、柔和に頷くキュアリー。最後に、ミニン班長は俺を見た。


「メアンドレア従騎士は中衛。場所を問わずに司令塔が出来るのなら、二人の状況を管理しながらアタシに指示を出してもらえる? あなたは特に、頭が回るようだから」


「分かりました」


 俺が笑顔で頷くと、ミニン班長は何度かまばたきをした後、「お願い」と頷いた。


「じゃあ、早速作戦を開始しましょう。ゴブリンの群れはこの森に入ってすぐのところに居るわ。アタシはここが狙撃ポイントだから、ここから支援する」


 見れば俺たちの場所は少し高台になっているようで、ここから森の木々を縫って降りるとゴブリンの群れがいるようだった。なるほど、これはやりやすいな。


「よし、じゃあ突撃だな。あ、あとミニン班長」


「何?」


 俺は、ニッと笑う。


「コミュニケーション取ると、やりやすいでしょ」


「……ええ。ちょっと驚いてる」


 ミニン班長の恥ずかしげな首肯に俺、ジーニャ、キュアリーの三人はハイタッチを交わし、森に一歩足を踏み入れた。


 さぁ、ここからは単なる戦闘だ。息を吐き、気を引き締めろ。


 俺たち三人は、息を潜めて森の坂道を下った。すると段々と、ギャアギャアというゴブリンの鳴き声が聞こえ始める。


 俺たちは木陰に身をひそめながら、群れの様子を確かめた。


 村のように柵やヤグラに囲まれた、粗末で小さな家が並んでいた。数はざっと数十匹。中々の数だ。下手をすれば、上位種のゴブリンが生まれかねない環境。


 だが、ぱっと見上位種はいない。ならば烏合の衆だ。単なる新任従騎士にはキツイが、俺たちは平気だ。


「ジーニャ」


 俺は小さく声をかける。


「ジーニャは強いが持久力に難がある。だから疲れる寸前でキュアリーに合図を出せ」


「う、うん」


「キュアリー」


「はい、ナイト様」


「キュアリーは自由に戦っていい。その分の経験値はあるはずだ。ただし、ジーニャは今言った通り持久力を回復してやってくれ。怪我はこの程度の相手にはあり得ない」


「承りました」


「よし。じゃあ最後に二人とも。今から大声を出すから、驚かずに合わせて大声を上げろ」


「えっ、う、うん」「はい」


「じゃ―――」


 俺は息を吸う。


「突撃だァッ! 奴らを皆殺しにするぞッ!」


 俺の大声に、二人が肩を跳ねさせつつも声を合わせた。同時、揃って駆け出す。


 俺たちの上げる怒号に、ゴブリンたちが色めきだった。近くにいるゴブリンたちは俺たちにすぐ気づくが、俺たちを視認できないゴブリンは混乱し始める。


 誰よりも先にゴブリンを斬ったのは、ジーニャだった。


 敵を殺していい状況下のジーニャは、味方ながら恐ろしい実力者だ。群れの中に誰よりも速く飛び込んだかと思えば、一瞬で姿が見えなくなり、代わりに血しぶきが舞う。


「これは……っ! ふふ、負けていられませんね」


 続くのはキュアリーだ。細腕にどんな力を蓄えているのか、女子が持つには大きすぎるメイスを振るい、ゴブリンを一撃の下に叩き潰す。


 降りかかる返り血を一身に浴びて、柔和に微笑むキュアリーの姿は意味合いを変えた。


「ふふふっ、返り血を浴びるのも久しぶりです。体感何年振りでしょう?」


 ジーニャが剣聖ならば、キュアリーは狂戦士だ。剛腕の下にメイスを振るい、ゴブリンの反撃にあっても気にせず殴り潰す。


 そうして自分の血と敵の血の境界が曖昧になったところで、呟くのだ。


「セルフヒール」


 その一言で、キュアリーは全快する。血まみれの中で、聖女のようにキュアリーは微笑む。


「楽しいですね。こんな風に汗をかけるのも今だけですから、楽しみましょう」


「キュアリーちゃんこわいよぉおおお!」


 言いながらもキルスコア独走中のジーニャである。キュアリーは絵面が怖いが、本当に怖いのはジーニャだ。あの激闘で返り血浴びてないんだもん。何それ。


 俺は二人の様子に苦笑しつつ、「俺も仕事するか」と武器を構える。


「ナップ」


 一秒の予知夢から覚め、俺は叫んだ。


「班長! ヤグラに弓兵ゴブリンが一体ずついるから狙撃してくれ! あとキュアリーから離れた密集地帯に地雷魔法! ジーニャはどうせ避けるから気にしなくていい!」


「ひどいっ!」


 タンタンッと短い発砲音と共に、ヤグラから脱力したゴブリンが落ちた。直後、密集地帯に爆発が起こる。俺は襲ってくるゴブリンを予知一閃で捌きつつ、さらに指示を出す。


「キュアリー! そろそろジーニャの体力が切れるから回復してやってくれ! ジーニャは少しペースを落とせ! 糸が切れたみたいに倒れるぞ!」


「ヒール!」


「んっ、ありがとう!」


 安定している。陣形が組みやすい、バランスのいいチームだったというのも大きいだろう。


 そんな風にジーニャとキュアリーの大暴れを俺が支え、時折イレギュラーをミニン班長が排除する、という戦略は功を奏す。


 結果俺たちは、戦闘開始から数十分ほどで、ゴブリンたちの掃討を終えていた。

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