第26話 初任務
翌日の任務前、俺、ジーニャ、キュアリーの三人で一つの取り決めを行った。
すなわち―――『新しい班長と仲良くなろう』ということ。
恐らくだが、新しい班長はかなり孤独な人だ。あの態度に加え、きっと個人的な事情もある。予知夢は、それを示唆していた。
だがそんな事情を孤独は考慮してくれない。孤独は淡々と人を蝕む。蝕んで蝕んで、最後にはその身を魔女にまで堕落させる。
魔人がいなくとも、人間は孤独で壊れるのだ。
だから、仲良くなる。仲良くなれば、班長は孤独ではなくなる。魔女になるという最後の一線を越えることも、きっとなくなるだろう。
要約すると、このままでは、近い将来班長は魔女に堕ちる。その未来を変えよう、という主旨の取り決めだった。
「よーっし。じゃあ班長のこと予知夢でのぞき見しちゃうぞ~」
床に入る前、俺は「いぇーい」という適当なノリで騒いだ。
予知夢の魔法のことは二人にも説明してあった。能動的に『見たいこと』を見られる一方で、勝手に『重要な未来』の情報を夢にもたらしてくれる、便利な魔法。
この二つの効果は重複することがないため、基本的には自動でもたらされる『重要な未来の夢』を邪魔しないために能動発動をさせないのだが、今回は別だ。
俺はその夜、第二魔法「プロフェティックドリーム」と唱えてから、床に就いた。
見た夢は狙い通り、新しい班長のものだ。
班長は、騎士団で一人浮いていた。銃剣を抱え、一人立ち尽くしている。孤独。誰も班長に寄り添うものはいない。
目が覚める。今日はこれだけか。しかし情報としては有力だ。
俺はジーニャ、キュアリーの二人と共に、班長に指定された場所に移動する。今までは騎士団の本拠地だったのだが、今日に限っては何故か街の外だ。
「班行動って班長に活動内容が一任されるんだったか」
「えーっと、確か班長の方にいくつか任務が振られてて、班長がその中で任務を選んで行動開始、みたいな感じだったと思うけど」
俺の問いに、首を傾げながらジーニャが答えた。そこで「あ」とキュアリーが声を漏らす。
「そういえば、班長様の御名前がお聞きできていませんね。今日お会いしたら、是非お聞きしませんと……」
「確かに」
班長としか呼んでなかったわ。これじゃあ仲良くなれるもんもなれなかろう。
俺たちはそんな話をしながら、城壁を通過した。門兵は俺たちが騎士団だと分かると僅かに頷いて顔パスだ。
「城壁を出てすぐの看板の近く……ここか」
「時間もいい頃ですし、そろそろ班長様も来る頃かと存じますが……あら?」
キュアリーは班長の影を見付けたのか、そんな風に声を上げた。全員でそちらを見ると、班長が馬を四匹連れて現れる。その上には、大きな荷物が人数分積まれている。
「時間通りの集合ね。では、出発しましょう」
「……えーっと、班長。まず聞きたいんですが、どこに向かうんですか?」
俺が尋ねると、班長は答えた。
「山を二つ越えた先に、魔獣の群れが発生したそうよ。その魔獣の群れを退治するの」
「結構遠いですね」
「そう? とはいえ、任務達成後帰還期日は明日だから、頑張ってね」
「えっ」
言うが早いか、班長は軽やかに馬にまたがった。灰色の長髪が翻る。
「では、早速出発するわ。早く準備して。時間はほとんどないから」
「―――マジか」
え? 地雷令嬢ってどういう意味かと思ってたら、そういうこと? 班長として地雷ってこと?
班長を除く俺たちは、顔を見合わせる。これは、一筋縄ではいかなさそうだ。
馬での早駆けは、思った以上に体力を使う。
俺は前回の記憶もあって多少は慣れているが、才能だけで体の鍛え具合がまだまだのジーニャなどは、数時間走った程度で真っ青な顔をしていた。
「じょ、班長、一旦休憩を挟みましょう。ジーニャが倒れます。昼食も取っていないですし」
「ジーニャ? ……ああ、スレイン従騎士ね」
俺が言うと、班長は僅かに走り続けながら考え、頷いた。
「分かったわ。今日は初日だし、一度休憩としましょう」
「ありがとうございます」
ゆっくりとペースを落として、馬を止める。森の中の道だ。俺たちは下乗してから、地面にへたり込む。
き、キツイ……! 班分け配属後のされた直後の任務でこの負荷か、と思う。もちろん前回の悪夢の未来ではこのくらい余裕だが、生憎と今の俺の身体はまだ出来上がっていない。
感想はジーニャ、キュアリーも同じなようで、ジーニャは特にぶっ倒れて過呼吸を起こしている。ジーニャ、体力ないからなぁ。重めの負荷だとすぐにダウンしてしまうのだ。
キュアリーも荒く息をしているが、「セルフヒール」と呟き呼吸を落ち着けた。それから、死にそうなジーニャの下によって、「ヒール」と治癒魔法を掛けている。
一方、と俺は班長を見る。俺たちと同い年くらいだろうに、ケロッとした顔で切り株に腰かけて、携帯食料をかじっている。あれクソマズくないか? すっげ。
「じょ、班長は元気ですね……。何か秘訣でもあるんですか?」
唯一会話できそうな俺が、班長に近づいて声をかける。班長はチラ、と俺を見て視線を携帯食料に戻した。
「いいえ、いつもこんな任務だから、慣れてしまっただけよ」
淡々とした受け答えだ。だが、会話は成立している。俺はさらに会話を続けた。
「っていうか、班長の名前って何ですか? 俺たちの名前は知られているみたいですけど、班長からは名乗ってもらっていないので」
「……それは失念していたわ。では、改めて」
班長は俺たちに向き直る。
「アタシの名前はミニン・シャイニング。シャイニング侯爵家の三女よ」
「侯爵家! はー、ものすごいお嬢様じゃないですか」
侯爵家といえば、王族、その親族の公爵家、と来て次に来る序列だ。昔から王族に仕えていたとか、魔王を倒した勇者の血統だとか、そういう歴史がないとなれない爵位になる。
しかし、ここで一つ疑問が。
「……でも、そんな大貴族のご令嬢が、何で騎士団なんかで下級騎士を?」
「……」
ミニン班長は黙々と携帯食料を食べ終え、立ち上がる。
「休憩は終わりよ。出発するわ」
「えっ」
「むりぃ~……死んじゃうぅ~……」
ジーニャの鳴き声も聞かず、ミニン班長は馬にまたがる。
「であれば、後から来てちょうだい。道はここをまっすぐだから。先にいくらか片づけておくわ」
言って、ミニン班長は馬で走り去って行ってしまった。俺たちはそれを見送って、キョトンとする。
「……地雷令嬢ってのは、こういうことか……」
班長として地雷な、ご令嬢。悪い人ではないのだろうが、これは、と俺たちは渋い顔を見合わせた。
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