班長陥落・本編
第25話 地雷令嬢
模擬戦以来、騎士団での日々は実に快適になった。
「いやぁウザイ連中から絡まれないって最高~」
肩で風切って歩いても、誰からも何も言われない。何なら俺が見た相手は、俯いて歩くほどだ。ガキ大将になった気分。
というのも、以前は「後ろ盾のない、都合のいいサンドバッグ」という目で見られていたらしいのだが、今では「目を合わせると叩きのめしてくる化け物」という扱いらしい。
それだけ、俺とジーニャの模擬戦は鮮烈だったのだろう。その意味で、俺は「化け物コンビの容赦ない方」で、ジーニャは「化け物コンビの意味わかんない方」ということだ。
俺の容赦のなさは自覚があるからいいが、ジーニャの「意味わかんない方」扱いはちょっと面白くて笑ってしまった。
ジーニャは「もうナイトくんとキュアリーちゃんがいればいいもん……」と拗ねていた。
だからないがしろにはされないし、同じ訓練生同士だと何故か敬語を使われる始末だ。今までイジメてきた奴なんかは、事あるごとに飲み物を差し入れてくれるので助かっている。
俺が命じたわけではないのでカツアゲではない。カツアゲではないのだ。
そんな訳で俺がのっしのっし歩いていると、不意に上官のお歴々が移動しているところに遭遇した。中隊長以上かな?
俺は瞬時に姿勢を正し、敬礼の体勢を取る。
「ごきげんよう、上官殿」
「ん? おや、君は最近話題になっている、メアンドレア訓練生だね?」
その言葉を聞いて、多くの上官たちが渋い顔でそそくさと歩き去って行ってしまう。貴族という身分がある人間なのだから、もっと堂々としていればいいのに。
一方で、俺に声をかけてきた上官は、ニコニコと俺に近寄ってくる。
「ワタシのことはご存じかな?」
「はい、ケイオス副団長殿」
「うんうん、上官のことを覚えてくれているとは、殊勝な心掛けだ。これからも励みたまえよ」
ニコニコと笑みを深くするのは、ケイオス副団長だった。確率魔法の使い手。どんな死地からも無傷で生還する人。
真っ黒な髪をボブカットにまとめた、妙齢の女性だ。瞳の色は光が差さないほど深い黒。騎士服を緩く着崩し、常にニコニコ笑っていて、飄々とした雰囲気を感じさせる人。
俺よりいくらか上の年なのだろうが、そういった雰囲気を感じさせない。というか、年齢がとても曖昧な人だった。
前回でも俺のことを気に掛けてくれていた、恩師でもある。思えば前回の最後の記憶と比べても、外見的には何ら変化がない。
「こちらも覚えていただけて嬉しいです」
「そりゃ~君、大暴れだったそうじゃない! ワタシ、聞いた時爆笑しちゃったよ。2対15で圧勝だって。相手には貴族も居たのに、全員黙らせたんだろう?」
う。
「君、上の方では結構話題だよ? 『身分差を気にせず噛みついてくる狂犬』って。貴族上がりだと腕っぷしのない人もいるから、特にそっちに怖がられてるね」
ああ。さっきの上官たちが、そそくさと居なくなったのは、そういう……。
「それは、その、恐縮です」
「くふふ、誤魔化し方にも堂が入っているね。外見よりも大人びている。まるで―――」
ケイオス副団長は、くふ、と笑う。
「人生を、二度送っているみたいだ」
「……少し器用なだけですよ」
「くふふ、ではね。君には期待しているよ。特に、今日から班分けだろう? 任務の始まりだ。是非とも成果を上げて、こっちまで上がっておいで」
手をひらひらと振って、ケイオス副団長は去って行った。俺はその後ろ姿を見送ってから、息を吐きだす。
「ホント、鋭い人だよな」
俺は肩を竦めて、集合場所へと移動した。
ケイオス副団長の言う通り、今日は班分けの日だった。
訓練生は、今日をもって正式配属と言うことになる。俺たちのような平民は、経験の近い貴族の班長騎士に指名されて、その班に所属する、という流れだ。
ここで俺の気に入ってる点としては、この指名制は絶対ではなく、マッチング制である、ということ。
つまりは平民の俺たちも、『この班長はやべぇ』と判断したら、それを拒否することが出来るのだ。
が、そう上手く物事は運ばないらしい。
「……ぜんっぜん指名されないな」
「やっぱり、アレだけ暴れたから……」
俺とジーニャは並んで椅子に座りながら、虚無の顔をしていた。
班分けの場所は板張りの大きな建物の中だった。そこで訓練生は椅子に座って、吟味するように周囲を歩き回る班長から指名されるのを待つ。
……という手順のはずなのだが、俺たちの周囲には班長が全く寄り付かなかった。
「ふむ、君は優秀だね、キュアリー・パラノイ。魔法印は……第五の魔法まで解放!? 素晴らしいな……他実技成績もかなりいい。ぜひウチの班に来ないか」
「ナイト様とジーニャ様も一緒で良ければ、是非」
「あっ、……すまないが、今回は縁がなかったようだね」
「残念です」
柔和な笑みを浮かべながら、俺とジーニャを自分に抱き合わせるキュアリーだ。
キュアリー個人にはかなり声が掛かっているが、俺たちと一緒、という条件を示すたびに逃げられている。
「……キュアリー、その、別に俺たちに気を遣わなくていいんだぞ?」
俺が言うと「はい? ああ」とキュアリーは花開くように笑う。
「気を遣っているわけではございませんので、お気になさらず。わたくしはただ、ナイト様が一緒でないのが耐えられないだけでございますから」
「耐えられない」
柔和な表情の割にいつも言葉が強い。
「それに、ジーニャ様とも一緒になりたいですしね」
「キュアリーちゃあん……!」
言ってじゃれ合う二人だ。この一ヶ月で本当に息があった。あとジーニャはどこに行っても妹ポジになるなぁなどと俺は思う。
そんな風にほけーっと待っていると、周囲でどんどん班が完成していく。んー、これは何と言うか、アレだな?
「俺たち、余ってるな」
「悪目立ちしすぎたよぉぉお……!」
ジーニャは頭を抱えてうずくまる。あーあ自虐スイッチ入っちゃったよこれ。
「私はもうダメだ……。このまま誰一人私を選んでくれる班長なんていなくて、人格不適格って判断されて騎士団を追いだされちゃうんだ……。明日には路頭に迷うんだ……ァッ」
「あ、気絶した」
「絶望が深すぎたのですね……。崩れ落ちないようにお支えします」
くたっとするジーニャを椅子の背もたれにうまく乗せる。ジーニャは本当に、強さと引き換えに普通に生きていくための精神力の全てを捧げてしまったんだなぁ。
俺は椅子に座り直して、キュアリーとポツポツ話す。
「残ってる班長ってどんな感じだ?」
「一人も人員を確保していない班長は、ほぼ居ないようですね。わたくしたちはひと塊ですから、この時点でほぼ詰みに近いかと」
「んー、それはちょっと困っちゃった、な……?」
二人で話していると、班長席から立ち上がる一人の姿を捉えた。他の班長たちが班選びを終えて座り出す中、一人だけこちらに向かってくる。
「あれ、あの人今まで一人も声かけてなかったのか?」
「まっすぐこちらに向かってきますね」
ツカツカと迷いなく寄ってくる様には、凛とした美しさがあった。
くすんだ灰色の、まっすぐな長髪。すぎるほどに堅い騎士服の着こなし。冷徹な面持ちは、見る者に親近感を与えない。
騎士服の着こなし方で武器が分かるものだが、この人は全く改造していないのだろう。どんな武器を使うのか、戦い方はどうなのかなど、全く想像がつかなかった。
分かるのは、大人びた表情をしているものの、顔立ちに幼さがにじんでいることだけ。年上面をしているが、恐らく同い年だろう。……いや精神年齢は俺のが遥かに上だが。
にしても、何か既視感がある。前回の騎士団で見かけた、という以上の既視感が。
彼女は、俺たちの目の前で立ち止まった。それから冷たい目で俺たち三人を見て、告げる。
「最後に残ったのはあなたたちね」
「はい。班長騎士殿」
「承知したわ。名前は、メアンドレア、スレイン、パラノイ」
普通なら参考にするはずの成績を全く見ずに、名前だけ確認してサラサラと班名簿に加えていく。俺は「あの」と声をかけようとすると、彼女は言う。
「最後に残った訓練生と班長騎士には拒否権はないわ。残念だけれど、あなたたちは『地雷令嬢』の部下となったの」
「……地雷令嬢?」
「では、明日からよろしく。不服ならばもっと上の上官に言うか、騎士団をやめることね」
言うだけ言って、その班長は紙面から顔を上げた。俺はその顔に、やっとその正体を思い出す。
「そうか。あの班長が、魔女に……!」
一か月前に村を出る日、俺が見た予知夢。魔人の誘惑に乗り、魔女と化す少女の姿。だが、予知夢での真っ黒で華美な服装は、今の騎士服とは似ても似つかない。
去っていく班長の後ろ姿を俺は見つめる。気付くと、周囲の訓練生たちが、俺たちを見てほくそ笑んでいる。
「化け物女ご一行は、案の定『地雷令嬢』が回収したみたいだな」「いい気味よ。地雷令嬢の地雷を踏んで爆死すればいいんだわ」
負け惜しみを言うように、どいつもこいつもクスクスと笑っている。なので俺がにこやかにそちらを向くと、全員笑うのをやめて目を逸らした。あいつら一人残らずしょっぱいな。
ひとまず、俺たちは班に無事組み込まれた、という事で、俺はジーニャを起こす。
「あ……ここは……? 私は路頭に」
「迷ってない。でだ、ジーニャ、キュアリー。この後、少し話がある」
俺が真剣な面持ちで言う。すでに魔女と化した相手なら殺すしかないが、まだ人間であるのなら、どうにか押しとどめられるかもしれない。
魔女は恐ろしい存在だ。魔人よりも人間社会に理解があり、自然に人々の中に紛れ込んで、突如として何人もの犠牲者を出す。
そして、そこまで身を堕としてしまう理由は、たった一つ。
「助けたい人ができた。協力してくれ」
人間社会への絶望。すべてから拒絶された人が、魔人の誘惑に身をゆだね、魔女へと堕落する。魔女はそうして牙を研ぎ、復讐を始めるのだ。
だから、救わねばならない。助けなければならない。魔女に絶望を植え付けるのは、人間なのだから。
そんな俺の深刻な声音に、ジーニャは何度かまばたきをした。
「え、あ、うん。分かった……」
他方、キュアリーは表情を崩さない。いつものような柔和な頬笑みを浮かべ、こう告げる。
「はい、承りました。ひとまず、十分量の避妊具は用意しておきますね?」
「こんな伝わらないことある?」
俺は渋い顔で首を横に振る。
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