第24話 模擬戦闘

 俺は模擬戦前に、ジーニャに強く強く言い聞かせていた。


「いいか? 殺すなよ? 絶対殺すなよ? ジーニャお前、自分で思ってる十倍は余裕で強いんだからな? 周りはみんな赤ちゃんだからな? 優しく手を捻るに留めろよ?」


「え、いや、あの、ナイトくん? この剣、刃が潰れてるから……。それに回りのみんな、か、顔真っ赤で怖いよぉ……」


 俺が絶えず煽るものだから、誰も彼もがブチギレ状態だ。俺は内心の爆笑を隠しつつ、ジーニャを励ます。


「とはいえ、ジーニャが強いのは本当だ。魔法なんて要らないくらいにはな。だから自信もって」


「う、うん……」


「……あと、刃が潰れててもジーニャにはあんま関係ないからな? 刃が潰れてるからやりすぎても死なないよね、えいっ! とか本当にダメだぞ?」


「あ、ダメなんだ」


「……ダメだぞ」


 俺は念押ししておいてよかった、と思う。割と真剣に人死にが出る寸前だったなこれ。危なかった。


 ということで、俺たちは補助の教官に頭と胴体保護の魔法を掛けられ、他訓練生たちと対峙する形で訓練場の中心に立っていた。


 ジーニャは剣のみを持って、俺は剣と拳銃を手にして。余談だがキュアリーは今回参加しない。これは俺たち平民の戦いだからだ。


 ……まぁジーニャだけで十分なところ、俺が入ることで過剰戦力になるからな。こんなもんでいいんだ。


「へへ、模擬戦で銃使っていいってのは怖いと思ってたけどよ、この人数差じゃ気にもなんねぇな」「手足は撃ち抜いていいんだろ? 痛みでのたうち回らせてやるよ」


 ニヤニヤと下卑た笑みでこちらを見てくる、相手方の訓練生たち。


 俺は連中を観察する。2人対15人の、傍から見れば一方的な戦闘。過半数はこの人数差をみて舐め腐っている連中だ。ただし、一部は聡いのか警戒を続けている。


 教官が、口を開いた。


「では、これより模擬戦闘訓練を執り行う! 東方、メアンドレア訓練生、スレイン訓練生! 西方、希望訓練生諸君!」


 俺たちは構えを取る。さぁ、やるぞ。軽くひねってやろう。


「ジーニャ、ところで質問なんだけどさ」


「な、何? ナイトくん」


「銃弾って、斬れるか? ちょっと試してみてくんね?」


「えっ? あ―――」


 ジーニャが、俺の問いで瞠目する。あるいは、気付きを得る。開眼する。よし、これで万一も負けもなくなったな。


「双方、いざ尋常に―――訓練開始ッ!」


 教官の声が上がると同時、相手の訓練生全員が、俺たちに一斉射撃を行った。


 俺のナップでも回避するのには苦労する、15発の一斉射撃。俺はこれを予測しながらも、最初から無策だった。


 何せ、


 奇跡の勇者、ジーニャ・スレインにとって、銃弾も魔法も、切り捨てるだけのものだからだ。




 ジーニャが、前に飛び出す。




 その表情は、すでに。翻る剣閃はとうに剣を振るった証拠。ジーニャは剣を止め、次の一撃の準備に入る。


 連続する、玉弾きの音。


「え――――ひっ」


 訓練生の内、注意深い奴が気付いて、息をのんだ。ジーニャの足元に転がる無数の弾丸。その数、ざっと


 訓練生が、一斉射撃で二発撃ったのではない。彼らにそんな技術はない。


 切れないはずの剣で、ジーニャは弾丸の全てを両断しただけだ。


「殺さないように、優しく」


 ジーニャが呟く。俺もニンマリ笑って前に出る。


「ああ、そうだ。優しく、優しくだぜ。じゃなきゃ、このか弱い生き物は死んじまう」


「何言って―――」


 俺は、ハハと笑って言った。


「お前らは、手を捻られる赤子だって言ってんだよ」


 予知の銃撃。連続する俺の6発の弾丸が、6人の手足を撃ち抜いた。


「ぎっ、ぎゃぁああああああ!」「い、いでぇっ、いでぇよぉっ!」「いぃぃいいい!」


 人間は脆い。四肢を弾丸で撃ち抜かれるだけで、神経を破られ無力化する。痛みがそれに拍車をかける。


「まずは6人」


 俺が言うと、残る9人が蒼白になる。


「優しく、優しく」


 いつの間にか彼らに肉薄していたジーニャは、剣閃を放つ。


「うう、む、難しいね。刃が潰れてるって、嘘だよ……。こんなに、切れ味いいのに」


 ジーニャに狙われた訓練生の剣が、根元からぽっきりと落ちた。続いて、銃が手元で両断される。ズレ落ちて地面にぶつかり、硬質な音を響かせる。


「は?」


「ごめんなさいっ。武器がなくなった人は、降参でお願いします!」


 言いながら、ジーニャはさらに次々と剣を振るう。誰もが目を剥いて飛び退こうとするが、ジーニャの方がずっと速い。


 4人。ジーニャの剣閃を受け、武器を破損された訓練生たち。彼らは手元を見て、俺の銃撃を受けた6人を見て、ジーニャを見て、にっこりと笑う俺を見た。


「……降参します」


「残り5にーん」


 俺とジーニャが一歩踏み出す。残るは、圧倒的な人数差にも関わらず、俺たちへの警戒を解かなかった5人だ。驚いたことに、ここまでの流れを見ても俺たちに剣と銃を向けている。


「平民如きが、調子に乗るなよっ!」「貴族の血の意味も知らない愚か者が! 痛めつけてやる!」


「いいね。そういう風に悪い奴が言いそうなこと言っててくれよ。こっちもやりやすい」


 5人は、俺たちに対して少しでも優位を取るために、戦略を練ったようだった。前に3人が出て、銃撃を放つ。一方残る2人は何をしているのかと言うと、魔法を練っていた。


「ガイディングウィンド!」「クリエイトシールド!」


 風魔法使いと鉄魔法使いらしい2人は、それぞれ弾丸の軌道が変わって当てやすいように、俺たちからの攻撃に少しでも耐えられるように、それぞれ魔法を使った。


「へぇ、考えるじゃん」


「うーん、少し斬りにくくなったかも」


 それでも銃撃を剣で切り伏せるジーニャには脱帽と言うほかないが、しかしジーニャは天性の才能だけで戦う少女。戦略が必要な場面は、俺のが得意だ。


「そうだな……。よし、俺が突破口を開く。だから、少し守ってくれ」


「う、うんっ。ナイトくんは、私が守るよっ」


「ああ、頼りにしてる」


 俺は銃を、腰だめではなくしっかり照準を合わせにいく。深呼吸。ジーニャが俺に向かう弾丸を切り捨てるのを意識の外において、集中する。


 狙うは一点。俺でも少し難しい、小さな狙いだ。だからこそ意表を突ける。息を止め、三秒。


 俺は引き金を引く。


 直後起こったのは、銃撃担当の三人の内、一人の銃の暴発だった。「ギャッ!」と短い悲鳴と共に、小さな爆発音が奴らの陣形の中心に響いた。


「っ! ナイトくん、今」


「ああ、


 銃口に弾丸が入ると、衝撃が銃の中に発生する。銃と言うのは衝撃でもって発射される武器だ。こちらから衝撃を与えてやれば、行き場をなくした火薬の火が暴発を起こす。


「ジーニャ! 今だ詰めるぞ!」


「うんっ!」


 俺たちは駆け抜ける。奴らは俺たちに反撃なんてできない。爆発の所為で全員が前後不覚になって、混乱状態に陥っている。


 接近。肉薄。俺は近づいてまずデカい魔法の盾をひっぺがし、混乱する2人の手足に弾丸を放った。悲鳴が上がり、2人の無力化が終わる。


 残る3人は、ジーニャが無事片づけた。剣も銃も両断されて、首筋に刃を突き付けられれば、誰だって降参する。


「そこまでっ! 勝者、メアンドレア訓練生、スレイン訓練生ペア!」


 観衆たちに大きすぎるどよめきが広がる。俺たちは無傷なのに対して、相手は武器を失っているか銃で手足を撃ち抜かれて悶絶しているかだ。


 俺はジーニャの手を取って「俺たちが勝者だぁ! フハハハハハ!」と騒いだ。それに、俺たちを敵視する訓練生の全てが苦汁をなめたような顔をした。


「キャー! ナイト様~! 素敵です~!」


 観衆の隅っこで、キュアリーがマイペースに盛り上がっていた。

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