第23話 実力主義

 翌日、早朝の軽いアップを済ませた訓練生は、全員そろって騎士団の広場に集められていた。


「総員、敬礼!」


 教官が整列した訓練生を前に叫ぶ。この一ヶ月で叩き込まれた所作に従って、俺たちは敬礼する。


「待機! 傾聴! ―――諸君、この一か月間、基礎訓練ご苦労であった! 本日より、模擬戦闘訓練を開始する!」


 その宣言に、血の気の多い訓練生の多くが『おぉ……』と小さな歓声を上げた。教官は口端を緩めつつ、「静粛に!」と空気を引き締める。


「模擬戦闘は、騎士団において重要な意義ある訓練である! だが、同時に銃の扱いについても慎重にならねばならない! 故にまず、諸君に支給された武器の運用方法について、再度おさらいをする!」


 教官の指示に従って用意されたのは、魔獣と人形だ。黒い獅子のような魔獣。魔獣は檻に入れられ、餌も与えられていないのか、よだれを垂らして唸っている。


「ではまず銃とは何か、簡単に誰かに説明してもらおう。では―――メアンドレア訓練生!」


「はい!」


 俺は指名され、大声で返事をする。


「銃とは、どういう武器だ! 簡潔に答えよ!」


「はい! 銃とは、対人戦闘におけるもっとも優れた『無力化武器』であり、同時に対魔獣戦闘における、最も優れた『防具』であります!」


「その通り! 先日の座学でも教えた通り、銃とは状況によってその有様を変える! 対人戦闘においては」


 教官が人形に銃口を向ける。銃声。人形の足に穴が開く。


「剣よりも長く、速い武器が銃だ! 人間とは脆い。銃の威力で撃ち抜けば、体内神経が引きちぎられ、早々に動けなくなる。胴体や頭を打てば易々と死ぬだろう!」


 一方で、と教官は魔獣に向き直った。補助を務めるもう一人の教官が、魔獣の檻を開け放つ。


 すると、魔獣は一直線に教官へと走り出した。大口を開け、教官を食い殺そうとする。


 だが、教官は慌てなかった。銃撃を的確に魔獣に叩き込み迎撃する。魔獣はガクンと体勢を崩し、地面に倒れ込む。


「魔獣にとっては、このように盾の役割を果たしてくれる。突進するような勢いも、先手を打てば無力化できるという訳だ。だが、そこで一つ疑問がある。何故、対魔獣戦闘では銃は『盾』として扱われるか?」


 その理由がこれだ、と教官は魔獣を指で示す。


 魔獣の傷―――銃創が、見る見るうちに自然治癒しているのが見て取れる。それを見て、幾人かの訓練生が『うわ……』と声を漏らす。


「このように、魔獣は治癒力が非常に高い。無論脳を撃ち抜けば魔獣とて死ぬが、毎回そのような精密射撃は困難だ。故に―――諸君! 支給された剣を掲げよ!」


 俺たちは言われて、剣を抜き放つ。正面に掲げると、刃の根っこに文字が刻み込まれている。


「諸君らの剣に刻み込まれているのは、『ルーン文字』だ! ルーン文字とは、手でなぞることで魔法効果を発揮できる魔法文字である。特に騎士団の剣には【両断】のルーンが刻まれている」


 教官は、回復し、立ち上がりかけている魔獣に対し、剣を構えた。そして、さっと手でルーン文字を撫でる。


【両断】


 教官の身体が、まるで達人に乗っ取られたかのように見事な一撃を放った。人の力では切ることも難しいような魔獣の太い首が、一太刀で落とされる。


「このように、対魔獣戦闘では、銃による魔獣の無力化、剣とルーン魔法による確実な討伐。その二工程で魔獣を相手取ることを推奨している!」


 銃。この数十年で存在感を増した、新しい武器。


 過去、魔獣を狩るには知恵を絞るしか、凡人に対抗する術はなかったという。魔獣と対等にやり合えるのは、英雄と呼ばれる者たちだけだ。


 だが、銃の登場によって、魔獣討伐の在り方は変わった。魔法に優れた傑物たち以外にも、魔獣が狩れるようになった。


 それはひとえに、魔獣の猛攻を防ぐ、銃と言う『盾』の存在のため。


 教官は言う。


「そのため、我が騎士団では模擬戦闘で使!」


 ―――知っていても、この宣言は誰しもが肝を冷やす。


「頭と胴体に弾避けの魔法を掛け、諸君らには模擬戦闘を行ってもらう! 使用武器は剣のレプリカと威力の弱い銃、そして許可された魔法の範囲で自由だ!」


 それを聞いて、訓練生たちはざわついた。座学でもさんざん言われていたことだったが、銃で撃たれる、という恐怖はやはりある。まぁ慣れればそんなだが。熱いねって感じ。


「無論、怪我をした訓練生には、即時の治癒魔法の準備がされている! 頭と胴体が無事であれば、死ぬことはない。安心して模擬戦闘に精を出すように! ―――では、各自魔法を宣言せよ!」


 教官に促され、訓練生たちは順番に自分の魔法印の魔法を宣言し始める。炎だの水だの、という宣言が起こる度に「いいなぁ」とか「羨ましい」とか聞こえてくる。


「次! ナイト・メアンドレア!」


「はい! 夢魔法です!」


 俺が言うと「夢魔法……?」「ああ、聞いたことあるぜ。居眠り魔法だ」「呑気な平民にはぴったりだな」と言われる。ああ、なるほど。確かにこれは舐められている。


 だが、俺はマシだった。


「次! ジーニャ・スレイン!」


「は、はい! ま、魔法、なし、です……」


 それを聞いて、教官はピク、と手を止めた。途端、周囲から爆笑が上がる。


「ぷっ! ハハハハハハ! 魔法! 魔法なし!」「今時そんな奴いんのかよ!」「おいおい、いっつもおどおどしてて、神から嫌われたか?」「魔法印がないって噂、本当だったのね」


 ジーニャは顔を真っ赤にして、涙目でプルプルと震えていた。俺はそれに、青筋が立つほどの怒りを覚える。こいつらマジで……。


「せ、静粛に! 静粛に!」


 教官もこんな事は初めてだったのか、取り乱してしまっている。……もういい。俺は長い長いため息を吐いて、言ってやった。


「おいおい、雑魚どもが何か言ってら。ジーニャ、気にすることはないぜ。どうせこいつら、束になってもお前には敵わないんだ」


 俺の言葉に、場がシンと静かになった。俺は肩を竦めながら、嵐の前の静けさというのは、これのことを言うのかと思う。


 反論は、まるで暴風だった。


「何言ってんだバカが!」「このビクビク女に俺たちが負ける!?」「お前こそ雑魚だろうが調子乗ってんじゃねぇぞ!」「うわー、あの人も平民だっけ?」「そうそう。あの子と同郷」


 うるさすぎる怒号に、俺は耳を塞いで「うるせーぞ雑魚ども」とさらに煽る。誰も彼もがギャーギャーと騒ぎ立てていて、魔獣の森でももう少し静かだろ、と思う。


「黙れガキどもが!」


 騒ぎが収まったのは、教官の怒号が誰よりも大きかったからだ。


「言葉でやり合っても、騎士団においては何の意味もない! 騎士団は実力主義の組織だ! まずは実力を示してからモノを言え!」


 俺はニヤリと笑って「待ってました」と前に出た。ついでにジーニャの手を取ると「ひゃっ、わっ、えっ!?」とジーニャは慌てて俺についてくる。


「メアンドレア訓練生! 勝手な行動は」


「おっと、これはすみません、教官殿。実力を示せ、とおっしゃいましたので、模擬戦を始めよという指示かと勘違いしました」


「む……」


 あくまでも教官の顔は立てつつ、俺は続ける。


「ですが、この騒ぎを収めるのにはちょうどいいかと存じます。俺とジーニャ……スレイン訓練生は他訓練生に比べても隔絶した実力を有していますので、このまま、我々二人対全員、という形で模擬訓練を開始してもいいのかと」


 その言葉に、全員がざわつきだす。「アイツ正気か?」「あの自信はどこから来るんだ……」「上等だ。叩き潰す」と意見は様々だ。


「静粛に!」


 教官の一言で、場が鎮まる。


「……分かった。メアンドレア訓練生、並びにスレイン訓練生の報告は受けている。ただし、全員は多い。他訓練生の中から、希望者を募る形で、一度模擬戦闘を行う」


 その言葉に、他の訓練生たちが息をのんだ。


「は? 何で教官がこんなメチャクチャを認めるのよ?」「それで勝負になるって思ってるのか?」「いや、おかしいだろ。俺たちが何人いると思って……」


 ざわめきの空気感が変わってくる。ここで怖気づかれても、がしょぼいものになってしまう。だから俺は、「ハッ」と鼻で笑って挑発した。


「おいおい、この程度で怯むなら、今すぐ家に帰ってママのおっぱいでも吸ってろよ」


 訓練生たちの、堪忍袋の緒が切れる音が聞こえた。

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