第22話 イジメ対策会議

 話を聞くところによると、こういう話なのだそうだ。


「ジーニャ様は、イジメに遭っているのです」


「マジで!? トイレで水ぶっかけられたのか?」


「ゆ、勇気出して挨拶したら、無視されて……」


「あ、ささやか……」


 普通に声が小さくて聞こえなかったのでは、と思ったが、いいや、と俺は首を横に振る。


 こういうのは本人の感じ方次第だ。どういう風に寄り添って上げるべきか、と俺が考えといると、キュアリーが続けた。


「申し訳ございません、ナイト様。わたくしの方でジーニャ様をイジメからお守りしようと動いていたのですが、流石にジーニャ様から動かれると、わたくしも隠しきれず……」


「ん? え? ジーニャがコミュ障で勝手に精神ダメージ受けて死んだって話じゃなく?」


「それ自体はそうなのですが」


 それ自体はそうらしい。


 俺たちは宿舎のリビングに集まって、そんな話を交わしていた。夜。訓練を終え、夕食前という時間帯だ。


 キュアリーがサラ……と、長く伸びる金髪を耳にかける。柔和な顔立ちは優しい教会の見習いシスターといった風情で、普通に接していると前回の不死の聖女を忘れそうになる。


「ジーニャ様の耳に入れるとショック死しかねませんので、ナイト様、お耳をお貸しいただけると……」


「お、おう」


 言われるがままに耳を貸す。するとキュアリーは俺の耳を優しく噛んできた。


「噛むな!」


「あら、失礼しました。美味しそうなお耳でしたので、つい」


「ついじゃないが」


 気を取り直して、とキュアリーが耳打ちしてくる。こいつ普通にしてるとずっと純朴そうな雰囲気なのズルくない?


「ジーニャ様は、ナイト様同様に出自を理由としてイジメに遭っています。物を隠されたり、転ばされたり、無視されたり、といったことはかなり高頻度に起こっています」


「……マジで? ジーニャがそんな目に遭ったら精神崩壊しかねないぞ」


「はい。ですから可能な限り気付かれないように、物を隠されたら取り返して戻したり、転ばされても支えたり、と可能な限り隠蔽してきました」


 えっら。メチャクチャ偉い。というかそこまで頑張ってくれるほど仲良くなっていたとは知らなかった。


「それは助かる……。ちなみに無視は?」


「無視に関しては、そもそもジーニャ様から誰かに声をかけることは少ないので」


「ああ……。ともかく、ありがとな」


「わたくしはナイト様のシモベにございますので、このくらいは……」


 と言いつつも、期待をにじませた目で見てくるので、俺はちょっと気恥ずかしさを覚えながらも手を伸ばした。


 こういうとき、キュアリーは頭を撫でてもらいたがる。それを把握していたから、俺はその頭にそっと手を触れた。


 柔らかで艶やかな金髪。俺はその感触に心地よさを覚えながら、キュアリーの頭を撫でる。キュアリーは恍惚とした表情になって、時折体をビクンッと振動させる。


「あっ、あっ、あっ、ナイト様の御手が、わ、わたくしの頭を撫でて、あっ、ん、んんっ」


「反応ヤバすぎじゃね……?」


 この辺でやめておくことにする。キュアリーは「はふぅ……」としっとりした息を落とした。


 そこで俺は問う。


「っていうかさ。その感じだと、俺もイジメられてたみたいじゃんか」


「そうですよ?」


「そうなの!?」


 全然気づかなかったんだけど! えぇ!?


 俺が目を丸くしていると、キュアリーは言う。


「申し訳ございません。性別が違うので、わたくしもナイト様をお守りしきるのは困難でした……。しかしジーニャ様に比べて、ナイト様はずっと強いお心の持ち主でしたので」


「……イジられてる、くらいの認識の奴が、全然イジメだったわけだ」


「はい……」


 虚しい。俺は天を仰ぎ、目を細める。イジられキャラとして、みんなから愛されポジを獲得していたとばかり、ついぞ思っていたのに。


「……イジメの理由は、出自、だったか」


「はい。ただでさえ内部で身分差のある組織ですし、教会出身者のように数が多い訳でもありませんから、平民は平民であるというだけでイジメの対象となりえます」


「功績、みたいなのは意味がなかったか。ほら、建前は魔王軍の魔人を討伐したから入団した、みたいな話になってたはずだし」


「ああ、そうですね。これも言いにくいのですが、貴族の次男三男がよく用いる箔付けです。平民がそれをしている、というのも目をつけられた理由かもしれません」


「なるほどなぁ……」


 俺はため息を吐く。そうか。俺は同期の人気者になれたわけではなかったか……。


 そう思うと、途端ムカムカしてくる俺だ。


 今まで『感じ悪いな』と思いつつも見逃してきたのは、みんなが好意の下にちょっかいを出して来ていたと考えていたが為。興味ある相手へのイジリだと思っていたからだ。


 しかしそれが悪意だったならば、目に物を見せてやらねばならないだろう。


「ジーニャ」


 俺は机に突っ伏すジーニャの傍に寄って、横に椅子に座る。涙目の顔を上げて、ジーニャは俺を見る。


「な、ナイトくぅううん……」


「泣くことはないぞ。俺たちと同年代の訓練生なんて、俺たちが直接ぶつかれば物の数にもならない。俺たちは、周りと比べれば異常と言っていいほどに強いんだ」


「ナイトくん……?」


 ぐすっ、とジーニャは涙を拭って俺を見る。俺は努めて笑いかけた。


「幸い、明日の訓練から模擬戦が始まる。俺たちは魔法のことで笑われるだろう。けどな、それが最後だ。その日を最後に、俺たちは決してイジメられることのない存在になる」


「な、ナイトくん……? か、顔が、顔が怖いよ……?」


 俺のニコニコ笑顔に、ジーニャは引き気味だ。だが、俺はふふふと笑みが抑えきれない。


「なぁんだ、まったく。じゃああの感じの悪さも、我慢しなくていい奴だったんじゃんか。じゃあいいぜ。二人で明日は大暴れだ。ふふ、はは、あはははは」


「何するつもりなのぉ~? こわいよぉ~」


 泣き虫モードに入ったジーニャは、高笑いモードに入った俺を見ながらびえーと泣いていた。

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