第19話 不死の聖女

「ナップ」


 一秒の予知夢から目覚める。俺は腰から拳銃を抜き放って、キュアリーを名乗る女に掴みかかった。


 キュアリーは「光栄の至」まで口にしたところだった。だから反応できず、俺の手にしっかりと掴まり、背もたれに体を押し付けられた。


 俺はその口に、銃口をねじ込む。撃鉄を下ろし、いつでも殺せる状況を整える。


「今からお前に質問をする。『はい』なら小さく首を縦に振れ。『いいえ』なら横に振れ。無反応は敵対と見なす」


 キュアリーは瞠目したが、すぐに冷静さを取り戻し、小さく首を縦に振った。潤んだ瞳は恐怖ゆえか。いや、そんな臆病者には見えない。


 俺は問う。


「お前は魔人か魔女か。人類の裏切り者か」


 横に首が振られる。俺は少女の目を見る。嘘を吐いている目ではない。無数の魔人、魔女を拷問してきた経験が、この少女の無実を確信させた。


「……」


 俺は銃を抜き、暴発しないように撃鉄を押さえながら引き金を引く。そうすることで、弾丸を吐きださずに撃鉄が戻る。


 俺は少女の服を手放して、向かいに座り直した。


「なら、何者だ。俺のことを『悪夢の勇者』と呼ぶ存在は、もうこの世には居ないはずだ」


「はい、その通りでございます。年単位で巻き戻ったこの世界に、悪夢の勇者様のことを知る者は、本来居ないはずです」


「……」


 悪夢の未来が無かったことになった、という現状までも、キュアリーは理解している。俺は眉根をひそめながら詰問する。


「質問に答えろ。お前は、何だ」


 キュアリーは穏やかに微笑み、答えた。


「わたくしは、かつて―――なくなった未来にて、悪夢の勇者様に殺された魔女だった者にございます」


 その言葉に俺は色めき立つが、「しかし」とキュアリーは強くそれを制する。


「今は、そうではありません。その様になることも、もうございません。わたくしの心は、とうにあなた様に捧げております。―――ナイト様」


「……」


 俺は口を引き結んで、キュアリーを見つめる。


 敵意はない。欺いてやろうという狡猾さも見当たらない。むしろ、気味が悪いくらいに俺に対する敬意が見え隠れてしている。敬意というか―――崇拝に近い狂気が。


「なら」


 俺は睨む。


「何故、あの悪夢の未来の存在を知っている。それが分からないことには、お前は疑わしいままだ」


「わたくしの魔法によるものにございます」


 キュアリーは襟首を引っ張る。すると、胸にまで及んだ魔法印の一部が顔を覗かせた。俺は目を剥く。


 おいおいマジか。こいつ魔法メチャクチャ習得してる実力者じゃんかよ。


 この年で魔法印が胴体まで伸びるというのは、尋常ではない。腕いっぱいに魔法印を成長させるだけでも、普通二十年とかかかるのだ。


 俺は思う。こいつも天才か、と。


 キュアリーは続ける。


「わたくしの魔法は、治癒魔法。他者に癒しと回復を与える魔法です。その内の、五番目。第五の魔法が、自らの状態を正常なものに戻す、というものでした」


「正常なもの……? ―――まさか」


「はい。わたくしの魔法は、ナイト様の魔法による過去遡行の影響を取り払い、かつての記憶を取り戻したのです」


 そんなことが、と思う。俺も大概メチャクチャな魔法を使うようになるが、このキュアリーだってメチャクチャだ。


 しかし、魔法の話、この外見。俺は既視感の正体を思い出す。


「……分かった。俺も思い出したわ。お前―――『不死の聖女』だな? 魔王直轄の七人の魔女、『七賢人』の一人。肉片一つ残れば、そこから蘇るヤベー奴」


「ふふふっ、懐かしい話ですね。お久しぶりです、悪夢の勇者様」


 俺は胡乱な目つきでキュアリーを見る。『不死の聖女』キュアリー・パラノイ。魔王の側近を務める七人の最上級の魔女。その内の一人が、こいつだった。











 俺が『不死の聖女』を知ったのは、最初の魔王四天王を殺した時だった。


 当時の俺は、今よりもよほど感情的だった。魔王軍憎しという感情だけで、眠らずの行軍を続け、おびただしい悪魔の死体を量産した。


 魔王軍も俺を脅威と認めていて、どうすれば俺を効率的に弱らせられるかを考えた戦力で迎え撃ってきた。


 それが、不死の軍勢だった。


 歪な体をした、真っ白な人型の兵士たち。必ず体の一部が肥大化していて、鎧の一つも許されず、どれだけ傷ついても立ち上がり、切りかかってくる。


 初めは厄介な雑魚としか思っていなかった。泣くように唸りながら、よたよたと向かってくる様は、哀れとすら思った。


 その正体は、人間だった。


 反抗的な人間から脳の一部を切除し、代わりに破裂寸前まで生命力を注ぎ込んだ死兵。それが不死の軍勢の正体だった。だから彼らは死なないし、反抗の意思すら持てない。


 代わりに彼らは、辛いという言葉すら失った声で唸り、泣くのだ。


 俺は激怒した。


 手始めに、不死の軍勢を率いていた四天王を縊り殺した。だが不死の軍勢を生み出したのは四天王ではないと分かって興味を失った。


 俺は不死の軍勢について調べまわった。誰が生み出している。誰が計画した。誰が悪い。


 調査している最中にも、不死の軍勢は俺を狙って襲い来た。俺は泣きながら、彼らをなるべく苦しませず葬った。


 そしてある時、本当に殺すべきは、この不死の軍勢を生み出し続ける魔女『不死の聖女』だと知った。


 俺は不死の聖女を殺すために、様々な魔人都市で情報を探った。魔人のフリをするなんて吐き気がしたが、どうにか耐えた。十分な情報を得次第、その都市を滅ぼして移動した。


 そうやって移動と殲滅を繰り返して、俺はとうとう、不死の聖女の居場所を探り当てたのだ。


 それはかつて亡国の都市だった。俺は魔人に乗っ取られた汽車の移動網を活用して、そこに向かった。


 到着直後、俺は駅を崩壊させた。次に周辺の建物一体を。破壊の波を都市全体に伝播させながら、一人中央の管理塔に住まう『不死の聖女』に挑んだ。


 不死の聖女は、恐ろしい女だった。


 不死の軍勢を思わせる、真っ白すぎる肌。祭服は胴体部分を失い、乳を半分放り出したような形で、白地に金の装飾が入っていた。唯一黒いのは、目を覆う帽子から垂れる薄布のみ。


 俺が不死の聖女と相対した時、奴はこう言った。


『ごきげんよう、悪夢の勇者様。たった一人の魔法で、これほどの災厄……。あなたは恐ろしい人ですね。ですが、不死たるわたくしを殺せますでしょうか?』


 俺は憎悪の目を向けて、こう答えた。


『殺せる、殺せないの次元の話をするつもりはない。不死の聖女。お前が、自分の意志で死を望む」


 俺は夢魔法を使い、不死の聖女は治癒の魔術を使った。そこから始まったのは、地獄のような戦闘だった。

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