班長陥落編

導入・騎士団入団

第17話 第二の魔法

 俺は夢を見ながら、第二の魔法、予知夢が宿ったのだ、と思った。


 見えるのは、ぼんやりとしたイメージだ。真っ黒で華美な服装を身に纏う少女。彼女は二方向から罵倒されていて、耳を塞いでうずくまっている。


 そこに、手が差し伸べられた。人の手。少女が救いの手を取ると、とたん差し伸べられた手が動物の、毛むくじゃらのものに変わる。


 魔人の誘惑。


 そして少女は変貌した。火薬と硝煙を纏う、恐ろしき魔女に。それに、俺は相対していた。


 悪夢と火薬。俺たちは死闘を繰り広げ、最後に俺は少女を殺す。腹を裂き、首を狩り、強く強く、歯を食いしばって。


 夢が、覚める。


「……予知夢か」


 俺は腕まくりをする。魔法が成長するとともに広がっていく刺青、魔法印が広がり、新しい魔法を宿している。


 第二の魔法、『プロフェティックドリーム』。ナップとは違い、意識してその場で起きられない魔法。代わりに、より未来の、重要な情報を得ることが出来る。


 その予知夢がもたらしたのが、先ほどの情報だ。


 俺はベッドから起き上がって、僅かに考えた。


 解釈するならば、こういう事だろう。―――これから出会うことになる少女が、人間社会から弾かれて魔人に救いを求め、結果魔人の崇拝者―――魔女に堕ちる、ということ。


 魔女。人間に生まれながら人類を見限った者。魔人に与し、人類を滅ぼすことを是とする裏切り者。


 最後に、その少女を俺が殺すことになる。予知夢の中で、俺は悔いているようだった。救えるはずだったということか。


「……ま、これ以上は分からんな。ひとまずは、第二魔法覚醒おめでとう、俺」


 俺は第二の魔法印をポンポンと叩いて、自らの成長を喜びながら、早々に着替え始めた。


 何せ、今日は帝都へと向かう日。


 故郷を離れ、討魔騎士団へと入団する、その出発日なのだから。











 両親との別れは、あっさりとしたものだった。


「ナイト、怪我はしないように。うたた寝も程々にね」「まさか我が子が騎士団に入ることになるとはなぁ……頑張れよ」


「ハハ、行ってきます」


 自立していた俺と両親の会話なんてこんなものだ。一方、一緒に出立するジーニャは激しかった。


「ジーニャ! 何かあったらいつでも手紙をよこすのよ! っていうか一週間に一度は手紙を書くのよ!」「ジーニャ~! お父さんは寂しいよ……! いつでも帰ってきなさい!」


「え、あ、うん。えへ、えへへ。い、行ってきます」


 日ごろの行いというか、ダメな子ほど可愛いというか、ジーニャの両親は非常に別れを惜しんでいた。当初はかなり反対していたとも聞くが、結局受け入れてくれた。


 汽車の出発の音が響く。俺たちは荷物を持って、二人で汽車に乗り込む。席に着き、窓越しに両親に手を振る。


 そして、汽車が出発した。ゆっくりと加速していく汽車。両親は汽車を追いながら手を振っていたが、次第に見えなくなる。


 俺は一息ついて、背もたれに身を預けた。


「いやぁ、とうとう騎士団か……。怪我も治ったし、ついに、だな」


 俺は息を吐きながら振り返る。


 俺の療養期間中、爺様から手紙が届いたのだ。騎士団入りの手はずを整えた、と。続いて、『魔王軍を名乗る魔人を討ち取った前途ある若者を求む』という騎士団からの勧誘の手紙。


 あらかじめジーニャに話を通しておいた俺は、二人で入団を希望する旨の返信を送った。すると『年明けから訓練生として受け入れる』、ということになったのだ。


 それで今、俺たちは旅立つことになった。人生で初めて生まれ故郷を離れることになったはずだが、主観的にはもう少し懐かしい実家でゆっくりしたかったな、とも思う。


 そんなことを考えていると、向かいに座っていたジーニャが、わざわざ俺の隣に座り直して話しかけてきた。


「えへ、えへへ、が、頑張ろうね、ナイトくんっ」


「ああ、そうだな。一緒に頑張ろう」


「うんっ! 私も、……まずはハブられないように、頑張んなきゃ……」


「自虐スイッチ入れんの早いって」


 二言目には入るじゃん。


「だ、だって! 騎士団なんか身分と意識の高い陽キャだらけでしょ!? わ、私、どうせいじめられるんだ……トイレ入ってるとき水とか掛けられるちゃうんだ……」


「そしたら俺がそいつしばくから安心しろ」


 俺が言うと「ナイトくん……っ」とキュンとしてそうな赤面で俺を見るジーニャ。チョッロいなぁ~ジーニャ。将来が心配になるくらいチョロい。


 俺は肩を竦めて、汽車の窓を見た。緑豊かな田園風景が流れていく。時折汽笛の音が、ポッポーと響く。石炭の煙がもうもうと景色に揺れる。


「にしても、汽車って速いね~。私、乗ったの初めてだよ」


 汽車。最近になって出てきた、巨大な乗り物だ。帝都の頭のいい発明家が作ったそうで、線路しか走らないが馬車よりもいくらか速い。


 とはいえ、俺はさして不慣れではなかった。


「あーそうか。今の時期だと俺も初めてになるのか」


 俺が言うと、ジーニャはキョトンとしてから「あ、そっか」と言った。それから「タイムリープしてるから、初めてじゃないもんね」と。


 その通り、俺はこの汽車にそれなりの回数乗っている。今この体は初めてだろうが、悪夢の未来では汽車を通じて様々な場所に赴いた。


 俺の絶望の話。俺のやり直しの話。


 ジーニャは真面目な顔になって問うてくる。


「そ、その、ナイトくん、こんなにのどかなのに、魔王軍は……」


「ああ、すでに入り込んでる。俺たちの村みたいな、辺鄙なところにすら魔の手が及んでたんだぜ。帝都はもっと、間違いなく魔窟だろうな」


「そっか……。まぁ陽キャに比べればマシかな……」


「陽キャに対する苦手意識が強すぎる」


 陽キャ>魔王軍は流石におかしいだろ。陽キャって多分、ちゃんと話せば明るいだけの奴だぞ。魔王軍は確実にこっちを殺そうとしてくる敵だぞ。


 しかしジーニャは不安そう顔で唸っている。


「騎士団……やっぱり陽キャと意識高い系の巣窟なのかな……。新聞でも盗賊団を倒したとか、副団長さんが冒険者ギルドから表彰されたとか聞いたし……」


 副団長、と聞いて、ああ、あの人な、と思い出す。どんな窮地でも帰還する確率魔法の使い手。マジでしぶといからな。全然死なない。


 俺は言う。


「妄想膨らませてるところ悪いけど、身分のある警邏隊以上のことはないぞ?」


「で、で、でも! 絶対体育会系のノリでしょ!? わ、私、馴染める気しないよぉ~!」


「そんなことないって。ジーニャ以外にも女の子結構多かったはずだし。俺も結構楽しかった記憶あるぞ?」


「だ、だってぇ~……」


 ジーニャは涙目で言う。今更駄々をこねても仕方ないだろうに。俺はため息を一つ吐いて言った。


「……分かったよ。じゃあ少しでもジーニャの気がまぎれるように、楽しそうな話をいくつかしてやる」


 俺はその様子を見かねて、騎士団の面白エピソードが何かないか考える。そうだなぁ……。


「騎士団って、良くも悪くとも情報が入る場所だから、魔人いっぱい見つけられるぞ。例えば貴族、資本家、活動家」


 俺はにこっと笑う。


「そういう連中の悪事を暴いて殺すのは、こう……スカッとするからな! たくさん殺せる楽しい場所だぞ!」


「こわいよぉ~!」


 ジーニャはびぇーと泣き出した。

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