第16話 襲撃の顛末

 それからのジーニャは、ひどいものだった。


「うぇぇえええん、な゛い゛どぐん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!」


 怪我をしたのはお前じゃないだろというくらい、ジーニャは俺に抱き着いてボロボロと泣いていた。俺は「大した怪我じゃない」と言うも、ジーニャはブンブン首を横に振った。


 しかし、何とも嬉しい気持ちもあった。俺を思って流される涙は珠の様で、俺はジーニャを宥めながら、「はいはい」とその涙をぬぐっていた。


 そうしていると、すでに夜更けだったのもあり、日が昇り始めた。「そろそろ帰ろうぜ」と立ち上がろうとするも、うまく行かない。


 そこで爺様が現れ、俺を見てこう言った。


「……ナイト、お前、足が折れているぞ」


「え? マジ?」


 靴を脱いで確かめてみると、確かに真っ青に腫れていた。途端俺は足に激痛が走り始め、「ぎゃああ」と喚いた。


 結局俺は爺様に背負われ、何とか村に戻ることになった。


 俺たちの帰還に、村は騒然となった。


 村の片隅には、爺様が斬ったものと思われる、コボルトたちの死体が積まれていた。それでなくとも朝起きたら子供がいなかった、俺とジーニャの両親はひどくやつれた顔で俺たちに駆け寄った。


「何があったんだ! どうしたんだ、その怪我は!」


 父さんから言われ、俺はどうしたものかと「あー……っと」と言葉を探した。


 と言うのも、俺はあまり、目立ちたくなかったのだ。


 何せ、魔王軍と言うのは狡猾で、目立つ有力な人間から篭絡していく。奴らの裏をかいて殺していく以上、俺が目立つ事態になるのは避けたかった。


 そこで、ジーニャが口を開いた。


「も、森にね、魔人が出たの。それでナイトくん、怪我しちゃって。で、でもね? わ、私頑張って、倒したんだよっ」


 ジーニャの物言いに、誰もがキョトンとした。それはそうだ。ジーニャは村の訓練でも味噌っかす扱いである。


 しかし、爺様が口添えをすれば話は別だ。


「ジーニャには、天稟があった」


 爺様の一言で、空気が変わる。


「女には剣を持たせない、という規則が、仇になっていた。恐ろしいほどの天稟だ……。ナイトも腕が立つが、あんな意味の分からん剣は使わん」


「ど、どういう事ですか、爺様」


「来い。魔人の亡骸が、森に転がっている」


 爺様の先導で、ぞろぞろと大人たちが森へと向かって行った。俺はそれを見送りつつ、ジーニャに聞く。


「なぁ、今の」


「わ、私は、ね? ナイトくんを、守りたい、から」


 えへへ、と気恥ずかしそうに言う様子に、俺は何となく理解した。つまり、答えに窮した俺を見かねて、助け船を出してくれたらしい。


「……ありがとな、ジーニャ。お前には助けられっぱなしだ」


「う、ううんっ。い、いつも私を助けてくれるのは、ナイトくんだし……。私、強いんだって自覚はできたけど、急なこと過ぎて、自信がついたわけじゃない、から……」


 上目づかいで伺うように俺を見るジーニャに、俺は察する。


「これからもジーニャ係でいろって?」


「ジーニャ係!? あ、で、でも、ナイトくんなら、いいかも……えへ、えへへへへ」


 頬を紅潮させて、ジーニャは妄想の世界に旅立ってしまう。


「な、ナイトくんに餌付けされて、飼われて……。たまに撫でてもらったり、遊んでもらったり、えへ、えへへへへへ……。い、いいかも。それすごい、いいかも……」


「ちなみにジーニャって、それで言うと何の動物なんだ?」


「……犬?」


 良かった。虫とか貝とかからだいぶランクアップしてる。自信がついたみたいだ。






 それからしばらくの間は、ジーニャが甲斐甲斐しく俺の世話を看てくれるようになった。


 家事全般に問題を抱えていたジーニャだったが、俺の世話というので気合が入ったらしく、俺やジーニャの母親から指導されつつ、動き回った。


 元々細かい性格なので、不器用が直る程度に手が慣れれば、問題なかったらしい。


「な、ナイトくん、おはようっ。朝ごはんできてるよっ。えへへ、頑張って作ったんだぁ」


「な、ナイトくん、痛いところない? 痛み止めのお薬、足りてる? お水持って来ようか?」


「な、ナイトくん、体拭いてあげるね? え? 恥ずかしい? だ、だだだだだ、大丈夫、だよ! あ、あんまり見ないようにするし、それに、その、……よ、よよよ、よこしまな気持ちはないのでっ」


「なっ、ナイトくん、その、おトイレだけど」


 他諸々は甘んじて受け入れたけど、トイレ関係だけは頑として拒否した。


 ともあれ、そんな調子で世話を焼かれたものだから、回復も早いというもの。俺は数週間で村医者に完治の太鼓判を押してもらえるほどに回復した。


「いや~、ごめんねぇナイト。お金があれば治癒魔法も頼めたと思うんだけど」


「いや、いいよ。家計圧迫してもよくないしさ」


 家族を諫めつつ、俺は完治を喜んだ。


 さて、問題はここからだ。俺は傷が治ってもなお、惰性で通い妻のように振舞うジーニャを部屋に招き入れ、改めて話をすることにした。


「ジーニャ、前に話した大事な話、だけどさ」


「――――っ! う、うん……!」


 ジーニャは期待に目を潤ませて、俺の前に姿勢を正した。俺は何だか申し訳ないなぁと頬を掻きつつ、持ち掛ける。


「ジーニャ……俺と一緒に、騎士団に入らないか?」


「……んっ?」


 戸惑いのジーニャである。


「え、えっと? き、騎士団? 陽キャと意識高い系の巣窟に? 何で?」


「……」


 俺は、僅かに考える。夢魔法で得た、未来の情報は有用だ。逆に言えば、それを知っているというだけで魔王軍は俺を激しく敵視するだろう。


 だが、俺を、身をもって守ってくれたジーニャなら、信用できる。俺はそう信じて、口を開いた。


「―――俺、タイムリープしてるんだ」


 俺は、思い出せる範囲の全てを語った。人類が敗北すること。ジーニャがひどい目に遭う事。この村も、本来ならば壊滅すること。


 その話を、最初ジーニャは戸惑いながら聞いていたが、どこかで繋がるところがあったのか、途中から真剣な面持ちで聞いてくれた。


「すでに、爺様がこの話を聞いて納得してくれてる。俺たちの魔王軍撃退の話をうまく使って、騎士団入りの手はずを整えてくれてる」


「だから、最近村で見なかったんだ……」


「ジーニャ」


 俺は名を呼び、その手を握る。


「俺には、お前が必要だ。力だけじゃない。誰よりも信じられるお前が必要なんだ。ジーニャには辛い環境かもしれないけど、それは俺が守る。だから、ついてきてくれないか」


 俺がまっすぐにジーニャを見ながら言うと、ジーニャは身震いをしてから、強く頷いた。


「どこに行っても、ナイトくんのことは、私が守るよ。ま、まだ人見知りは直んないし、私自身の才能のことも、よ、よく分かってないけど、でもっ!」


 ジーニャは、ずいと俺に顔を近づけて言う。


「ナイトくんがどこに行っても、私はついていくからっ! ずっとずっと、あなたを守りたいの。だから、私こそ、お願いします。―――私に、あなたを守らせてください」


 自分で言って感極まったのか、ジーニャは瞳に涙を湛えていた。俺は肩の力を抜き、「泣き虫は変わんないな」と言いながら、涙を拭う。


「あ、え、ご、ごめ」


「責めてないって。……じゃあ、これからも、よろしくな」


「――――っ、うんっ!」


 ジーニャは笑顔で頷いた。俺はそれに、悪夢の未来を思い出す。


 村人を、インプの幻覚で殺しまわったジーニャ。涙にくれ、罪悪感に押しつぶされ、笑う事のできなくなったジーニャ。


 そんな彼女はもういない。奇跡の勇者ジーニャは、こんなにも晴れやかに笑う。


 それだけで、俺はひとまず、満足なのだった。

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