第14話 悪夢

 インプの反応は、半狂乱だった。


「あっ、ああああああ、あなた如きゴミのような人間のガキ風情がッ! 大口を叩くなぁああああああ!」


 その声と同時、強化コボルトたちが一斉に俺に飛びかかってきた。俺はニィイと嗤って、銃を構える。


「魔獣は死ね。魔人は苦しんで死ね」


 予知の銃撃。俺は予知夢から覚め、連中が飛び上がるまさにその場所に、六発の弾丸を


 それだけで、半数のコボルトたちが空中で崩れ落ちた。俺は平然と歩きだし、無傷のコボルトたちが落ちる味方の身体で追えないように立ち位置を変更する。


「なぁっ!?」


「ということだ。コボルトは一瞬で殺すが、お前は痛めつけて殺すぜ、インプ」


 そい。と俺はインプの羽に剣を振るった。羽が両断され、落ちる。血が流れ、インプが絶叫する。


「ぎゃっ、ギャァアアアアアア!」


「アッハハハハハハハ! 魔人の悲鳴ほど聞いてて楽しいもんはないよなぁ! 自分勝手な理由でよぉ! 人の生まれ故郷滅ぼしやがってよぉ!」


 背後から迫ってくるコボルトに振り返り、俺は剣での予知一閃を放った。コボルトは俺の剣閃に飛び込んできて、自分から首を落として倒れ込む。


「ひっ、ひぃい! な、何で! 何で不意打ちを読めるのですかッ! 何でそこまで的確に攻撃が行える!」


「そりゃあお前、憎しみと復讐の力さ。お前みたいなクズを、嘘を吐く魔人どもを、惨劇を振りまく魔王軍を、殺したくて殺したくて仕方ないんだからよぉ!」


 俺は剣で、インプの左足を斬り飛ばす。


「ギャアアア!」


「だから俺は、強くなったんだ。強くなれば全部解決すると思ってた。でも、違ったな。強くなってから始めるんじゃあ、ダメだ。それじゃあ遅すぎる」


 剣を、高く振りかぶる。


「強くなりながら、大切なものを守りながら、俺はお前らを殺さなきゃならなかったんだ」


 俺は残るもう一本の足も切り飛ばす。


「いっ、いぃぃぃいいいいい! いた、いたい、痛いですぅ……! ゆ、許して……!」


「許す? 何を? お前悪いことでもしたのか?」


 背後から迫る気配に気付いて、俺は反転する。五匹の強化コボルト。俺は姿勢を低く駆け抜ける。


「俺の悪い癖だなぁ。魔獣も魔人も、弾丸だけじゃ死なない。だから一旦無力化して、痛めつけようと考えちまう」


 予知の銃撃、からの剣での一閃。弾丸を受けて倒れるコボルトの首を三匹、一振りで刎ね飛ばす。


「キャ、キャインキャイン」


 俺の足元に崩れるコボルトが、俺を見上げ、命を乞うように情けなく鳴いた。俺はニッコリ、剣を掲げながら言う。


「魔獣は苦しめないぜ。お前らは敵だが、クズじゃない」


 一振り。コボルトたちは両断され、こと切れる。


「所詮は、獣でしかないからな。獣には、善悪もクソもない」


 苦しめるだけ無意味だ。拷問する価値は、魔人にだけ存在する。


「さて、続きと行こうか、インプ」


「ひ、ひぃぃぃぃいい!」


 笑顔で振り返った俺に何を見出したか、インプは這うように俺から逃げ出した。「待てよぉ~」と俺はゆっくり追いかける。


「それっ」


「ギャッ!」


 俺は這って逃げるインプの背中に、剣を突き立てた。インプは血を吐き、絞り出すように言う。


「ゆる、許して、許してください……! たす、助けて、助け……!」


「……」


 俺はその様子を眺めながら、ニンマリと数えていた。三、二、一……。


「―――かかったなクソガキが!」


 視界が歪む。精神汚染が俺の脳を汚す。


 俺は言った。


「ナップ」


 予知夢から覚めた俺は、インプが精神汚染を放つ前に、その頭を踏みつける。


「ガッ!?」


「ハハハ、ハハハハハハハ! 嘘つき。お前らは嘘ばっかりだ。だからお前らは、ストレス解消にちょうどいい。痛めつけても、良心が痛まない」


 剣をねじる。「ギィィイイイイイ!」とインプが鳴く。


「し、死ぬ。死ぬ。たす、助け、お願いします。こ、殺さ、殺さないで。しに、死にたくな、死にたくないです……っ!」


 涙を流して俺に懇願するインプに、俺は言った。


「お前の泣き顔、笑えるな」


 剣を引き抜く。インプは血を吐いて倒れた。俺はさらに剣を振るいその首を飛ばす。


「……これで、もう目覚めねぇだろ」


 俺は向き直る。インプという指揮官を失って、コボルトたちが竦み上がった。


「どうする? 掛かってくるか?」


 強化を解かれ、小柄に戻ったコボルトたちは、我先にと逃げ出した。俺はそれを追わない。魔獣は獣だ。支配する魔人が居なくなれば、奴らはこんな大掛かりなことは考えない。


「さぁて、十分悪夢を見せたわけだが……」


 俺は息を吐き、それから近寄ってくる大きな気配に視線をやった。


「今度は俺の悪夢が始まりそうだな」


 俺は引きつり笑いで、森の中から出てくる影を出迎えた。


 それは、大柄な魔人だった。


 鈍色に月光を反射して、体の重さを感じさせる足取りでやってきた。返り血を浴びて担ぐのは、罠に用意した巨大熊の死体。ぐちゃぐちゃにすり潰されている。


 その熊の亡骸をまるでぼろ雑巾のように捨てて、奴は咆哮を上げた。


「お前か。俺たち襲った、人間。俺たちの新天地汚す、寄生虫。我ら魔族の、敵」


「……その煽り文句、全部そっくり返してやんよ」


 俺は武器を構えながら、鉄肌のオークと対峙した。

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