第13話 インプ

 追っ手の、迫ってくる音が聞こえる。


 コボルトたちの素早い足音。インプの羽音。俺は全力で走り抜けながら、呟く。


「あークソ、ガキの身体だとやっぱり動きづらい、なっと!」


 殺気。俺はコボルトが切りかかってくるのを察知して、反転しながら拳銃を一発叩きこんだ。


 コボルトが吹っ飛ぶ。火薬の強烈なエネルギーで体を貫かれれば、魔獣といえどしばらく沈黙する。


 それをさっと確認してから、俺は再び走り出す。追っ手は舌を打ち、歯噛みし、より必死さを増して俺を追う。


「この、クソ人間がァッ! どこまでも追いかけて、叩き潰してやりますッ!」


 インプの追いすがる声に、俺は舌を出し、さらに足を速める。まだまだ振り回してやるよ。


 そうしてしばらく走った先で、俺は立ち止まった。森の中でも、木々の少ない開けた場所。そこで俺は、剣とリロード済みの銃を構える。


 インプと魔獣は、ぜぇぜぇと肩で息をしていた。俺はからかうように「おいおい」と声をかける。


「どうした? これから戦闘が始まるっていうのに、そんな疲れてていいのかよ」


「お黙りなさいッ! な、何故あなたは、そうまで元気なのですか……! 人間が余裕で、コボルトが息絶え絶えなど……!」


「そりゃあ訓練の賜物だ。お前らが潰してくれた戦闘訓練で、嫌と言うほど走らされるもんでね」


 言うと、インプはギリと歯を食いしばった。


「そうですか……! やはり、あの村の……! しかし、何故我らの襲撃を察知できたのですか。どうやって、我らの計画を……」


「あ? そんなの教えるわけねぇだろバカが」


 俺はあしらい、それから長く息を吐いた。折角連中の息が切れているのだ。この優位を潰すものか。


「魔人ども」


 俺は姿勢を低くする。


「お前らの魂胆は見え透いてる。嘘と虐殺。お前らはクズの中のクズだ。だから殺すぜ。惨たらしく、殺してやる」


「っ……! ああ、これだから人間は汚らわしいのです! 卑しく、傲慢で、愚か! せっかく我らがこの土地を浄化してやろうというのに」


「ハッ」


 鼻で笑う。


「続きは、地獄で言え」


 そして、俺は駆け出した。


 地面を這うように低く進む。素早く進む足に地面がどんどんと後ろに飛んで行く。インプは歯を食いしばり、憎々しげに叫んだ。


「コボルトたちよッ! この傲慢な人間のガキを噛み殺してしまいなさいッ!」


「グルルルルル! ワォーン!」「ワォーン!」「ワォーン!」


 コボルトが唸り、遠吠えを上げた。犬の魔獣たちは、一斉に俺へと走り出す。


 俺はニィと口端を吊り上げ、呟いた。


「まずは、開幕の一発を食らわせてやる。―――ナップ」


 一秒の、予知夢が覚める。


「ワォーン!」


 目覚めた時、コボルトは遠吠えを上げて走り出すところだった。俺は急停止し、拳銃を構える。


 じゃあ、悪夢の未来で鍛えた技を、披露していくとするか。


「予知の銃撃」


 連射。俺はリボルバーの撃鉄に剣を持つ手を置いて、瞬時に6発の弾丸を放つ。


 弾丸の向かう先は今のコボルトたちの場所ではない。僅か未来の、奴らの場所だ。動き出す時、生物は最も不自由になる。


 止まっているのなら、素早く動いて避ければいい。だが誰しも、急には止まれない。


 ならば俺は、奴らの僅か未来に向けて、弾丸をだけでいい。


「一秒先は、俺だけが変えられるってね」


 六匹のコボルトが、弾丸に貫かれ倒れ伏す。俺は笑って、再び駆け出した。


「なぁッ! 今、あなたは何をッ!」


「だからよぉッ! 教えると思うかバカがァッ!」


 俺は走りながら、ポケットの中の弾丸を素早く拳銃にリロードする。回転弾倉を横に振り出し、傾けることで空薬莢を捨て、弾倉のふちを円に撫でるようにするりと弾を込める。


 戻す。ガチャ、と鉄の音を聞き、俺は拳銃を上に向けて待機させる。代わりにしっかりと握り直すのは、ロングソードだ。


 インプの連れてきたコボルトは八匹。俺の弾丸でひとまず無力化できたのは六匹。立ちふさがる残る二匹に、俺は肉薄する。


「グルルルル!」


 コボルト二匹は、同時に俺に切りかかった。精神能力を持つインプが上に立つ辺り、連携は取れているらしい。


 だが、今更、コボルトごときが何の障害になるものか。


「ナップ」


 俺は予知夢から覚め、剣を肩に担いだ。コボルトはまだ、俺に切りかかる寸前で居る。


「置くだけだ。剣も、銃も―――予知一閃」


 奴らの進む方向に、あらかじめ剣を振る。すると奴らは面白いことに、自分から剣の切っ先に飛び込んで死んでいく。


 血煙が上がった。剣で斬られたコボルトたちは、胴体を両断されて息絶える。弾丸で倒れた他のコボルトたちも、起き上がる様子はない。


「さぁて、これでインプ、お前だけだぜ」


 俺は剣の切っ先を奴に向ける。インプは怯んだように俺を睨む。


「な、何なのですか、あなたは……! 子供の戦闘能力とは、とても思えない……ッ!」


「……そりゃ、中身は違うしな」


「はい……?」


「どうでもいいだろ、そんなことはよ。ああ、応援が来るまでの時間稼ぎなら諦めな。俺はそういうのには強いんだ」


 俺がにじり寄ると、インプは「ふ」と笑った。


「いや、驚かされましたね。ええ。それは認めましょう。ですがもう、私の勝ちです。もう準備は終わりました」


「あ? 何を言って」



 インプの姿が消える。周囲の景色が一瞬にして変化する。極彩色に歪む様子は、見ているだけで気分が悪い。


「……警戒はしてたつもりだったがな」


『ほほほほほ……。いやはや、大したものですね。追っている間ずっと掛けていましたが、まさかコボルトを倒されるまで持ちこたえるとは。とても強い精神力です』


 とはいえ、今からあなたは―――


 そこで、認識が揺らぐ。景色が固まる。直前の記憶が曖昧になって、俺は気づけば花畑に立っていた。


「……ん……?」


 俺は一体、何をしていたのか。何度かまばたきをして、思い出せないことに違和感を抱く。


「ナイトくん!」


 花畑の中心で、ジーニャが俺を呼んでいた。


「こっちおいでよ! 綺麗だよ!」


「……いや行かないが」


「えっ!? な、何で?」


「歩くのがめんどい」


「えぇ~! せっかくここまで来たのに!? ほら! 二人で森の奥の花畑を探しに来たんでしょ? 一緒に遊ぼうよ!」


「えー……俺もうそういう年じゃないし……」


「私たちどっちも十五でしょ! ……もー! ほら、行くよ!」


 ジーニャは駆け寄ってきて、俺の手を取る。俺は無警戒にその手を取り―――直後刃に変わったジーニャの手に貫かれた。


「ごぷっ……?」


「ひ、ひひ、げひゃひゃひゃひゃ! 所詮人間はこの程度ですよ!」


 ジーニャの顔が醜く歪む。俺は痛みですべてを思い出し。


「ナップ」


 一秒の予知夢から戻った俺は、ジーニャの刃よりも速く、剣でジーニャを叩ききる。


「ギッ、ギャァァアアアアアア!」


 周囲の景色が歪む。認識が戻っていく。俺の精神を汚染して蝕んだインプは、俺に腕を落とされ血を流して倒れ込む。


「なっ、ななななな、何でですかぁっ!? わ、私は、あなたのことをちゃんと支配下に入れたはずッ! あなたは精神を汚染され! 幻覚を見ていたはずなのにぃっ!」


「く、ククク、ははは、アッハハハハハハハ!」


 俺は爆笑しながら、インプの情けない姿を鑑賞する。


「その通りだよ、インプ! お前の精神汚染は正しく機能した! その上で、俺のが一枚上だったんだ」


 ―――俺は無数の魔王軍と戦ってきた関係で、この手の『精神作用系』の敵の経験が多い。


 連中は相手を自由に操るのが好きだ。だから大抵、出来た隙を突くのではなく、自ら死に向かわせようとする。


 俺はそういう傾向を知っている。だから俺は何かがおかしいと思った時、必ず実践することがある。


「花畑たぁ稚拙だなぁ。大方、俺が仕掛けた罠でも見つけて、俺をハメようとしたんだろ?」


「ぐ……」


 俺が視線をやると、その先にはトラバサミが置いてあった。だから俺は、前後不覚になったら決して足を動かさない。奴らは俺に、自分から罠にかかるよう誘導する。


「それに化けたのは……個人じゃないだろ。大方、『大切な人』っていう曖昧な変化だ。だから特徴の掴み方が甘い」


「う、うぅ……!」


 だから俺は、人柄を良く観察する。寸前まで警戒を解かない。だが切りかかって本人だった場合に備えて、決して俺から攻撃しない。


「それに最後は……」


「最後は……?」


 俺は、ニヤと笑う。


「教えねぇよ。地獄で先達に教わんな」


 俺は両手を広げる。右手にはロングソード。左手にはリボルバー。深く深く息を吐きだし、インプに近寄っていく。


「ぐぅ……っ! し、しかし! 精神汚染で時間は稼げました! あなたに撃たれたコボルトたちは復活し、数匹の応援まで駆け付けた!」


 インプは脂汗を流しながら、必死に叫ぶ。周囲にはコボルトが俺を中心に集まっていて、どいつもこいつも、精神男性ほどまで体格が大きくなっている。


「そして! 私の強化により! コボルトたちは全員何倍も強くなりました! 例え直接の精神汚染が効かずとも、数の暴力で殺してしまえばいいのです!」


 再び勝ち誇るインプ。それに俺は、高笑いを上げた。


「ふ、くく、はは、ハハハハハハハ!」


「な、何が可笑しいのですか!」


「お前、まだ自分が勝ってると思ってるのか? 雑魚をいくら強化しても、いくら集めても、雑魚は雑魚に決まってんだろうが」


「何をッ!」


 ズン、と俺は強く地面を踏み鳴らす。それだけで、インプは怯み、言葉をなくす。


「インプ。精神汚染のお返しだ。俺からもお前らに、恐怖を贈ろう」


 俺は笑みを大きくする。インプは固まり、コボルトたちは震えながら俺を見ている。


「―――さぁ、悪魔よ! 震えあがれ、血も凍れ」


 森の開けたこの場所が、冷たい月光に照らされている。その中心で、俺はケタケタと嗤う。


「お前は今から、悪夢を見るんだぜ」


 虐殺だ。かつて悪夢でお前らがしたように、今度は俺が、お前らを血祭りにあげてやる。

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