第12話 襲撃の夜
夜、俺は森に潜んでいた。
息を殺し、極めて静かな深呼吸を繰り返す。風に揺れる暗がりの木々の葉音が、俺の音の全てを隠す。その静寂の中で俺は、精神を研ぎ澄まし、殺意を磨く。
月が、冷たく光っている。襲撃の、夜だった。
先日、訓練が突如として終わった。惨劇の始まりの合図だった。爺様は悪夢の未来通り、端的な言葉で訓練の終わりを告げたが、最後に俺に目配せをした。
俺は頷き、襲撃の詳しい日時を爺様に伝えた。だから爺様は今、森から村に出る場所に陣取っている。
「……」
俺は耳の端に、音を捉えた。息を止め、神経を集中させる。足音。それも、たくさんの。ひときわ大きなそれ。一際小さなそれ。そして犬のように慌ただしいそれら。
来たか。
俺はぬらりと体重を移動し、音を立てずに移動を始めた。葉音よりも小さな俺の足音は、奴らには気づかれない。
奴らは悪夢の通り、鉄肌のオークと、インプと、多数のコボルトで構成されていた。
その内、コボルトの数匹が、俺のニオイに異物を感じ取った。先遣隊として、駆け足でこちらに寄ってくる。
俺は息を吐いた。
「鼻が利く」
木陰に隠れて待つ。コボルトたちが向かってくる。俺はそれを大人しく待った。奴らが俺の横を通りすぎ、直後俺に気付いて切りかかる。
俺はニンマリと笑った。
「未来は嘘を吐かないから好きなんだ」
ナップ。俺は予知夢から目覚める。
タイミングは完全に把握していた。向かってくるコボルトに先手を打って、俺は木陰から躍り出て一閃する。
コボルトたちは胴を一薙ぎされ、バタバタと倒れた。叫ぶ前に喉を突いて、トドメを刺す。
声はない。悲鳴も上がらない。
「まだだぜ。まだ、俺はバレちゃあならないんだ。だから、静かにな」
最後のコボルトの喉に突き刺した剣を、俺はねじった。犬の魔獣が、苦悶の表情で息絶える。
「静かに、死ね」
俺は、嗤う。
コボルトたちを全滅させ、俺は再び闇に紛れた。この先に、大掛かりな罠がある。誘導策は有効に働いているようで、コボルトたちはスンスンと鼻を鳴らしながら進む。
「……あなたたち、順路を少し曲がってはいませんか?」
小柄な魔人、インプが問う。コボルトたちは自覚がないのか、キョトンと首を傾げている。所詮は魔獣だ。満足な受け答えはできない。
「もう少しだ」
俺は待つ。その瞬間を。
奴らはまっすぐ進んでいく。静かに静かに、音を殺して。自らを襲撃者と誤解して。
だがな、今に分からせてやる。お前らはとうに、襲撃者なんかじゃない。
「さぁ、落ちろ」
―――今の襲撃者は、お前らではなく、俺なのだ。
先頭を歩いていたコボルト十数体が、突如現れた落とし穴にハマって落ちていく。
「なぁッ!?」
「ぬぅ……!?」
その落とし穴は、コボルトを嵌めるための専用の罠だった。大きな落とし穴の下には、強烈な臭いを放つ腐肉に、尖らせた木の槍の数々。
落ちたコボルトは、全身を槍に貫かれて絶命していく。生きていてもほとんど瀕死だ。奴らにはもう、呻くことしかできない。
にしても、奴らは落ちなかったか、と俺は歯噛みする。オークとインプ。ここで死んでくれればずいぶん楽だったというのに。
しかし、戦端は開かれた。さぁ、ここからがお楽しみだ。。
「何……? おい、襲撃、読まれていたか」
「そんなはずは……!? あの村の人間は、我らの人道活動によって、平和ボケしていたはずですよ! こんな大掛かりな罠を仕掛けている様子は、確認できませんでしたし」
困惑する連中に、俺は次なる誘導策を手に掛ける。紐。俺はそれを、一気に引いた。
ガシャン、と音がする。誰もがその音の方向を見る。
そこには、以前捕獲した、巨大な熊が檻から出てきていた。
「な、何です? あの熊は……!?」
「中々、デカい……」
悠長に構える奴らに、俺は一人、木陰で呟いた。
「飢えた熊相手に余裕だなぁ。そのまま一人二人、食われてくれよ」
「グルゥゥウオオオオオオオオオオ!」
捕獲して以来餌にありつけなかった、飢えた熊が魔王軍に突進する。
「ひぃゃぁああっ!? 何ですか! 何ですかあの熊は!」
「熊……!?」
突如として現れた野生動物に、奴らは慌てだした。熊の突進から逃げ出すも、コボルトは弾かれ潰され、そのままインプとオークへと進んでいく。奴らは戸惑って思わず逃げる。
俺は、ニヤリ口端を持ち上げた。
「そうそう。そこに来て欲しかったんだよ」
激しい音を立てて、『オークの重みにのみ反応する罠』が作動した。強靭なくくり罠がオークの足を取り、勢いよく縄を跳ねさせ宙づりにする。
「ぶもぉぉおおおお!?」
「なぁっ!? だっ、大丈夫ですか!」
夜の森の中、暗がりの中で肌に月あかりを反射しながら、鉄肌のオークは木々のはざまに揺れていた。一方で、空腹に暴れまわり、コボルトを殺しまわる熊がいる。
期待通りのカオスだ。畳みかけるぞ。
俺は足元の木の枝を適当に拾って、奴らに投げつける。奴らはそれに混乱を深め、周囲に存在しない敵を見出し、武器を抜く。
「っ!? お、お待ちなさい! これは罠です! 冷静に―――ッ!」
インプの制止を、コボルトの単純な脳は聞き入れなかった。同士討ち。奴らはパニックに陥って、お互いを切りつける。
「まだまだ死んでもらうぜ。そら」
コボルトたちの一部は、俺が設置したトラバサミに足を挟まれ、動けなくなっているようだった。そこに俺は、一つ投げ物を放り込んだ。
火花を放ち導火線を短くするそれ。俺は笑う。
「爺様が一つだけ寄こしてくれた、とっておきだ」
破裂音。俺が投げ込んだ爆弾が爆ぜ、コボルトたちが四散する。
「なぁッ!? 爆弾ですって!?」
連中は、大混乱のさなかにいた。リーダーの一人は宙づりになり、一部は熊に襲われ、一部はパニックを起こして同士討ち、一部は罠に足を取られ爆発四散ときた。
恐怖。恐怖が奴らの中に伝染している。俺は様を見ろと笑いながら、息をひそめたままでいる。
「―――クッ! マズイですね! まずはそこの熊をッ」
暴れまわり、コボルトを掴んで振り回す熊に、そこでインプが手を向けた。精神汚染の魔術。「おっと」と俺は拳銃を取り出す。
「それは止めてくれよ。苦労して捕獲した熊だぜ。お前らに使われちゃたまらねぇ」
銃声。拳銃が弾丸を吐き出す。インプの手の平。それを的確に打ち抜いて、俺は奴の魔術を阻止する。
「ぐっ、がぁぁあああああ! わ、私の手がっ! 私の手がぁぁああああ!」
インプが燃えるような真っ赤な目でこちらを見た。流石にバレたか。俺は舌を出す。
「そこです! そこに、我らを襲った敵がいます! コボルトたちよ! 奴を追いなさい!」
インプの命令に従って、二足歩行の犬の魔獣たちが駆け出した。その後から、遅れてインプが追ってくる。
俺はニンマリと笑って言った。
「いいぜ。お前が来るんなら、相手してやるよ、インプ」
俺は森の中を駆けだした。さぁ、追ってこい。魔人ども。逃げた先で、殺してやる。
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