第11話 罠を仕掛ける

 先日の覚醒以来、何だかジーニャが過保護になった。


「だっ、ダメだよ! 森なんか行ったら、ナイトくん怪我しちゃうよっ!?」


「しねーよ! その程度で今更怪我なんかしねーよ! ちょっ、まっ、この、離せ!」


「ほら! こんな簡単な拘束も解けないのに、森なんて危ない場所に行ったらダメ!」


「ジーニャの拘束がヤバいんだよ! 森のがずっと優しいっての!」


 何だその手の動き! 残像の所為で軟体生物みたいになってんぞ!


「でっ、でも、心配だよ!」


 しかし食い下がるジーニャである。こいつ。諸々覚醒した直後で気が大きくなっているらしい。


 仕方ない……。俺は息を長く長く吐き出して、「ジーニャ」とそっと名前を呼んだ。


「なぁに? ナイトくん」


 ジーニャはキラキラとした目で俺を見ている。先日の出来事で、自信が湧いているのだろう。それに水を差すようなことは言いたくなかったが。


 俺は、口を開く。


「今日のお前、流石にちょっと、ウザいぞ?」


「――――えっ―――――」


 その一言で、ジーニャは凍り付いた。ガクガクと震えながら、ぎこちない動きで静かに下を向いていく。


「……う、ウザイ……私、ウザイ……」


「とりあえず俺は森に行くから、大人しくしてるように。そしたら何かお土産でも持ってき帰ってくるから。何がいい?」


「……貝になりたい」


「貝は無理だなぁ……森だし。まぁそれっぽいものあったら拾ってくるわ。じゃあ行ってきます」


 ということで、俺は森へと向かった。


 目的はもちろん魔王軍を迎え撃つ準備。罠を仕掛けて回るのだ。






 いがぐりを拾って、俺は口をへの字に曲げる。


「……貝の代わりっぽい気がする」


 殻にこもってる辺り、特に。


 俺は一つ頷いて、いくつかいがぐりをトングでパッパとカゴに拾い入れた。


 森。魔獣が出るとされる、村近隣の深い森。そこで俺は、色々と物資を運び込んで、魔王軍連中を迎え撃つための準備を進めていた。


「じゃ、やるか」


 俺は下ろした木箱を見る。所狭しと詰め込まれた、罠の数々。


 爺様から受け取ったものだ。かなり量があるので、それらしい場所には全部仕掛けて回ろう。


「コボルトが掛かれば戦況が有利になる。……が、一番に重要なのは、オーク対策だよな」


 俺が唯一勝てない敵。ジーニャをぶつけなければならない相手。鉄肌のオーク。


 奴は基本的に、ずっとインプと一緒に行動している。あるいはインプがオークに付き従っているのか。ともかく、奴らを分断する策が必要だ。


 インプの対策は……罠で行う必要はないだろう。精神汚染。対策……ねぇ。


 何はともあれ、罠の優先順位は第一にオークということになる。他はまぁ、程々にかかってくれればいいという程度だ。戦闘が少し楽になれば十分。


 とするなら、奴の巨躯だけが引っかかるような罠を仕掛ける必要がある。


「ちょっと大掛かりになりそうだな……場合によっては爺様も駆り出すか」


 それに、その大掛かりな罠はそう多くは仕掛けられないだろう。ちゃんと引っかかるような誘導を工夫する必要がある。


 それに十分なのは……と俺が周囲を探すと、目ぼしい存在がそこにいた。


「熊」


 熊である。熊。熊がそこにいる。


 熊。


「……」


 熊は俺に気付いて、ぬっと立ち上がった。前足を上げるのは熊の威嚇の証拠だ。メチャクチャデカい。俺の二、三倍くらいの身長だ。


 俺は腰に着けたロングソードと拳銃を抜き放ちながら呟いた。


「これ、装備十分か?」


「グォォオオオオオオ!」


 熊が咆哮を上げる。ビリビリと肌が震える。あーこれ全然強敵だな! 十分とか知らんわこれ! やるしかねぇ! 可能なら生け捕りだ! 無理なら殺せ!


 俺は木箱の罠も取り出しつつ、構えを取った。どう出る。どう来る。深く深く、息を吐きだす。


 熊は、猛獣の本能に従って俺に突進してきた。


 俺は姿勢を低くして、待ちの体勢を保つ。熊の突進は止まらない。ぶつかる。俺は夢魔法を使おうとし―――寸前で口を閉ざす。


 熊の、フェイント。


「う、お、お、おぉ……!」


 熊は勢いよく突進してきては、俺を警戒するように反転して下がる。かと思えばまた襲い掛かってくる。と思えば反転する。


 俺は、ニヤリと笑った。


「なるほどな。そういう動きをするわけだ。野生ってのは、意外に頭がいいから困るよな」


 ナップ。俺は一秒の予知夢から目覚める。


 俺はすかさず罠を熊の背後に投げた。強力なトラバサミ。熊は自分に向かってこない罠の脅威を理解せず、俺にフェイントを入れて後退する。


 そこで、俺の投げたトラバサミが作動した。熊の足が罠に取られ、熊が唸る。


「グォォオオオオオオ!」


「一ヒット。このまま生け捕りに掛かるぜ」


 熊は足を取られ、不格好な体勢でこちらに向かってきた。寸前まで俺は待ち、熊が今度こそ襲い掛かってくるのを確認する。


 巨体。毛むくじゃらで丸太のように太い足。それが俺を野生の力で叩き潰そうとする。


 俺は呪文を口にした。


「ナップ」


 一秒先の予知夢から覚める。熊はまだ突進中だ。


 俺は熊の足元に、トラバサミを投げる。


 熊は反応しようとしたが、俺に突撃するつもりだった勢いを殺しきれなかった。トラバサミが作動する。熊は四肢の半分をトラバサミに取られ、勢いよく転ぶ。


「おうおう、暴れやがって。優しくしてやるから、大人しくしてろよ。俺は魔人以外を無意味に殺したりしないぜ」


 木箱から縄を取り、ロングソードで地面ごと突き刺して杭の代わりにする。俺は夢魔法の予知を活用して、熊のもがきを躱してするすると拘束を進める。


「眠り薬とかねーかなぁー。もうちっと魔法が成長すれば、そういう魔法もあるんだが」


 そんなふうにボヤキながら作業を進め、俺は数分後、熊を拘束していた。


 熊は鼻息荒く呼吸し、時たまに暴れようとしては、縄の拘束が強固で諦める。


「うん。無傷で捕獲完了。後は……狙ったタイミングで拘束を解けるような仕掛けと、飢えさせることか。飢えた熊は、見境ないからな」


 進捗は、準備の初日としては、悪くない。俺は伸びをして、「さってと、じゃあ改めて、森全体に罠を仕掛けて回るかぁ」と歩き始めた。

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