第8話 ロングソードとリボルバー
夕方、俺はジーニャと別れて、爺様の下を訪れていた。
「ん……ゆっくりしていけ」
俺を一瞥して、爺様は静かにそう言った。俺は爺様の目の前の席に腰を下ろして、告げる。
「爺様、手を貸してくれ。魔族がこの村を滅ぼす。奴らを、一網打尽にする」
「……」
じっと、爺様は俺の目を見た。俺はまっすぐに見返す。それが数秒。爺様は言った。
「何が必要だ……」
「ロングソードとリボルバーを。弾丸は数十発あれば。あとはありったけの罠を」
「待ってろ」
爺様は奥に引っ込んでいき、いくつもの木箱を持って戻ってきた。ガシャン、と地面に下ろす。
その内、一つの木箱にはロングソード数本と、拳銃の入った袋が。他の木箱には鉄製の罠が大量に入っていた。
「これでいいか……」
「ありがとう、爺様。あと、当日、俺が抑えきれなかった分の敵を、村に入れないように斬って欲しい」
「分かった」
爺様はロングソードを一つ手に取って、じっとその輝きを見ていた。
俺はその姿を見て、一言問う。
「爺様は、全く疑わないんだな」
「すでに疑った。だが、お前は人だ。魔に憑かれたものの目は、しておらん」
爺様は俺を見て、微かに笑う。
「お前の、魔人に対する憎悪は、儂のものと同じよ。どうしようもなく、殺してやりたいのだろ」
「―――ハハ、話が早い訳だ」
俺はロングソードとリボルバー、弾薬を指定の数だけ爺様に渡された袋に詰める。そうしていると、爺様は白湯を啜りながらポツポツと語る。
「最近の世の中は、異様だ。魔人が、平和を語る。平等を語る。美辞麗句に、馬鹿が騙される。奴らは、人の敵だ。それだというのに、奴らの嘘に騙される奴が出る」
「魔人が嘘を吐くのは、それが人類殲滅に役立つからだぜ。それを人類が信じちまうのは、人間みんな、バカだからさ」
「ハ。違いない。馬鹿の自覚を失った奴から、本当の馬鹿になっていく」
くつくつと爺様は笑う。俺は皮肉っぽい笑みを返しながら、手を動かし続ける。
そうして俺は武器を詰め終え、武器の木箱を抱えて立ち上がった。
最後に、聞く。
「爺様。敵の情報だけど」
「要らん。儂が斬るのは、お前の取りこぼしだ。儂が斬らねば村人が死ぬ。ならば、全て斬るのみよ」
「……マジで頼もしいよ。ありがとう、爺様」
俺の言葉に、爺様は目を瞑って手を挙げた。それに手を振り返して、俺は外に出る。
今思い出せる敵の情報を、整理すべきだろう。
奴らの戦力構成は三つだ。まずは大量の雑魚。確かコボルトだったはずだ。二足歩行の犬の魔物。素早いが、力は弱い。それを奴らは手懐け、使役する。
使役するのはインプ。小柄な悪魔だ。こいつはポジションとしては側近だが、ある意味今回の障害として、厄介な能力を持っている。
それは、精神汚染能力だ。
認識を、感覚を歪める。そうすると相手は、状況を誤認し、敵味方を間違える。敵を無警戒にしたり、敵を同士討ちさせたりに使える能力だ。
だから、俺は爺様に本格参戦を申し出なかった。爺様が敵に回ると難しい。インプを倒すまでは、基本的に一人で物事を進めるべきだ。
最後に敵軍の大将、鉄肌のオーク。
俺は唸る。
「……こいつは、ダメだな。技量とかの問題じゃない。今の俺じゃあ勝てない」
攻撃を何度入れることが出来ても、敵の防御力が上回ったらダメージが全く入らないのと同じだ。今の俺には、鉄肌のオークに対する有効打がない。
鉄肌のオークはその名の通りで、鉄の肌を持った鉄壁のオークだ。鉄を纏った拳や体当たりは重く、その全身の防御は固い。極めつけに、確かメチャクチャ速かった気がする。
朧気な記憶の中に、爺様とオークの一騎打ちがあった。オークは一瞬姿がブレるほどの速度でもって、爺様を圧倒した。爺様は最初何とか捌いていたが、寄る年波には勝てなかった。
「……クソ、嫌なこと思い出した」
鉄肌のオークの拳に、腹を貫かれる爺様の姿。俺はきっと苦み走った顔になって、この拳を握りしめている。
爺様が負けたのは、そうだ。オークがいたからだ。奴はとてもとてもシンプルに、強く、固く、速い。生物として、実力のない相手を寄せ付けない。
まとめると、敵の構成はこうだ。
強敵はインプとオーク。雑魚はコボルトたちがたくさん。
オーク以外は今の俺でも何とかなる。だが、オークだけはどうにもならない、といったところ。
となってくると、逆に分からなくなってくるのは二つだ。
「……何で俺とジーニャは生き残った?」
魔族は人に情けを掛けない。見つかればまず間違いなく殺される。爺様の戦いの記憶がある以上、俺はきっと隠れていなかった。ならば、爺様の次に殺されていてしかるべきだ。
だが、そうならなかった。その理由は何だ。
そこで、激しい頭痛が走る。
「うっ、ぐっ、が……」
自室のベッドの上で考えていた俺は、余りの痛みにベッドに倒れ込んだ。思考を皮切りに、フラッシュバックが起こる。かつての忌まわしい記憶が、蘇ってくる。
去来したのは、剣を振るうジーニャの姿だった。
「そう、だ」
俺は思い出す。ジーニャ。彼女に何があったのかを。今のたどたどしくも素直な態度が何故鳴りを潜めたのかを。ろくに会話もせず、ジーニャが笑わなくなったのかを。
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