第7話 お菓子袋を腰に下げて、去来

 鼻歌を歌いながら、ジーニャは小麦粉の分量を量っていた。


「ふんふふんふふーん。真っ白い~お粉は~、大切な~、友達~」


「危ない歌を歌うな」


「あっ! ご、ごめんねナイトくんっ! レシピよりも粉が一粒多く入っちゃった……!」


「粉を粒単位で量ろうとする奴初めて見た」


 こいつ精密なことなら大丈夫だな、と思いながら、俺は粉を受け取って、諸々の具材を入れて混ぜ始める。


「……ここから私、見てるだけ?」


「そうだ。じっとしてるのも立派な仕事だぞ」


「あ、本当に見てるだけの時に言われるセリフだ……。余計なことするなっていう意味のフォローだ……」


 俺はヘラでぐりぐり具材を混ぜ混ぜしていく。その様子を見ながら、ジーニャは「ねぇ、ナイトくん」と呼ぶ。


「ん? どした」


「……ナイトくんって、お菓子作れるんだね。初めて知ったよ」


「ん!? ……あー、まぁまぁ。実はな。かくし芸的な奴な」


 俺がお菓子づくり出来るようになったのって未来の事だっけ? その辺りの整合性全然分かんないわ。どうしよう。


 仕方ないので、俺は話を逸らす。


「にしても、ジーニャも家事はいつか出来るようになんないとな。嫁に行くとき困るぞ」


「あぁ……えへへ、いや、別に私は、どうせ生涯独身だから……」


「いや、俺が嫁に貰うときに困るから出来るようになっといて、って言ってる」


「!??!!??!??!?!??!??」


 顔を真っ赤にして俺を見るジーニャだ。その顔がだいぶ面白くて、俺は吹き出してしまう。


「ハハハッ! ジーニャ、お前すごい顔だぞ」


「だっ、だだだだっ、だって! だってだってだって! なっ、ナイト、ナイトくんが意地悪言うからっ!」


「意地悪は言ってなくね?」


「だっ、だって! そ、その冗談はひどいよっ!」


「冗談も言ってないが」


「だっ、だから、それっ!」


 ジーニャは激おこぷんぷん丸で俺を非難する。俺は肩を竦めて、「混ぜ終わったぞ」と報告した。


「んで型に移して焼く……と。石窯もいい感じだな。ジーニャは危ないから離れてろよ」


「う、ううう、ナイトくんの意地悪ぅ……!」


 ジーニャは抗議のつもりなのか腕をブンブン振っている。俺はジーニャの両頬を挟んでからかってから「これ終わったら焼き上がるまで休憩だな」と言った。






 焼き上がったクッキーを袋に詰め、俺たちは昼下がりの村を歩き始めた。


「今日は天気がいいな」


「そうだねぇ」


 ゆっくりと歩きながら、ぼんやりとした会話を交わす。


 のどかな時間だ、と思う。本当に、のどかな時間だ。許されるなら、ずっと続けばいいのにと祈ってしまうほどに。


 俺は歩きながら思う。


 先ほどの話ではないが、ともすればジーニャと結婚して、のんびりと生きていく未来もあったのだろうか、と。


「……」


 想像して、少し笑う。ジーニャはちょっと足りないところがあるが、可愛いし、面白い奴だ。この村から出ずにのどかな生涯を送れるならば、それ以上のことはない。


 だが、そうはならない。魔王軍は人類を的確に滅ぼすが故に。


 だから俺は、歩きながら、記憶の残滓を探している。記憶の中のジーニャと、今のジーニャが何故こうも異なっているか。俺がこの村のことをちゃんと思い出せないのは何故か。


 頭痛。何か良くないことが起こる。それはハッキリと分かっていた。だから、潰す。魔族は一人残らず殺す。惨たらしく、滅ぼしてくれる。


「……ナイト、くん? 何だか、怖い顔だよ……?」


「ん、そうか?」


 表情を緩める。ジーニャが「あ、あの、ごめんねっ? 私、その、分からないけど」と勝手に謝り始めたのを、「ジーニャの所為じゃないからクッキーでも食っとけ」と詰め込む。


 そこで、頭痛がひどくなるような声を聞いた。


「ええ、ええ! ですから、是非是非ご協力をお願いしたいといいますか」


「そ、そうは言いますが、そこの森は魔獣が出て本当に危険で……」


「そんなものは、専門家に委託してしまえばいいのです! その専門家も派遣いたします! 子供たちに銃を握らせるなど野蛮もいいところ!」


 ひどく小柄で、いびつなシルエットの男が饒舌に語る。


「我々の活動、『平和の使者』は、未来の平和につながります! 是非ご一考を!」


「ご一考を……」


 町役場の近くで村長を捕まえて、何かを熱弁する二人。俺はその二人を見て、血が凍るような感覚を抱いた。


「見つけた」


 俺は、小さく小さく、憎悪の中に呟いた。


「な、ナイト、くん?」


「ちょっと隠れるぞ。静かにな」


「えぇっ?」


 俺たちは揃って物陰に隠れる。村長に話しかける二人を観察する。


 その二人は、異様な雰囲気を纏っていた。一人はとても小柄で、もう一人はひどく大柄だ。まるで小さな悪魔と大柄のオークのような二人組。


 違う。奴らは、本当にそうなのだ。小さな悪魔。特殊なオーク。それが、人間に化けている。


「ああ、ああ、思い出した。思い出してきたぞ。お前らだな。お前らが、この村を


 脳裏に浮かぶ、炎上のイメージ。家々が燃え上がり、屍を晒す。村の誰も彼もが殺される。


 その屍の山の頂点に立っているのが、お前らだ。悪魔とオーク。人に化けた、狡猾な魔族ども。


 だが、そこで違和感を覚える。


「……まだ、全てを思い出せたわけじゃない」


 俺は分からない点を思い浮かべる。


 奴らは魔族だ。脅威だ。この村は武装しているが、魔族たちのに、奴らの嘘に武装を解く。その時、奴らは満を持して襲い掛かってくる。


 そこまではいい。しかし、分からないことは三つ。


 何故最初の一回で、俺は生き残った? ジーニャは生き残った?


 何故その時、絶対に武装を解かないであろう爺様が殺された?


「……思い出すことは、残ってる」


 いずれにせよ、時間はない。村長はおそらく魔族の魔術によって陥落し、この村の武装は近日中に解かれる。


 その時までに、準備を済ませなければ。俺はその場を立ち去りながら、クッキーを一齧りした。


 腕が鳴るぜ、クソ魔族が。

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