第6話 爺様の直感


 剣術訓練場は広い。


 何もない、だだっ広い土のみの広場。そこで俺は、爺様と対峙していた。


 ギャラリーはジーニャだけだ。今もキラキラした目で俺を見つめている。


 一方、爺様は厳しい目で言った。


「ナイト、お前何があった」


「何って?」


「昨日までと、明らかに様子が違う……。魔に、憑かれたか」


 それを聞いて、俺は思わず鼻で笑ってしまった。


「ハッ。……爺様。俺は魔族にどうかされるくらいなら首掻っ切って死んでやる」


「……その、憎悪。今までのナイトには、無いものだ。お前は……」


 爺様はいぶかしみながらも、木刀を構えた。俺はそれに、相対する。


「木刀のみで、やる。魔法は、使うな」


「はい、師匠」


「よし」


 それが、開戦の合図だった。


 爺様は一瞬で俺に肉薄した。流石の迫力だ。当時は絶対に敵わないと思っていた。


 だが、俺とて今朝までは勇者。魔族にとっての絶望と恐怖の権化だ。こんなところで負けられない。


 打ち合う。鍔迫り合い。流石、腕力は大人の爺様のが上だ。


 けれど、経験の質が違う。俺は、息を抜いた。


 爺様の剣を。歩法で爺様の至近距離を縫って歩く。斜め背後。隙。俺は息を吐く。


「シッ!」


「ぬぅんっ!」


 俺の突きを、しかし爺様は木刀で受け、跳ね上げた。俺は思わず木刀を弾かれかけるが、寸でのところで持ち直して距離を取る。


「フー……」


「……」


 睨み合い。流石爺様、子供時代の俺の師匠だ。強い。筋力差でハンデがある状態では、簡単には勝ちきれない。


 だが、確信した。技量だけなら、俺のが上だ。伊達に魔族を皆殺しにしていない。俺が強くなるというのは、魔法、武器、肉体。それだけを考えればいい。


 俺はさらに低く息を落とす。体が劣るなら、それ故の利点を生かせ。体の小ささはハンデであり強みだ。俺は体勢を低くし―――


「やめだ」


 爺様が、言った。


「ナイト。お前、本当に何があった。その剣筋、歩法、そして殺気。お前のそれは、子供のものではない」


「……」


 俺は剣を下ろす。それから、悩んだ。言ってしまうか、否か。


 今まではどうだった。俺は一人で決断し、一人で修業し、戻ってきた時、俺はもう一人でなくなることはできなくなっていた。孤独が孤独を呼び、戻れなくなった。


 口を、開く。


「夢魔法で、未来の夢を見た」


「―――……!」


 その一言で、爺様は多くを理解したようだった。目を剥き、それから深く頷いた。


「何かあれば、言え。力になる」


「……! ありがとう、爺様」


「儂は、他のガキどもの訓練に戻る」


 爺様は踵を返して、颯爽と去って行った。一方で、やり取りを見ていたジーニャが駆け寄ってくる。


「すっ、すごいっ! すごすぎるよっ、ナイトくん! いまっ、今ッ! 師匠に、おじいちゃんに勝っちゃった!」


「勝ってないって。引き分けだったろ」


「それでもすごいっ! すごいすごいすごいっ!」


 ジーニャは目をキラキラさせて俺を見上げてくる。


「特に、今の歩法だよ! あんな風に敵の攻撃を躱せるんだねっ! おじいちゃんすごいやりにくそうだった! 隙を突かれて反応したおじいちゃんもすごいけど、それは身体能力の差だし、やっぱりナイトくんのほうがすごかった!」


「何か戦闘分析の解像度メチャクチャ高くないか?」


「え?」


「ああいや、……ジーニャ、良い目してるよ」


「え、あ、そ、そう、かな……? えへへ、ナイトくんに褒められると、ソワソワしちゃうね。私なんかを褒めても、何もいいことないよ?」


「自虐スイッチ入れるのやめろ」






 俺とジーニャの二人だけ、早々に訓練が終わってしまったので、家に帰ってゆっくりすることにした。


「今日は親の手伝いもないしなぁ~」


「収穫終わっちゃったしねぇ」


 しいて言うなら、田が固くなりすぎないように少し耕すくらいだ。親が暇つぶしに少しやれば事足りる。


 ということで、今俺たちは暇だった。


 二人揃って、ソファの上をゴロゴロするくらいしかやることがない。


「訓練でもう少し暇が潰れる想定だったが……」


「ナイトくん大活躍してたからね。ふふ」


「べ、別にジーニャを励まそうとしたんじゃないんだからねっ」


「ナイトくん、ツンデレは私に効くからやめて」


「効くのか……」


 キモいとか言われるつもりだったのに、ジーニャ相手だと刺さることが多いの笑う。


「……」


「……」


 そして無言である。今更無言で困る間柄ではないが。悪夢から覚めた直後ならともかく、お互いの呼吸を掴んだ今はなおさらだ。


 しかし俺の想像とは異なって、ジーニャは立ち上がり言った。


「なっ、ナイトくんのためにお菓子を作りたいと思います!」


「考え直せ」


「ひどいっ!」


 俺は胡乱な顔でジーニャを見る。


「だってジーニャ、家事出来ないじゃん……。今から家を燃やしますって言われて、やめろって言わない奴いるか?」


「私のお菓子作りは放火と同じカテゴライズなの……?」


 ジーニャ不器用だからなぁ……。性格は自分に対して細かすぎるくらい細かいから、正確な分量を取り出すのはできるんだけど、いかんせん手を滑らせる。火は使わせられない。


 あ、でも逆に言えばそれは任せられるのか。


「……じゃあいっそ一緒に作るか?」


「っ! うんっ」


 ジーニャは健気に笑う。俺たちは立ち上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る