第5話 村の訓練
クソガキの内の一人が、悶絶から立ち直ってこう言った。
「クソッ! 覚えてろよ!」
俺は爆笑した。
「アッハハハハハ! おぼっ、覚えてろよっ! 覚えてろよっ!? えーお前いいなぁ! 俺も一生に一度言ってみたいよ『覚えてろよ!』いいなー!」
「ふざけんな! マジで! マジで覚えてろよ! クソっ!」
クソガキは他二人を健気に担いで、よいしょよいしょと歩き去って行った。良い奴だなぁ、と俺は遠い目で見守る。人間って良いな。何しても愛しく見える。
俺は「達者でなー!」と見送ってからジーニャに向き直ると、ジーニャは目をキラキラさせて俺を見つめていた。
「な、ナイトくん、す、すごい……っ!」
「え?」
ジーニャは興奮して、鼻息荒く俺に近寄ってくる。
「すごい、すごい……っ! い、今の、どうやったの? 動きが全部コンパクトで、無駄がなくて! まるで未来が見えてるみたいだったよ!?」
「……ジーニャお前すごいな」
「え?」
まるでも何も、未来を予知する夢が俺の魔法だ。ドンピシャである。だがそれを看破したのは、悪夢の未来でも魔王くらいのものだった。
やはり、と思う。ただのコミュ障のように見えていたが、やはりジーニャには何かある。だが、昔のこと過ぎて記憶が曖昧だ。もう少し何かあれば、思い出せる気がするが。
とはいえジーニャに褒められたのなんか、この十年の悪夢の未来ではほとんどなかったので、俺は今の内に勝ち誇っておく。
「ま、このくらいは朝飯前ってな」
「流石ナイトくん! 本当にすごいよ! ……それに比べて私は……」
「この話やめようか」
すぐ自虐スイッチ入るじゃん。もう少し褒めてからにしろ。
しかし、と俺は思い出す。村の訓練。そんなものもあったな、というか。
「ジーニャ、村の訓練って今日もあるよな?」
「私がナイトくんの幼馴染なんてふさわしくないよね……。私に相応しいのって何だろ……? 虫とか……? どんな虫が」
「ジーニャ~、戻ってこーい」
「あばばばばば。ハッ! 私のミノは」
「ミノムシになるな。お前は人間だ」
ジーニャは我に返って、俺をパチパチと見つめている。
「ナイトくん……? 人間様が私を見ている……」
「ジーニャ、今日って村の訓練あるよな?」
「え、う、うん。あると思うよ?」
「よし」
会話が大変! あのクソガキ三人は間違いなくジーニャの顔の良さに騙されてるな……。ジーニャ係とかいてもおかしくない大変さだぞ。
……あ、俺がそうか。ジーニャ係は俺か。
「……」
「え、な、何? ナイトくん。きょ、今日何か、私のことじっと見つめること多いような……?」
「いや、ジーニャは可愛いなと思ってな。ハハハ」
「棒読み! 可愛いって言っておけばいいと思ってるでしょ!」
「違うのか?」
「……違わないです。とっても嬉しいです……」
ジーニャは俯いて顔を赤くした。チョロいわ。
俺は散歩がてら、記憶の中の訓練場へと向かって行く。ジーニャはぎこちない動きでついてきながら、チラチラと俺の顔を赤面気味に見つめてくる。
「……何か今日のナイトくん、いつもと雰囲気違う……。いつもより大人っていうか」
「イケメンになったろ」
「えっ、あ、う、うん……!」
「気を遣われた方が辛いこともあるんだぞ?」
目をそらされながら「そうだねイケメンだね」の方が辛いよ俺は。
そう言うと、ジーニャは「う、ううんっ! そうじゃなくて、その」とさらに顔を赤く俯いた。
「ほ、本当に今日、格好良くて、……困る……」
俺は暴れた。
「お前のが可愛いじゃねぇーかコノヤロー!」
「キャアアアアアアア!?」
もみくちゃに可愛がってやったさ。
それから訓練場でいくらか時間を潰していると、村の爺様が現れた。記憶に色濃い、昔凄腕の騎士だったという爺様だ。
今はしわくちゃだが、貫禄は今でも現役と言ったところ。腕はガキの俺よりもよほど太い。
周囲には、村の子供たちが集まっている。大体が十歳から十五、六。俺たちくらいの年頃だ。先ほどのクソガキ三人も居て、俺を睨みつけている。
「今日の訓練を始める……」
爺様は皮袋を地面に落とした。それから、二つのものを取り出す。
拳銃と、弾丸。
爺様は言う。
「訓練を怠るなよ、ガキども。剣、魔法、そして銃……。この三つで、人間という猿は魔獣に並ぶ」
『はい、師匠』
子供たちの声が揃う。訓練が行き届いている証だ。
「よし……。ではまず、射撃訓練だ」
少年少女らはそれぞれ銃と弾丸を手に取り、台についた。視線の先には爺様お手製の的が並んでいる。
―――この村では、こういう、戦闘訓練を施していた。
近くの森が、魔獣の住処だったのだという。だから、もし森に迷い込んでも、あるいは魔獣が村に迷い込んでも対処できるように、村人全員に心得があった。
とはいえ、例外はある。
「ジーニャ、お前は見学だ」
「はい、師匠」
ジーニャはいつものように、一人片隅に座った。
それに、他の女子がクスクスと笑う。ジーニャは居心地悪そうに、卑屈な笑いを浮かべるだけだ。
理由は単純で、ジーニャは銃の扱いが迂闊なのだ。想像を絶するほど才能がない。一度暴発して人を撃ちかけて以来、銃の訓練は見学だった。
他にも、魔法は加護がないから見学。剣も他の女子同様に見学、と言う扱いだった。仕方ないが、何ともやるせない。特に、閉じた環境の子供と思うと。
だから俺は、ジーニャに声をかける。
「ジーニャ、見てろ。これからすごいもん見せてやるよ」
「え……?」
俺がそう言ってニンマリ笑うと、ジーニャは目を大きくキョトンとした。周囲の男子たちは「あ?」と抜け駆けを見咎め、女子たちは「何……?」と嫌な目をジーニャに向ける。
「おい、ナイト……。無駄口をたたくな」
「すいません、師匠。始めてもいいですか?」
「……始めろ」
俺は許可を貰って、眼前に並ぶ六つの的に向けて銃を構えた。
小さく呟く。
「狭い村だ。早いところ、広いところに出たいよな」
狙いを定める。手には鉄の重み。これがあるだけで、俺は少し安心する。
「―――ッ」
俺は、息を止めた。
連射。一秒に満たない六発。リボルバーの撃鉄を左手で素早く落としては撃つ。
チ、ズレた。最後の一発。的の中心点の僅かに右。俺は夢魔法を発動させる。
「ナップ」
俺は予知夢から目覚める。すでに五発撃った、ちょうど最後の一発。俺は狙いを精密に左に修正して、引き金を引いた。
全ての的に連続する、衝撃音。
数秒確認し、俺は拳銃を台におく。
「全弾、ドンピシャだ」
『――――ッ!』
その場の全員が息をのむ。すべての弾が、的の中心に痕を残していた。
「は、はぁ!? な、ナイトお前、い、今のどうやって」「すっごーい! ナイト! いつの間にこんなに射撃上手くなったの!?」「え、今何発撃ったんだ? 全然分かんなかった」
俺に群がるガキんちょたちに「ふはははは、俺は神だ」と調子に乗ってから、ジーニャに「どうよ」と笑いかけた。
ジーニャは目をキラキラさせて、首が取れるんじゃないかってくらい縦に振っている。機嫌が直ってよかった。
そう思っていると、ぬっと爺様が俺に近寄ってくる。
「ナイト。次は儂と訓練だ。木刀はあるな……」
「え? ……はい、師匠」
「おい、ここの監視はお前がしろ……」
「はい」
爺様は補助の大人に子供の監視を託し、俺を剣術訓練場に連れて行く。ジーニャが慌てていたので、俺はこっそりと手招きした。
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