第4話 夢魔法
十年前の事。教会で魔法印を授かった直後。つまりは、一度目の今。
俺は当時、いじめられていた。理由は授かった魔法だ。夢魔法。かなり珍しい魔法で、そういう魔法は適切な使い道が分かるまではバカにされやすい。
「おい! 何とか言えよ、居眠り魔法! それとも寝ちまったか!? ハハハッ!」
クソガキ三人は俺に絡みながら、バカにして笑っている。ジーニャは俺の後ろに隠れ、プルプルと震えている。
俺は今ってどんな感じだったかな、と思いだそうとしながら、肩を竦めて返した。
「まぁまぁ、そうからかってくれるなよ。むしろ慰めてくれたって良いだろ? 村の仲間が変な魔法授かって落ち込んでるんだ」
「は? お前昨日、『夢魔法はメチャクチャ強いんだぞ! すぐに吠え面かかせてやるからな!』って大口叩いてただろうが!」
「そんなこと言ってたの俺?」
十年前の俺ガキんちょだなぁ。このくらい受け流せよ。
とはいえ俺は悪夢の未来であまりに孤独だったものだから、こんなやり取りさえちょっと楽しかったりする。人間と話せるって最高。魔族は死ね。
「えー……まぁじゃあ、そんな感じ……?」
「どんな感じだよ。つーか降参するってんならさっさと加護なしとイチャつくのやめろよ! 目障りなんだよ!」
「そうだそうだ! 魔法印が定着しない奴なんかと仲良くすんな!」
腰の木刀を抜き放って、俺たちに剣先を向けるクソガキ。俺は首を傾げ、俺の背後のジーニャに目を向け、もう一度クソガキたちに目を向ける。
「……お前らジーニャのこと好きなの?」
「ぶっ」「はぁっ?」「お、おまっ、お前!」
クソガキ三人は揃って顔を赤くし、俺のことを激しく睨んでくる。
「て、テメッ! ナイト! お前ふざけたこと言ってんじゃねーぞバーカバーカ!」「そっ、そうだ! 誰が加護なし泣き虫のことなんて!」「そいつブスじゃねーかブースブース!」
「うっわゴメン少年の繊細な心に触れてしまった……。これは俺が悪いわ」
申し訳ない限りだ。が、それはそれとして、とジーニャを見る。
ジーニャは顔を暗くして引きつり笑いで言った。
「そ、そうだよ、ナイトくん。わ、私のことを好きな人なんて、この世のどこにもいないよ……ブスだし……」
「卑屈が過ぎる」
俺はジーニャの両頬を手で挟んで、ムニムニと遊ぶ。
「ジーニャお前美少女なんだから自信持てって~。あとお前ら! 女の子にブスとか言っちゃダメだぞ。これは女の子に限らないけど、とりあえず森羅万象を褒めとけ」
「私は森羅万象だった……?」
ジーニャが、宇宙を目の当たりにした猫のような顔で俺を見ている。俺はそれを無視して、ジーニャからクソガキたちに向き直った。
「でもまぁアレだな。目的がジーニャとなれば、黙ってられないな」
俺は片足を前に出して、アゴを下げて密かに臨戦態勢に入る。構えなき構え。だが、いつでも戦える。そういう姿勢だ。
「俺は大切なものを、もう二度と手放さないって決めたんでね。ムカつくなら、掛かってこいよ。軽く叩きのめしてやる」
指でチョイチョイと挑発すると、クソガキ三人は「上等だ! 居眠り魔法が!」「痛い目合わせてやる!」とそれぞれ木刀を持って近づいてくる。
木刀。村の訓練で使われる奴か。俺は……持ってくるの忘れたな。そういやそんなのあったわ、という感じ。不利だが、まぁやれなくはないだろう。
俺はジーニャに離れるように視線を送り、一歩前に出る。三対一。敵は武器アリ。俺はなし。「な、ナイトくん? あ、危ないよ? 怪我、しちゃうよ?」とジーニャは言う。
「そうだぜ、ナイト! しかもお前は居眠り魔法! こっちは火、水、風だ! お前に勝ち目はねぇんだよ!」
「居眠り居眠りうるせぇな。居眠り魔法だって実は強いかもしれないだろ?」
「強いもんかよ! 昨日魔法使ったら、一瞬で眠って倒れてただろうが!」
「あれは笑ったぜ! ハハハッ!」
俺は段々と思い出す。そうか。昨日か、魔法を授かったの。
そう。夢魔法はその名の通り、夢にまつわる魔法が多い。それだけ聞くと、到底戦闘向きの魔法ではない。
特に夢魔法の最初の魔法は、傍から見ると瞬時に眠るだけの魔法だ。不眠症でもない限り「何の役に立つの?」というような魔法。
といっても、それは使い方が分からず、使い慣れていない時だけだ。使いこなせば、最初の魔法の中でも無類の強さを誇る自信がある。
だから俺は、ニンマリ笑って言った。
「御託はそろそろいいだろ。来いよ。遊んでやる」
「―――後悔しても知らねぇぞ! スピードウィンド!」
三人の内、一人が飛び出した。木刀を振りかぶりながら、一瞬で俺の目の前に詰めてくる。風魔法での加速。それに俺は、反応できない。
「一撃だッ!」
迫る木刀。確かに速い。俺はそれを、避けられないな、と笑いながら、呟いた。
「ナップ」
一秒先の予知夢から俺は目覚める。
「―――ぇぞ! スピードウィンド!」
風魔法で加速してくるクソガキに合わせて、俺は拳を振りかぶった。直撃。俺の拳はクソガキのアゴを横から打ち抜き、クソガキの脳を揺らす。
「ぁ……?」
「木刀、借りるぜ」
俺は気絶するクソガキを地面に寝かせ、その手から木刀を取り上げた。それから残る二人を見る。
残る二人のクソガキたちは、一瞬で決着のついた俺たちのやり取りに呆然としていた。魔法を放とうとした、右手を前に突き出す体勢のまま、「え……?」と困惑している。
―――そう。夢魔法、第一の魔法は、『一秒先の予知夢』を見る『ナップ』という魔法だ。どんな時でも瞬時に俺は眠って予知夢を見る。
ここでのコツは、『魔法発動直後に目覚めなければならない』というものだ。
目覚める気のない『ナップ』はそのまま速やかな入眠と化し、気付けば得たはずの一秒先の未来の情報も過去に過ぎ去っていく。
クソガキの語った昨日の俺はそういうことだ。予知夢を見たが、そのまま寝入ってしまったのである。
しかし、使いこなせれば、これほど優れた第一の魔法もない。特に、俺のような戦い慣れた人間にとっては。
「どうした? もうやめるか?」
俺は木刀を肩に担ぎながら問う。二人はハッとして、俺を睨みつけた。
「ぐ、偶然だ!」「そうだ! たまたまうまく行ったんだ!」
「何だよ。あんまり手荒なことはしたくないんだが」
「うるせぇ! ファイアボール!」「ウォータースピア!」
二つの魔法が俺目掛けて飛んでくる。火の玉と水の槍。俺は振り返り、ジーニャの距離感を把握してから呟いた。
「ナップ」
予知夢から目覚める。二人は俺の言葉に言い返すところだ。
「うるせぇ! ファイ―――」
言い切る前に、俺は駆け出した。
「ッ!? ファイアボール!」「ウォータースピア!」
駆け出した俺に狙いを合わせ直してから、二人は魔法を放った。うん。良い角度だ。
俺は魔法がぶつかる寸前で、スライディングで魔法を回避した。火の玉と水の槍は相殺され、その余波もジーニャに届かずに霧散する。
「なぁッ! 相殺された!?」
「ぐ、偶然だ! 偶然に決まって―――」
肉薄。俺は木刀を振りかぶりながら、忠告した。
「戦闘中に余計なこと話すの、悪手だからやめとけ?」
下段。木刀をフェイントに、俺は足払いで二人を転ばせた。その内の一人のみぞおちに木刀の柄を深く差し込み悶絶させる。
「うぐぅっ、ぁあ、うぅぅぅぅう……!」
「これで二人目。次でラストだ」
「まっ、負けるかぁッ!」
慌てて起き上がり、破れかぶれに木刀を振るう最後の一人。俺は魔法を使うまでもない、とさらに一歩前に出て、クソガキの懐にもぐりこむ。
「ッ!?」
「楽しい遊びだったな」
俺は至近距離から足をかけ、クソガキの顔面を平手で押さえこみ、地面に押し倒し制圧した。柔らかい地面を狙ったが、気絶相当の衝撃だったろう。クソガキは静かになる。
そして俺は、クソガキ三人に勝利した。
「わ……」
呆然とジーニャが俺を見つめている。俺は倒れる一人に放りながら「返すぜ」と言った。
パンパン、と手をはたいて、「こんなもんか」と呟く。とりあえず、戦闘における勘所は、失っていないようだった。
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