第3話 勇者たちのすべきこと

 魔王軍を滅ぼすために必要なのは、第一に俺自身の強さ。第二に魔王軍の情報だ。


 魔王軍の魔人は、強大だ。悪夢の未来でこそ俺が優勢だったが、それは俺が強くなりすぎただけのこと。


 今の、魔法一つしか使えない魔法印では、下級魔人にすら手も足も出ないだろう。奴らは侮るべきではない。狡猾で、残忍で、基本的に人間よりも強いのだ。


 だがそれは、強くなればいいだけの話。強くなるための方法は知っている。悪夢の未来のやり方をなぞれば、最速で強くなれるはずだ。


「あ、あの、あのあのあの、ナイト、くん? そ、そろそろ放して……?」


「おっと、ごめんな」


 俺は膝に確保してずっと撫でていたジーニャを解放する。ジーニャは顔を真っ赤にして、俺の撫でていた頭頂部に手を当て、しかし俺から離れることなく隣に椅子に座った。


「今日のナイトくん、いつもと違う……。優しすぎる……」


「今のやりとり優しいで済ますのか」


 だいぶ距離感無視してしまってちょっと不安だったのだが、許容範囲らしい。思ったよりもずっとチョロい可能性が出てきた。


 俺はかつてのジーニャの姿を思い出す。無表情で、どんな武器でも自在に使い、体一つで敵を圧倒し続けた奇跡の勇者、ジーニャ・スレイン。


 俺は目の前の幼馴染を見る。長い前髪の隙間から、自信のなさげな垂れ眉垂れ目で俺を見つめ、俺の視線に負けて恥ずかしそうに目を逸らす少女、ジーニャ・スレイン。


 ……あの記憶だけは夢だったかもしれんな……別人と間違えたか……?


 俺は首を傾げつつ、思考を続ける。


 次に必要なのは、魔王軍の情報を得ることだ。そしてそういった情報は、集めるのではなく勝手に入ってくる環境に身を置くのがいい。


 真っ先に案に上がるのは、騎士団への入団だ。悪夢の未来では一時期所属していた。どういった経緯で入団したのかは記憶があやふやだが、情報が入ってきたのは確かだ。


 しかし、ふぅむ。騎士団への入団ってどうやるんだったっけ? 気づいたらジーニャと一緒に所属していた気がする。全然覚えてない。流れに身を任せただけか。


 俺がそう唸っていると「あの……?」とジーニャが話しかけてくる。


「ナイトくん、何か悩んでる? わ、私で良ければ、その、そ、そそ、相談相手に、ごめんなさい何でもないですっ!」


「手の平返しの速度よ」


 差し伸べた手を一瞬で引っ込めるじゃんびっくりした。


 俺はためつすがめつジーニャを眺め、今現在はマジでただのコミュ障幼馴染なんだなぁと思う。このやり取りで顔を真っ青にしてブツブツ自分の世界で自省してる辺り、役満だ。


「ま、またやっちゃった……。私、私なんかに相談したい人なんていないのに。調子乗ってごめんなさい……私ごときが相談に乗るなんて傲慢でした。ごめんなさい……」


「卑屈すぎる……」


 俺はジーニャの前で手を振って、「おーい起きろー。目を覚ませー」と声をかける。ジーニャは我に返り、怯えた顔で俺を見た。


「あっ、ご、ごめんなさいっ! 調子乗ってごめんなさい。無視しないで……」


「しないしない。いや、何を考えてたのかって言うとさ。騎士団ってどうやって入るんだっけ? って」


「……騎士団?」


 奇妙なものを聞いた、という顔で、ジーニャは首を傾げる。


「ナイトくん、騎士団に入りたいの……? 騎士団なんていう、陽キャと意識高い系の巣窟に……?」


「偏見がすごい」


 人間一皮むけば動物だぞ、みたいな話はさておいて。


「ほら、帝都の討魔騎士団とかさ。すごい人いるじゃん。えーっと……?」


 ダメだ。十年前の英雄の名前とか覚えてねぇ。と困っていると、ジーニャが言った。


「ドラゴンを単身で倒した反射魔法の騎士団長さんとか……? 他には、どんなピンチでも無傷で帰ってくる確率魔法の副団長さんとか……」


「あーそうそう! その人その人! あの人たちはすごかった!」


 強かったんだよな。ちゃんと強かった。でも最終的にその力を人間に向けちゃったのがね。強くとも魔族の手の平の上だったのが何より痛かった。


「で、その騎士団への入り方は……」


「う……分かりません、ごめんなさい……」


「……だよなぁ」


 まぁ知ってる方が不自然か、と思っていると、ジーニャが暴走し始めた。


「う、うぅぅぅぅうう! せ、折角ナイトくんが頼ってくれたのに! 私の、私の役立たずぅぅぅううううっ!」


「待て待て待て待て。そのスプーンで何をするつもりだ」


 スプーンを逆手に持つな。切腹の体勢を取るな。


 気が動転してスプーンで腹を斬ろうとしたジーニャを宥め、俺は「ふぅむ」と考える。


「ま、今は考えても仕方ないことか」


 前回は流れで入れたのだ。恐らく今回も近い流れになる。細かいことはおいおい思い出して行けばいい。


 そう割り切って、俺はジーニャが手を付けなくなったスープを飲み干した。「あっ、か、間接キ……」と顔を赤くするジーニャに、声をかける。


「せっかくの朝だし、ちょっと散歩しようぜ」


「え、あ、うん。わ、分かった」


 俺とジーニャは上着を羽織って、家を出る。


 外に出ると、冷たく清涼な風が吹いた。のどかな村の、ひんやりとした空気。深呼吸をして、うまい、と思う。空気が、うまい。


 ジーニャを連れて歩くと、段々朧気だった生まれ故郷の解像度が上がっていくのを感じられた。森の傍の道を踏みしめ、川のせせらぎを聞き。そうそう、こんなだった、と思う。


 会話を交わさずゆっくりと歩くと、俺もジーニャも、何となく落ち着きを取り戻した。何が悪いって、俺が悪夢から覚めてハイテンションだったのが悪いのだが。


 そうしていると、不意に声をかけられた。同い年くらいの、男子たちの声。


「おいおい! 居眠り魔法と加護なし泣き虫が、朝っぱらからイチャついてるぜ!」


 見るといかにもクソガキといった風情の男子三人が、ニヤニヤと俺たちに近づいてくる。


 俺は半笑いで奴らを見ながら、「こんな奴らも居たなぁ」と呟いた。

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