第4話 告白と雨模様


 驚いた。ホントのほんとうに驚いた。

 先程、あんな悪態ついたはずなのに、いるはずないんだ。これは夢なんだ。きっとまだ夢を見ているんだ。

 頬をぐねっと抓る。ピリピリ、ジンジンと痛みが出てくる。

 痛みでようやく実感する。あぁ、どうやら現実みたいだ。


 「なんでここにいるの?」

 

 俺の隣で、体育座りしている彼女に、そう投げかけると首を傾げて微笑む。

 

 「なんでって? あんな逃げられ方されたら気になるし、結構探したんだよ」

 「ごめん、色々と……」

 「謝らないでよ、私もちょっと距離感おかしくなってたから」

 

 頭を掻きながら首を傾げ、笑顔の彼女を見ると心にチクッと刺される感覚。なんであれだけ拒絶した俺の事をどうして……。

 少し言いづらそうにあのさ、と彼女がこちらを向きながら、

 

 「なんで、逃げたの? もし差し支えなかったら教えて欲しいな」

「…………」


 俺は言うべきなのか。言ってしまっていいのか。言ったら笑われるかもしれない。誰かは知らない、彼女本人には見えない遠い存在だからこそあの評価をしてくれた訳だろうし、目の前の取り柄も何も無い、陰のような俺だと分かった時点で、きっと。だったら、隠した方がいいのだろう。

 でも、ここまで近づいてくれる彼女の事を、言葉を、思いを無下にしてもいいのだろうかと。あんなにキラキラして話してくれる彼女に対して失礼なんじゃないかって。話してもいいんじゃないかと。頭の中で葛藤する。頭の中がぐっちゃぐっちゃになって、ほんの一瞬、考えぬいた末に……。


「やっぱり、ダメかぁ……。そうだよね、ちょっと近づきすぎたね、ごめんね」

 

 そう言いながら立ち上がる彼女の右手首を気づいた時には掴んでしまっていた。俺は気づいたら絞り出すように声を出していた。


「れなんだ……」

「えっ? なに?」

「俺なんだ……、ムメイって名前の投稿者」

「えっ……?」


 何に驚いたか、口を左手で覆い隠す。あぁ……。後悔が頭をよぎる。言わなきゃ良かった。ほら、そんな予想通りの展開だ。。今からでも、掴んでしまった手首を離そうかと力を抜こうとした。

 だけれど、すり落ちそうな手を握り返された。ギュッと、手の温かさを感じるくらい握られて、俺はドキッとしてしまった。頭の中では、どうしてこうなった? とパニックが押し寄せてくる。


「えっ? それって本当なの!?」


 彼女は驚くくらい食い気味で、俺は思わず怯んでしまった。スーッと深呼吸をし、頭の中に酸素を回して回答に応える。

 

「俺が嘘つく理由ってあると思う?」

「ううん、ないかな!」

「だから、弦深さんがあんなに熱意持って話してくれてどうしていいか分からなくて、それで……逃げた。LINEも返答の仕方もすごい困ったしどうにかなりそうだった。だから、嘘ついてごめん。。その平穏が崩れそうで……」


 そう言った時点で、彼女は俯いてぷるぷると震えていた。


「どうしたの?」

「私は怒ってる」


 彼女が発した声は、怒気を含んでいた。俺って何か怒らせるようなことしたのかと、額から、握られている掌から汗がぶわっと溢れてくる。だが、俺だけで思っていても仕方ない。だから、おそるおそる聞いてみた。


「俺、怒らせることした?」

「したよ。それは簡単だよ」

「えっ?」


 気づいた時には、チクッと刺すようなビンタを左頬に食らっていた。物理的には痛くはないけれど、心としては凄く痛みを感じるビンタだった。

 その後、彼女は両手で俺の左手を覆い掴み、

 

「最初から素直に言ってくれたら良かったのに。そしたら、すっごく喜んだのに! 言いたいことがあったんだよ? ずっと!」

「何? 言いたいことって?」

「あなたが、曲を投稿した時からファンでしたって! ずっとあなたの動画にコメントを書き込んでいたのも私。だからね、今こうしてちゃんと言えて嬉しいな。ムメイさん」


 その言葉を聞いた時、から出ることのなかった涙が、溢れて、あふれ……止まらない。止まらないよ……。右手でいくら涙をかき分けたって、ポロポロと。地面に小さな跡が残っていく。

 それを見た彼女は、途端にアワアワし始めて、その姿は見たことない彼女の隙のような姿に、クスッと笑いそうになった。泣いてるのに笑ってるってどういう状況だよ。俺。


「えっ? ごめ、ごめん……。どうしたの?」

「き、気にしなくていいよ、大丈夫だから」

「ほんとに? だって急に泣き始めるから……」

「大丈夫、大丈夫だから。」


 人前で泣くなんて久しぶりすぎて、どうしていいかわかんないや。あぁ、女の子の前で泣くなんて情けないなーなんて、でもたまにはいっか。


 ※


 あれから時間が経って少しだけ落ち着いて。お昼休みも終わってしまった。

 彼女には戻ってと言っても、「置いていけないよ、それにまだ話も聞いてないし」と言われ、まだ隣で座っている。


「そろそろ大丈夫そうかな?」

「心配かけてごめん、大丈夫。ありがとう」

「いいのいいの、気にしないで」

「それで、何話せばいいんだっけ?」

「なんで逃げたの?って話は聞けたからいいよ、ムメイさん」


 こちらをチラッと見て、うふふと笑う彼女。事実だし照れくさいけど、その笑顔はやっぱり眩しい。なんで、俺の事を気にかけてくれるんだろうかとついつい考えてしまう。


「あのさ、鳴無君はなんで人と関わらないようにしてるの? あんないい曲書いたり出来るんだから特技として自慢すればいいのに」

「出来ないんだ。俺には無理なんだ」

 

 俺は、気がつけばスルスルと言葉が出てきていた。自分でも分からないくらいに。

 

「え? なんで?」

「俺は、


 俺は、当時の事を思い出した。あの日に俺の心はぽっかりと穴が空いた。間髪入れずに言葉を続ける。


「ちょっとだけ、話聞いてくれるかな? 短い脇役の話を」

「うん。わかった」


 彼女は真剣な顔になってくれた。

 恥ずかしいし、思い出したくないけど、彼女にならいいかと思った。

 ちょっとした昔話。どこにでもあるような昔話。思い出しながら彼女に話始めたんだ。

 

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陰のような作曲家少年と、太陽で透明な歌姫~てっぺん目指して頑張るぞ~ 化霧莉 @KEmuri913

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