第3話 駆け抜けていく平穏

 キラキラした目で、こちらを見ている。昔やったゲームで、敵モンスターがこんな目をして仲間にしてほしそうにしてたなー。

 まるでそのモンスターである。これは二重の意味で……。

 俺の何とない平穏を壊すのと、俺の事を無意識に褒め殺そうとするという……。後半は俺が招いたことなんだけど。これは……どうしようか。

 

 「えーっと、き、聴いてないかなー」

 「えー! なんで聴いてくれてないのー!?」

 「いやー、忙しくて……」


 これも嘘である。あまり嘘を吐きたくないが、これも俺の平穏のためだ。彼女は頬を膨らませてこちらを睨んでいる。その後に、何か考えているようだが、彼女はわからない。


 「鳴無君、ちょっとスマホ貸して?」


 今までにないくらい、ひんやりとした声で俺に投げかけてくる。俺は、頭に疑問符を浮かべながらポケットからスマホを彼女に渡す。そうすると彼女は両手に持ったスマホを器用に扱っている。何か終わったようで、「はい、ありがとう」とこちらに返してきた。

 その後、スマホを確認してみると、ピコンと通知が。


「LINE、登録しちゃった♩♪」


 その通知を見た瞬間、ギョッと彼女を見た。


「何してんの?」

「LINEの友達追加しただけだけど?」

「なんで勝手にそういうことするのかなぁ!?」

「そんなに嫌だったの?」


 涙目と上目遣いのコンボを重ねられて、俺の心に湧いていた黒く燃えた感情は、そっと消された。まさか家族以外でLINEを追加する事になるなんて。腐れ縁の遥歩にすら教えてないのに。


「嫌じゃないけど、こういうのって普通許可取らない?」

「許可とっても、鳴無君嫌だって言うと思うしー」

「そりゃそうでしょ? 友達でも無いんだし」

「えー、そんなこと言わないでよー」


 昨日初めてまともに話したのに、ここまでグイグイ来られると、正直困る。距離感がおかしいのか……。いや、これが普通なのか、俺には分からない。


「ふっふっふー、これでいつでも私がオススメのあの人の曲を教えられるね!」

「そ、そうだね……」


 俺は横目になりながら、現実から目を背けたくなってきた……。


 学校終わった後は、ちょくちょくLINEが飛んできた。


『この曲、聴いて!ここのメロディーがー』

『これ、私のオススメなの! 聞いたら感想教えてね!』


 とか。ひたすらに動画のURLを送られてきた。まぁ、俺が作った曲だから良さを語ってくれるのは心底嬉しいんだけど、ここで話してしまってはこのひたすらに攻められているこの感じに追い風となってしまうだろうな……と。そんな事を考えていたら、返事せずに次の日を迎えてしまった。昨日でさえ、あの絡みだ。返信なかったってなるとどんな感じで来るのだろうかと、憂鬱になりながら自分の教室に辿り着くと、彼女は、俺の席に堂々と座っていた。


「おはよう、鳴無君」

「お、おはようございます」

「ねぇ? なんで昨日返事くれなかったの?」

「あ……それは……」

「ちゃんとした理由があるんだよね?」

「…………」

 

 俺は何も言えなくて、黙りこくっていると、彼女が両肩を掴み、ぐらんぐらん揺らしてきた。


「やっと、好きなモノ話せる友達出来たーって、確かにそこまで話したこと無かったけどさ、ちょっと嬉しくてついついURL送りすぎたのはごめんねなんだけど、返事の一つや二つくれても良かったんじゃないかな!?」


 ふくれっ面にそっぽまで向かれてしまった。どうしたらいいのだろう。返せば良かったのだけれど、ここまでグイグイくる人は初めてだから、わからない。わからないんだ。


「ごめん……、正直どう返していいか分からなくて……」

「ん?」

「ここまで、積極的に接してくる人は家族以外で、久しぶりすぎて……」

「そうなの?」


 頭の中を昔の事が過ぎる。家族以外と深く接してもいい事なんてないって。本人たちは気づいてない無垢な悪意が俺を串刺しにした。あの経験はもう嫌なんだ。だから人と深く関わるのをやめたんだ。だから……。


「うん、そうだよ。だから他人と関わりたくないんだよ。挨拶されても返さないんだよ。お願いだからわか……」

「だから?」

「えっ?」


 その返答にビックリした。俺は関わらないでと、拒否したのだから、相手からの拒絶反応がきてもおかしくないはずなのに。サラッとした返事で、俺の考えとは逆の言葉がこちらに投げられた。

 

「君は何に怖がってるか、分からないけどさ。私は同士として仲良くしたいなーって思ってるだけなの。好きなモノを語りたいだけなんだよ?」

「えっと……。俺の言葉の意味って理解してますか?」

「関わるなって事でしょ? それはわかるよ。でもね、鳴無君が、鳴無君の事情を押し付けてくるのなら、私も、私の事情押し付けてもいいよね? お話しようよ、鳴無君」


 ダメだ。窓際の俺の席に座る彼女は、背中から目覚めたての太陽の光に照らされて、普段よりも眩しく見えた。あぁ、この人は何か真っ直ぐに生きてきたんだろうなって、芯がある人だ。俺とは違う。自分がある人だ。

 そう思ったら、教室に並ぶ机を避けながら駆け抜けていた。無理だ、無理! この人芯があって折れないから逃げるしかないんだって!


「ちょっと! 鳴無君!?」


 彼女のそんな声が、後ろから聞こえてくるがそんな事知るか! あぁ、眩しい人は無理だ! 俺は陰なんだから! 俺は闇雲に駆け抜けていき、たどり着いたその先は、いつも独りで過ごしている屋上だ。


「ふぅ……、追いかけてきてないな」


 追いかけられてこない事を確認して、屋上の中でもよく探さなければ、見つかることの無い日陰の場所へ座り込み背中を預ける。やっぱりここは落ち着く誰にも見られていないから。空もまだ目覚めて数時間。ふわりと柔らかく、そして暖かい光が俺の眼を刺激する。

 俺は、ただ平穏でいたかっただけなのに。どうしてこうなった。考えなくてもわかる。あの時、あのメロディーを弾いてしまったからだ。こんな事にはならなかった。今日は授業をサボろう。教室に戻るのは、弦深さんに会ってしまうし得策じゃない。母さんには迷惑になってしまうかもだけれど、これだけはどうしても……。

 春も半ば、夏ほどギラギラしていない光に当てられて、眠気がそっと身体を包んでくる。なんだろう、朝から疲れたな。俺は目を閉じる。屋上を優しく撫でるような風と共に、俺の平穏は駆け抜けていった。




 俺は瞼を開ける。あれから、何時間経っただろう。制服のポッケを漁り、スマホを取り出すと、画面に映し出される時間は昼の12時をとっくのとうに過ぎ、お昼休みになっていた。


「あー、やっちゃったなー」


「あーあー、やっちゃったね」

「えっ?」

「おはよう、鳴無君」


 そう挨拶しながら、優しい笑顔で俺の顔を眺めているのは、朝に冷たい態度をしてしまった弦深さんだった。

 


 

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