第2話 クラス1の美少女と、夕暮れと、透明な……

「弦深さんはどうしてここに?」

「質問を質問で返しちゃダメ! 鳴無君こそ今弾いてた曲どこで知ったの?」

 

 どこで知ったと言われましても……。俺が作った曲だからな。

 ジーッと、俺を見続ける彼女。俺は心の中にある作ってきたものを認めて欲しいという気持ちと、隠し通して静寂平穏な目立つことの無い高校生活を送りたいという気持ちが天秤にかけられる。俺は数秒考えた後、


 「この曲は、昨日たまたま動画を見つけていいなと思って弾いただけだよ」


 そう、嘘をついた。認めてもらうということよりも、平穏に何事もなく生きることの方が優先順位として少しだけ上回った。だって、関わったら大変そうなんだもの!

 そんな俺の気持ちを露知らず、彼女はまるで太陽のような笑顔になり、その場でぴょこぴょこ跳ねている。まるで、好きなものを与えられた子供のようだった。その場で飛び跳ねた後、俺のもとへズズズーいと駆け寄ってきて俺の手を握り、ブンブンと上下に振り回す。あの! 美少女がそんな簡単に俺の手を握らないで…! ドキドキしちゃうから!


 「えっ、えっ、私も! 私もいいなって思ってたの! アハハ! 初めての同士、嬉しい!」


 そんなこと言われて、嬉しくないわけがない。あの動画のコメントの方以外で、初めて明確に認められた。ちょっと顔が熱くなる。ダメだ、この子のペースに乗せられたらまずいと直感した。


「コホン、で弦深さんは何の用なの?」

「えーっと、用とかなくて……。勉強してたら知ってるメロディー聞こえてきて、なんで聞こえるんだろうって思ってたらついここまで走ってきてきちゃったの。ごめんなさい……」

「へ、へぇー。なるほど……」


 ちょっと気持ち悪いけど、小さい嬉しさが積み上がってきて真顔が崩れそうだわ。いかんいかんと心の中で首を振る。えっ、認められることってこんなに嬉しいんか……? ハッ……! いけない、キャラがブレブレになるところだった。俺はゆっくり唾を飲み込んで、冷静であることを保つ。


「ねぇ、鳴無君! 早速だけど、このムメイさんの楽曲についてお話しない?」

「ご、ごめん。このムメイさん? って人の曲はさっき弾いてた曲しか知らないんだよね……」


 恥ずかしい! 逃げたい! 今すぐ逃げたい! 母親にすら『あんまり感情の変化が顔に出ないもんな、奏太は』とか言われてるのに、色んな感情に巻き込まれてグルグル頭が回って、何も思いつかなくなってる。あっ、ムメイというのは俺の前の動画サイトのアカウントの名前です。

 唐突な美少女の登場から始まり、質問攻め、挙句の果てには俺の音楽について語り合おうだ!? 死ぬ! 感情に溺れて死ぬぞ、俺!


「そ、そうなんだ……。ちょっと残念だな……、好きなモノについて、話したことない鳴無君と話せると思ったのに……」

「あはは、ごめん」


 あからさまに残念な顔しないでよ。俺悪いみたいになるじゃん! 俺は深めの深呼吸をして、元の何にも動じない、陰の時のような俺の顔を貼り付けた。


「じゃあ、俺帰るね」


 俺はその場から去ろうと、彼女の後ろを回って抜けようとしたその時、


「ちょっと待って……!」


 咄嗟に右手首を掴まれた。

 俺は触れられたという驚きと、彼女の必死な声のトーンを聞いて立ち止まってしまう。


「まだ何かあるの?」

「なんとなく、なんとなくなんだけど、もう一度だけ弾いてくれない? ここで1度でもやっておかないと後悔する気がして……」


 後悔? 何にだろうか。でもまだ時間はあるし、無理に帰るのも忍びない。


「分かった。もう一回だけ弾く。そしたら帰るから」

「うん、ありがとう」


 俺はピアノの席へ戻り、一呼吸置く。その際に彼女はわたわたしながらスマホを操作している。一体何をしてるんだろうか。俺はふと気になったけれど、彼女を気にも止めずに弾き始めた。先程と変わらず同じメロディーを。だけれど、そこで一つだけ違った。


 「降り始めた雨は〜」


 彼女が歌い始めたのだ。それは山の奥に流れる透き通る川の水のような、聞いているこちらの心を洗ってくれるかのようなとても、とても言葉じゃ表しきれない歌声。

 俺は演奏が止まるくらいに、聞き惚れてしまっていた。俺の心の中の黒い、暗い、澱んだ感情を。自分の中にある劣等感や他人への嫉妬、それがサラサラーと洗い流されるようで、その感情は一瞬とはいえ、どこかに消えてしまっていた。


「……ーい、鳴無くーん? 大丈夫?」

「ハッ、ごめん。ちょっとボーッとしてた」

「大丈夫? やっぱり無理言っちゃってたかな?」

「いや、そんなことないよ。でも、歌上手いんだね、ビックリした」

 

 俺がそう言うと、彼女の顔に少しだけ陰が入り込む。夕暮れというのもあり、その深さはさらに際立って見えた。

 

「そんなことないよ、私は歌は好きだけど、

 

 彼女のその言葉に、俺はドキリとした。好きという気持ちはあるけど、どこか突き放したような冷たい何かを感じ取ってしまったから。


「あはは、なんだか、気分が上がって歌っちゃった。耳障りだったね、ごめんね。私、行くね」


 彼女はそう告げると、スタスタと音楽室から出ていってしまった。俺は手を伸ばしたが掴みきれなかった。別に掴んだところで何か変わるわけじゃないけれども。

 俺も、この後に何か弾くという気持ちにはなれず、早々と音楽室を立ち去り、鍵を職員室に返した。先生には、「あれ、こんなに早く返すなんて珍しいねー」と言われたけど、適当にはぐらかしてその場をやり過ごした。


 ※


 次の日、俺は朝から驚く事を目の当たりにする。


 何故か俺の席の前の椅子に、弦深さんが陣取っていた。


「そろそろ来ると思った! 昨日、時間あったでしょ? あったよね! さぁ、好きなモノ談義をしよう!」


「はい?」とごくありきたりな単語しか出なかった。それくらい、色んな意味で驚かされたのだった。

 

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