第10話 ooklyn od op(1)

それが今から二十三時間前の出来事だった。

 タツノオトシゴの頭のこの地域は、北部に位置するために寒いのか、元々、『冬』と言う季節が来たために寒いのかはわからないが。

 雪が降り始めた。

 ちなみに雪というのは、雲の中の水蒸気が凍りその粒の周りにさらに水蒸気が付着することによって巨大化、そして冷えた地上に落ちてくる。というメカニズムで降るらしい。

 こういった気象系の本はあんまりない上に、読んだのも二、三回のために記憶があやふやではあるのだが。

 確かそうだったはずだ。

 その冷たさというものを味わって見たいとは思うが、残念ながらあっしらには以前の人間が持っていたという、寒さや暑さを感じるための神経や感覚器官、形状が変化する皮膚が無いため、文字通り肌で感じることはできない。

 一粒口に入れて飲み込んでみるという方法もあるが、食道や舌も同様に神経が通ってないので、その冷たさを感じることはできない。

 そもそも、この地球に広がる雲は汚染物質によりできていて、機械仕掛け、フィルターが食道に装着されているとはいえ、体内に入れたいとは思わないが。

 いや、そもそものそもそも、現在、支配されているこの体で、そんなことができるはずもないのだが。

 我らは、巨大なコンテナの形状をしている武器庫まで進まされ、武器が収納されているボックスの前に立たされる。

 私たち全員がその前に立ったことを、センサか何かで確認した後、一斉にその口を開いた。

 中に入っていたのは突撃銃アサルトライフル短機関銃サブマシンガン狙撃銃スナイパーライフル自動拳銃オートマチック回転式拳銃リボルバー戦闘用コンバットナイフなど、様々。

 あたいは、操縦者オペレータが選択した武器を次々と手に取り、体に着させられたボディーアーマーにその予備弾倉などを差し込んでいく。

 ちなみに今回、操縦者ご主人様が選択した武器は、突撃銃アサルトライフル一丁、短機関銃サブマシンガン一丁、戦闘用コンバットナイフ一へいだ。

 いつもと変わらず、近接戦使用の武器ばかり。

 個人的にはあまり、前線に出て戦うのは好きではないため、ため息が出る。

 今日も前線で戦わされる羽目になるのか、と。

 それと同時に他個体は何を選ばされているのかを、横眼に観察する。

 意外とそれはよく見らずとも、遠目からでも確認するのは容易だった。なぜならばほとんどの個体は、銃身の長いそれ、狙撃銃スナイパーライフルを装備させられていたからだ。

 遠距離用武器を装備させられた個体たちからは、まるで安心するかのように吐く息が伝わる幻影が━実際そうなのだが━見える。

 我ら命の糸を操られる側からすれば、戦闘の勝敗などどうでもよく、一日でも長く生き永らえたい。

 そう思うのは、機械の四肢に包まれても尚、残された本能によって考えるもので、いたって普通だ。

 かく言うあたくしも、できることならば、遠距離用の銃火器を持って命の危険なく戦わされたいと願うわけだ。

 まあ、いつ何時も前線で戦わされたがる腕だけは一流の操縦者オペレータ操縦オペレートされるのだから、一生叶わぬ夢ではあるのだが。

 それに対して、β3(ベータ・スリー)は超近接用火器である散弾銃ショットガンを手にする。

 β3の操縦者オペレータもわいの操縦者同様、いやそれ以上に近接戦闘を好む傾向がある。

 今回も俺っちと組ませて戦わせる算段であるようだ。いわゆる先鋒部隊として。

 それでもなお、消耗率は低いものの一回の戦闘で平均二人を使い潰している。

 操縦者オペレータが我々のことを知った上での行動か否かは、あっしには判断できない、判断できる材料がないが、β3に選ばれた個体には同情心が湧く。

 どれだけ同情がこうと、先ほどの本を共有した時間がどれだけ楽しかろうと、私が彼らの、みずからの死にゆかされる運命から逃れることなどできない。

 すべがない。

 だから我らは願うことしかできない。

 祈ることしかできない。

 敵━と言っても同類なのだが━のタマが当たりませんようにと。

 ワイ達全員の武器の装備が完了すると、操られた体は自動的に戦場へと進まされる。

 そして、位置につく。

 今回、わっしらが陣取るのは東側。敵が陣取るのは言わずもがな西側だ。

 横目で仲間の表情を見る。

 そのどれもが、やはりこれから死にゆくことを想像して悲壮感たっぷりの色をそれに灯している。

 僕自身がどういう色を灯しているかは、もちろん見ることなどできないのでわからないが、彼らと同様であることは間違い無いだろう。

 だが、こうして観察することができていると言うことは、それなりに余裕があると言うことでもあるのだが。

 ともかく、命運はあたしを操る操縦者オペレータゆだねられた。

 あとは、戦闘開始のゴングを待つだけ。

 そう思った瞬間で、瞳の中に10(テン)カウントタイマーが映し出され、カウントダウンが開始する。

 俺はそのタイマーだけを見つめていようと、機械仕掛けのまぶたをゆっくりと閉じた。

 

 まぶたと瞳の動きまでもが、操縦者オペレータに支配され始めたその瞬間、彼らは一気に動かされ出す。

 ある個体は前線へ、ある個体は今にも崩れそうな廃高層ビルへ、と駆け出されていく。

 その中でも突撃銃アサルトライフルを抱えるように持つα《アルファ・ワン》1と、散弾銃ショットガンを両手にたずさえたβ《ベータ・スリー》3は、同様のルートで前線へと向かわされる。

 狙撃銃スナイパーライフルのストラップを肩にかけたγ4(ガンマ・フォー)は、大多数と同じように廃高層ビルの上階へと上がらされる。

 γ4の目には何か安心した様な感情が映し出された。おそらく、死ぬ確率が低い後方に場所を移したことに安堵あんどを覚えたのだろう。

 だが、完全に安心することなど彼らにはできるはずも無かった。

 C国軍の同類がどの様に動かされているかなど、肉眼でしか確認することしかできず、始まったばかりのこの状況では、その影すらも捉えることができないからだ。

 α1(アルファ・ワン)と、β3はそんな中を足を止めることもできずに成すがままに進めさせられる。

 半年もこの戦法で生き残っているα1からすれば慣れたものだが、前回の戦闘において終盤の三分ほどしか戦場に出ておらず、尚且つその短時間のうちに、頬を敵の打撃によって損傷したβ3の瞳には不安と恐れが表れている。

 自身の体の制御が効かぬまま、死地へと向かわされるその恐怖。それは命と引き換えの特攻を命令された、神風特攻隊の隊員達と似ながらもたがうそれだった。

 彼らもC国軍にいる同類も、それを感じているだろう。

 戦う意義や守るべきものなんて存在しない彼らの感じる、ただ己の命が消え失せる恐怖を。

 それゆえに他人が植え付けた制御システムの機能に対して脳の発する生存本能があらがおうとし、β3のその操られた足を止めさせようとした。

 その度にβ3の操られた足がガクつきもつれ、脳内に強烈な痛みが走る。

 脳に取り付けられた外部装置は、β3が命令外の行動を取ろうとすることを決して許さない。

 β3はその苦痛に瞳を揺らしながら、最終的には、耐えきれず強制的なそれに身をゆだねた。

 α1はつるよろいまとった廃車の前で、歩みを停止させられ、その身をかがまされる。

 どうやらα1の操縦者オペレータはここに陣取らせ、廃車を盾にさせ、敵との対面に備えようと考えているようだ。

 β3もα1と同様に、そこに到達すると身をかがませた。

 α1は、操縦者オペレータからの指示のままに突撃銃アサルトライフルのセレクターを連射フルオートに設定する。

 視界にとらえた異国の個体は十。

 α1はいつものように異国の個体のその表情、瞳に映るそれを目視しようとするが、捉えることはできなかった。

 そんな存在する場所が違うと言うだけで、殺させられる彼らに対して突撃銃アサルトライフルを向けると、引き金を引かされた。

 人工的に作られたモノを埋め込まれた瞳でもとらえられない程の速さで、α1が保持するそれは火を吹き、異国の彼らを次々と仕留しとめていく。

 それを行わされているα1も、どのタイミングでどう動き、どのタイミングでどう突撃銃アサルトライフルを構え、どのタイミングで引き金を引いているのか、神経の通っていない体では認知することができない程に、ただなすがままに操られ、視線だけが揺れ動く。

 その揺れが止まった時に見えたのは、異国の同類の無残な残骸たちだった。

 十体の彼らは全て倒し切ったようで、α1も、β3も安堵の息を吐く。

 だが、それもつかの間、その後ろから潜行せんこうしてきていた異国の彼ら、十体が、やり返すようにα1に集中砲火してくる。

 α1はうまく射線を外させられながら牽制けんせい射撃を行わされ、後方のビルに逃げ込まされた。

 異国の彼らは、その後を追うようにビルに突入させられていく。

 β3はその間、動かされることなく、ただひたすら例の廃車の陰で身を隠させられる。

 かがんだ状態のβ3は、もし、大勢の異国の操縦者オペレータが発見し、見つかった場合生き残ることが不可能ながら状況におちいるため、体が震え、冷えた氷が脳内に広がるような恐怖にさいなまれる。

 視線はただひたすらに操縦者オペレータの指示のまま、過ぎ去っていく異国の同類に固定される。

 最後尾の異国の個体が廃ビルに入るとβ3は視線を周囲一帯に向かされ、立ち上がらされた。

 一方その頃、α1は何百段ともあるかね折れ階段を駆け上がらされながら、突撃銃アサルトライフルの空マガジンを跳ね飛ばさせられ、ボディアーマーの弾倉ポケットからマガジンを取り出させられると、装填させられた。弾数確認のための薬室チェンバーチェックもさせられる。

 どうやら薬室チェンバーに一発残した状態で弾倉マガジン交換を行なわされたようで、薬室チェンバーにはすでに一発弾が込められていた。

操縦者オペレータ側には弾数を確認するすべが何かあるのだろうか?)

 と、ふとα1の脳内に疑問が浮かんだ。

 ある程度階段を登らされたところで、後方に向かされ、下階を見下ろす形で停止させられる。α1は直感で、ここで異国の彼らを迎え撃つのだろうな、と悟る。

 α1の想像通り、突撃銃アサルトライフルを腰だめに構えさせられ、銃口マズルを登ってくるであろう異国の同胞の経路に向けた。

(さあ、いつ来る?)

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平和な戦争 (プロトタイプ版) 花鳥ヒカリ @hikari-h

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