第9話 guardian's cry

(布井と音無は位置に付いたか・・・?)


相手は音に敏感だ。

今回は音声通信無しで行く。


布井と音無には事前に作戦を伝えてある。

大体の感覚だが、あいつらがポイントに到着するまで少し待つ。


(さて・・・囮役はこなせるだろうか)


正直、自信は無い。

先ほどの攻撃。

たまたま防具がある部分に当たったから無事だったものの、全く反応できなかった。

いくら虚をつかれたからといって、こんなんで良いわけが無い。

本当は防御の上手い布井にやってもらいたいところだが、


(ま、本人に覚悟が無いのにやらせるのは酷な上に・・・リスクが高い)


正直あの天使相手に一人でも削られるとキツい。

囮がやられる、囮として機能しない、どちらのパターンも負けだ。

なら、多少のリスクは許容して、囮を全うできる俺がやる方が可能性は高い。


ドクッ、ドクッ、ドクッ

(落ち着けよ・・・俺の心臓)


鼓動が速い。

理由は分かってる。


怖い。


一手間違えれば、死ぬ。

これから俺がやろうとしているのはそういう事だ。

だが、誰かがやらねばならない。


ドクン、ドクン

(・・・良い子だ)


覚悟を決めて、俺は角から身を出す。


「おいノーコン!こっちだ!」


大声で天使に叫ぶ。


グルンッ

天使の体がこっちを向く。


「殺ってみろよ・・・!」

剣を構える。


ガギッ


俺はギリギリで爪を弾く。

「まずは一本・・・」


天使は腕をこちらに向けたままだ。

「もっと打ってこいよ!オラァ!」


視界の端には、ゆっくりと天使に近づく布井が見えた。


「まだまだァ!こんなもんか天使ィ!」

俺は全力で天使の注意を引く。


(頼むぞ布井)


――――――――――――


僕はゆっくりと天使に近づく。


体が重い。

自分の足じゃないみたいだ。


目の前の天使がこんなに怖いなんて思わなかった。

でも、この怖さはきっと違う。


仲間が、命を賭けている。

自分のために、命を天秤に乗せている。


その事実が、怖い。


(絶対に、ミスれない・・・!)


手が震える。


(僕がやらなきゃ・・・!)


ゆっくり、天使に近づく。

そして、ついに刃が届く距離にたどり着いた。


剣を振りかぶる。

力を込める。

天使の首筋に振り下ろす。


ザクッ


肉に刃が通る感触が伝わる。

僕は思わず怖くなって、力を抜いてしまった。


「ガッ」


天使に払い飛ばされる。

転がった先で、銃を構える音無さんが見えた。


(どうして・・・)


彼女は真っ直ぐに、天使の方だけを見つめる。

布井が立ち上がることを疑わず、その瞳は敵だけを見据えていた。


(どうして君は・・・こんな僕を・・・)


――――――――――――


僕の実家はパン屋さんだ。


記憶の中にお母さんはいない。


お父さんが、パン屋を経営しながら、ずっと一人で僕を支えてくれていた。


「おう!健太!パン好きか!」

「うん!ぼくお父さんのパン大好き!」

「そうかそうか、ハッハッハ」父さんは良く笑う人だった。


「でもお父さんそんなに体大きいのにちっちゃいパンこねてるのってなんか変、テレビの格闘家みたいな仕事の方が似合いそう」

「格闘家か~、格好いいかもな」

「でしょ~」

「でもな~健太、パン屋さんもすごいんだぞ~」

「そうなの?」

「父さんの作ったちっちゃいパンはすっごく沢山の人を笑顔に出来るんだ」

「そうなんだ!」

「おう!」

僕が驚くと、父さんは嬉しそうな顔をした。


「そんでな健太、父さんのこの腕はパンもこねられるし、大切なものを守ることも出来るんだ」

父さんは力こぶをトントンと叩きながらそう言った。

「守る?」

「そうだ健太、だから父さんのこの腕は、皆を幸せにして、そんでもって大事なものを守れるすご~い腕なんだぞ」

「よくわかんないけど、すごそう!」

「ハッハッハ、いつか健太にも分かる日が来るさ!」



そんなこんなでお父さんの作るパンはとっても美味しくて、ぼくはついつい食べ過ぎて体だけおっきくなってしまった。


けれどでっかくなったのは図体だけ。


ある日から、僕は学校でいじめられ始めた。


理由はトロそうだから、らしい。


嫌だったけど、お父さんには言えなかった。


もしこれで転校になんてなったら。


そう思うと僕は何も言えなかった。


いじめは蹴られたり殴られたり。


けれどそれはその時痛いだけで、耐えられた。


家に帰れば、お父さんがいる。


あの美味しいパンをおなかいっぱい食べられたら、どんな嫌なことがあっても幸せな気持ちになれる。


ある日急に、いじめられなくなった。


けれどそれは、いじめがなくなったわけでは無かった。


いじめの対象が変わった。


するといじめっ子達にこう言われた。


「今度はお前が殴るんだ」

「今まで殴られて嫌だっただろう」

「自分が嫌だったことは他の奴にやり返してやれば良いんだ」

「またいじめられたくないのなら・・・わかるよな」


僕は・・・僕は・・・。

保身のために、手を出した。


けれど家に帰って、その感触が忘れられなくて。


生まれて初めて、父さんのパンを食べられなかった。

父さんは凄く心配してくれたけど、僕は何も言えなかった。


痛い思いはしなくて良くなったはずなのに。

僕の心はずっと、殴られたときよりも痛かった。


それからしばらくして、僕はなんとか彼らから距離をとることができた。

彼らは僕にはもう飽きたのか、ほとんど干渉してこなかった。

普通の日常が、帰ってきた。

僕は耐えきったんだ。

けれどあまり、嬉しくは無かった。


心の奥底にしまった記憶。

思い出したくなんて無い。


けれど、ふと思う。

あの日、僕が本当にすべきだったのは。


――――――――――――――――


吹き飛ばされた僕が地面に倒れていると、声が聞こえてくる。


「もう一度だ!布井!俺を信じろ!」


柊君の声が聞こえる。


(どうして・・・)


「もう一度俺が奴の気を引く!その隙に叩け!」


音無さんは、無言で天使を狙い続ける。


(どうして君たちは、こんな僕を、信頼してくれるんだ・・・)


倒れた僕は、自分の腕が目に入る。


太い腕だ。

筋肉が付いてきた腕は、かつて見た父親の腕に似ていた。


『いいか健太、この腕はな・・・、大事なものを守るためにあるんだ』


覚悟が足りなくて、役割をこなせなくて、仲間に励まされて。

こんな僕を、仲間は信じてくれる。


痛いのは嫌いだ。

怖いのも嫌いだ。

けれどここで僕が諦めたら、彼らが死んでしまうかもしれない。

こんな僕を信じてくれる、大切な仲間が。


それは・・・嫌だ。


だったら、どうすべきか。

答えはもう、知ってるはずだ。


(だってこの腕は、誰かを守る腕だから)


大きく、息を吸う。

「うわああああああああああああ!」

叫ぶ。

喉が痛い。

こんな大きい声をだすのなんていつぶりだろうか。


「化け物!こっちだ!」


視界の端で、柊君の驚く顔が見える。


手が震える、足も震えている。

もしかしたら声も震えてるかも知れない。


けれどありったけで叫ぶ。


「僕を狙え!化け物!」


天使がこちらを向く。


ああ、そうか。

あの日、本当に僕がすべきだったことは。


バシュ


天使の腕から爪が飛んでくる。


ガキンッ


僕は剣で爪を弾く。

「僕が相手だ!仲間は絶対、僕が守る!」


ババババババババババ


無数の爪が飛んでくる。

それらを一つ一つ弾いていく。


(全部は無理だけど、痛そうな奴だけなら弾ける!)


無我夢中だった。

「あああああああああああ!!!」

とにかく、弾けるだけ弾く。

気が遠くなるほど続けて。


ふと、遠くで柊君が天使に斬りかかるのが見えた。

けれど集中しすぎて、僕は声を出すのをやめてしまっていることに気づいた。

天使の片腕が、柊君の方を向く。

(危ない!)

間に合わない。

結局僕は守れないのか。

勇気を出すのが遅すぎたのか。

その時だった。


パアンッ


一発の銃声がなり、天使の腕が何かに弾き飛ばされた。


「おおおおおおおおお!」

柊君が剣を振り抜く。


ゴトリ


天使の首が落ちる音がした。


バタリ


僕は仰向けに倒れる。


ズキズキと、全身が痛む。

けど・・・生きている。


「布井・・・やるじゃん」

「ありがとう柊君」

「・・・おう」


「かっこよかったですよ~」

「か!?え!?お、音無さんもかっこよかったよ!?」

「ありがとうです~」


僕らは三人で拳を突き合わせた。


(ああ、よかった。これで誰も死なずにすんだんだ)


安心したら、急に体の力が抜けた。


「・・・布井?おい!?大丈夫か!?」


意識が遠のいていく。


(なんかこう・・・、かっこつかないなあ・・・)


「布井!?おい布井!?」


そこで僕の意識は途切れた。



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