宇宙BL

junhon

第1話 BLは宇宙を救う?

 その日、女子大生・藤吉文花ふじよしふみかはUFOにさらわれた。

 うそみたいな話だが本当なのだ。

 休日の池袋いけぶくろめぐりで手に入れた同人誌せんりひんにホクホクしながらアパートへともど途中とちゆう、近所の公園に差し掛かった辺りだった。

 フォンフォンフォン――

 何やら奇妙きみような音が上空から聞こえ、見上げたら空飛ぶ円盤えんばんが見えた。

「ユッホッ」

 思わずピンク・レディーの歌の出だし調で声を上げる。

 それはいわゆる古典的UFO――アダムスキー型だった。

 呆然ぼうぜんとそのUFOを見上げていたのだが、何やらこちらに近付いてくる。

「うわぁあああ!」

 文花は身の危険を感じて走り出した。しかし当然UFOの方が速い。

 その機体が文花の真上に到達とうたつする。

 ミョーーーン。

 そしていささか間抜まぬけな音と共に、ピンク色の輪が連なった光線が文花めがけて照射された。

 フワ――

 文花の足が地面からはなれる。

「わ、わ、わわっ」

 文花はその光線に吸い上げられ、UFOの中へと消えていった。

 

 

 

「ここは……?」

 文花は身体を起こし、周囲を見回す。

 金属の色そのままの円筒えんとう形の部屋だった。一角にはよく分からない機械が設置され、かべは所々で色とりどりの光を放っている。

 アダムスキー型の形といい何となくレトロなSFと言った雰囲気ふんいきだ。

「ここは……UFOの中なの?」

 そう文花が言ったタイミングで、何も無い壁に亀裂きれつが走り薄暗うすぐらい室内に光が差し込んだ。

 光の中から現れたのは、せた身体に大きな頭を持った子供程度の背丈せたけの宇宙人だった。

 その目は大きくてつり上がっており、頭部にかみはない。銀色のぴっちりとしたスーツに身を包んでいる。

 いわゆるグレイ――リトル・グレイと呼ばれるタイプの宇宙人だった。

 UFOは70年代のアダムスキー型なのに、乗っているのは90年代以降のグレイとちゃんぽん状態である。もっとも双方そうほう共に一番浸透しんとうしているイメージであるとも言えた。

 現れた宇宙人は二人。かれらは文花の姿を一瞥いちべつし――

「ワレワレハ」

「ウチュジンダ」

 いかにもな発音でそう言った。

「……なんかテンプレのオンパレードね」

 文花の中ではおどろきよりもあきれの感情の方が強くなっていた。

「なんやねん、じようちゃん」

「そやで、いかにもな宇宙人を演じてサービスしたったのに」

「なんでいきなり大阪おおさか弁なのよ! しかもエセくさい!」

 文花は思わず突っ込まずにはいられなかった。

「なんや、これはこの地域の言葉やろ?」

「そのはずやで、通信教育で勉強したさかいな」

「ああもう! 400キロぐらいズレてるのよ!」

「そんなの誤差やろ?」

「そやで、UFOならひとっ飛びや」

「なんでそこだけ宇宙感覚なのよ!」

 文花はツッコミづかれでかたで息をする。

「とにかく何の目的で私をさらったの? は!? もしや人体実験に……」

「まあ、そやな。ワイらは地球人の調査に来たんや」

「そこでおどろくべき事実を知ってしまったねん」

「それは一体?」

 興味を引かれて文花はたずねた。

「何でも地球人は動物みたいに交尾こうびするらしいやんか」

「全く信じられへんわ。キモいわ~」

「はぁ? じゃあ、あなた達はどうやって子孫を残すのよ?」

「そんなのクローニングに決まっとるやん」

「それが知的な種族のやり方ってもんや」

「おまけに記憶きおくと人格もコピー出来るんや」

「ワイらもう二千年くらい生きとるで」

 確かに、文明が進めばいずれ地球人もそうなるかもしれない。クローン技術自体は確立されていると言って良く、すでに様々な動物のクローンが生み出されている。

「まだまだ地球人はさるやな~」

「ほんまや、服着た猿や」

「だったらその猿に何の用よ?」

 自分もふくめて地球人全員が馬鹿ばかにされ、文花は少しカチンとなる。

「一応、人間の交尾のデータを取ろうと思うてな」

「ほら、曲がりなりにも言葉をしやべるんやから、他の動物とはちがうと思うて」

「で、サンプルとしてあんさんをさらったんや」

「あとは適当にオスもつかまえて交尾を観察させてもらお思うてな」

「ひぃ!」

 文花は悲鳴をらす。このままではどこのだれとも知らない男とセックスさせられてしまう。

 と、自分が持っている同人誌のことを思い出した。

「ま、待ちなさい! セックスの資料ならここにあるわ!」

 ゆかに落ちていた紙袋かみぶくろを拾い上げ、取り出した同人誌を宇宙人達にきつける。

「なんやこれ?」

「これはね。マンガという地球の表現手段。そうね……絵物語と思ってくれればいいわ」

 そう言いながらページをめくり、クライマックスの合体シーンを開いて宇宙人達に見せつけた。

「これこそが地球人の愛の形なのよ!」

 そこにえがかれているのは線の細い美青年同士が愛し合う姿だ。

「ワイら地球人の顔の区別がようつかんのやが、こっちがオスでこっちがメスか?」

「いやでも、こっちにも胸がないで」

「ふふん、これはどっちもオス――男同士よ」

 文花は自慢じまんげに胸を張る。

「はあ? それじゃあ子孫が残せんやろが」

「意味あらへんやろ?」

「そこがいいんじゃない! 子孫を残すという生命の本能から解き放たれた純粋じゆんすいなる愛の形! そこにしびれるあこがれる! 動物には成し得ない人間だからこそのちよう尊い行為こういなのよ!」

 文花は宇宙人達を前に熱弁をるう。すでにおわかりだろうが文花は腐女子ふじよしなのだ。

「いやしかし、ワイらが知りたいのは……」

「いいから読みなさい! ほら、あなたはこっち!」

 鼻息あらく同人誌を差し出す文花に気圧され、宇宙人達は大人しくそれに目を落とした。

「な!? なんやこれ! 排泄はいせつ器官に男性器を挿入そうにゆうしとるんか!?」

「う、嘘やろ……こんなの入らへん」

「そもそも何で男性器は大きくなるんや?」

「それは手段と目的をはき違えとるで。女性器の中に挿入出来るよう、膨張ぼうちようさせてかたくするために大きくなるんや」

「でもワイらの男性器はフニャフニャやな」

「そやな。ションベンする時にねらいを定めるくらいにしか役に立ってへん」

 そんな会話を交わしながらも、宇宙人達は次々と同人誌を読破していった。

「あれ? なんかおかしいで。股間こかんが……」

「わ、ワイもや。生殖せいしよく器が大きくなっとる」

「く、苦しい……」

「わ、ワイもう我慢がまんが出来へん」

 一人がもう一人の身体を押し倒した。

「こ、こらっ。お前何を!?」

「ワイらも交尾してみようやないか」

 そう言って相手の銀色スーツをがす。自分もスーツを脱いでそそりった生殖器をさらした。

「ひぃっ、ワイらは男同士やで!」

「いいわ! いいわ! さあ、あなたの想いを相手にぶつけるのよ。それが愛! たぶん愛! きっと愛!」

 まさに目の前で繰り広げられようとするBLシーンに文花は手にあせにぎって声援せいえんを送る。

「愛……」

「愛……」

 宇宙人二人は見つめ合う。

「ワイには難しくてよう分からへん。でも……」

「胸に何か熱い想いが込み上げてくるんや。これが愛なんか?」

「ならばその想いを相手にぶつけて確かめてみるのよ!」

「分かった。いくで」

 片方の宇宙人は相手のアナルに生殖器をしつけた。

 それは遠い昔に忘れ去ったはずの本能だったのだろう。

「ああっ、そこは……」

 そして相手の中に侵入しんにゆうしていく。

「あ、あ、あああああーーーーーっ」

 甲高かんだか嬌声きようせいがUFOの中にひびくのだった。

 

 

 

「嬢ちゃん。あんたには大切なことを学ばせてもろうたで」

 夜の公園のおく、人目をけられる場所にUFOは着陸していた。

「ワイらは合理主義を突き詰めるあまり、心という存在を忘れてしまっておった。だけんどそれを思い出すことができた。感謝するで」

 そう言って宇宙人はとなりの宇宙人の肩をく。

「……そやね」

 もう片方の宇宙人はほおを染めた。こちらはアナルに生殖器を突っ込まれた方だ。すっかりメスちしてしまっている。

「ホンマあんたに会えて良かったで」

 そう言って宇宙人達は右手を差し出した。

 文花はその手をにぎり返す。

「世話になったな。もう会うこともあらへんやろ。さよならや」

 二人の宇宙人はうでからませながらUFOの中に姿を消した。

 そしてフォンフォンという音を発しながらUFOが浮かび上がる。

 文花は飛び去るUFOを見送った。

「彼らの星にもBLという概念がいねんが伝わると良いのだけれど……」

 文花はUFOが消えていった星空を見上げてつぶやくのだった。

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