第65話 婚約破棄された王女は暗殺者と添い遂げる【完】

ヒューが捕らわれてから、3年の歳月が流れた。


その間、様々な行事があった。クリステルとジルは、婚姻も式も済ませていたからお披露目会と称して夜会が開かれた。クリステルとジルは、苗字の無い平民として婚姻の誓いを行なっている。婚姻の事実は変わらないが、ジルを正式にリーデェル王家の養子にするべきとの意見も出た。しかし、ジルは唯一のカヴァニャ王家の生き残り。クリステルが反対した。ジルも自分の名を捨てる気にはなれず、今後は『ジル・ド・カヴァニャ』として生きていく事になった。


クリステルも、名が変わる事はなく『クリステル・フォン・リーデェル』として生涯を過ごす。異例ではあるが、神に誓った婚姻は絶対なので貴族や市民の大きな反発はなく受け入れられた。


レミィ達は評判も上々で、各地を飛び回っている。


たまに、内密にジルやクリステルの依頼を受けては報告と称して城に泊まっている。その度にクリステルを心配したファルから薬草を渡されているが、今のところ使わずに済んでいる。量が増えてきたので、ファルに許可を得て城の薬剤師に提供された。


薬草の質の良さや、思わぬ調合に薬剤師も驚いたという。


クリステル付きの使用人は見直され、クリステルに忠実な者が選ばれた。最初はジルが目を光らせていたが、最近はジルからクリステルを任される事も増えた。ジルが初めて侍女にクリスを頼むと言った時、仕事が終わってから侍女は感激して泣いたそうだ。


コルトは王女お抱えの料理人となり、レミィ達が登城した時は、クリステルの願いでよく食事を共にする。ファルと仲が良く、仕事が休みの時は、2人で市場へ出かけるそうだ。


ルカは、城に出入りしているうちに騎士と恋仲になり、結婚した。今はお腹に子どもがおり、冒険者は休業中だ。


レミィとガウスは、ルカが休業し、ファルは休日の度に出かけてしまう為2人で過ごす事が増えた。ファルはさっさとくっつけば良いのにと笑っているが、今のところそんな気配はない。


だが、ジルだけはレミィとガウスに春が来るのは近い未来だと知っている。ガウスから散々相談を受けており、クリステルを通じてレミィの好みをリサーチしていたのだから。


貴族達は、まだまだ打算的な者が多いが、クリステルの優しさに籠絡される者が増えつつある。レミィ直伝の社交術を仕込まれたクリステルが社交界のトップに君臨する日も近いだろう。


伴侶であるジルの評判も高い。王女の伴侶と分かっていても憧れる令嬢が多く、ジルはとても礼儀正しいと、大変評判が良い。


実際は、クリステル以外は心底どうでも良いジルが、面倒なので定型の挨拶をして、定型の対応をしているだけなのだが、誰にでも平等に優しいと評価されている。


夜会の後に部屋に戻ってから、可愛らしい嫉妬をする王女を宥める王子様は、侍女やメイドの癒しである。だが、すぐに使用人の存在を忘れて刺激的な事になるので、慌てて声を掛けるのが定番だ。


最近は、どのくらいで声をかけたら良いか会議が行われているらしい。


クリステルとジルは多くの仕事を抱えており、王家になくてはならない人物に成長した。


クリステルは持ち前の集中力で、ジルはクリステルを守りたい一心で様々な事を身につけた。ジルの生まれはともかく、経歴が良くないと難癖をつけていた者達も、いつの間にかジルを褒め称えるようになった。


もちろん、全てが順風満帆だった訳ではない。様々な困難が3年間の間に降りかかった。それでも、クリステルとジルはお互いに支え合い、それらを乗り越えてきた。


先日、長かったヒューの裁判が結審した。判決は、やはり死刑。関わった使用人等も多く居たので裁判が長くなったが、関係者全員に死刑が言い渡された。


いくら国王がヒューの命を助けたくても、簡単に法律は変えられない。そして、このタイミングで法の改正を行えばヒューを助けたいだけだと分かるので王家の信頼は地に落ちる。


国王は、とうの昔に諦めていた。


だが、クリステルは違った。彼女は、兄を死なせたくなかった。だから、裁判が終わる前に父にとある提案をした。


「法律に則っています。それに、王家にも市民にもメリットが多い。多少反対意見は出るかもしれませんが、ジルのおかげで被害者は少ないですよね? 家庭教師の先生も、庭師のおじさまも、貴族達も生きていますよね? 話くらいは聞いて頂けるのでは?」


「だがしかし……クリステルは良いのか?」


「わたくしは、ジルが側に居てくれればなんでも出来ますわ」


「ジルは納得していないだろう?」


「反対はしましたよ。でも、クリスの気持ちは分かります。それに、お父様も言ってましたよね? 死んだらそこで終わりだと。ただし、全員クリスへの謁見を禁止して、万が一クリスに触れたら、即座に切り裂く許可を下さい。それがオレが出来る最大限の譲歩です」


ジルは、1年ほど前から国王の事をクリステルと同じくお父様と呼ぶようになった。最初は照れ臭かったが、そう呼ばれた時の国王はとても嬉しそうな笑みを見せていたので、頑張って呼び名に慣れた。


「相変わらずの溺愛ぶりだな。私もそれくらいの強さがあればこんな事にはならなかったのか……」


「状況が違い過ぎます。オレはクリスの事だけ考えれば良いですけど、お父様はそうもいかなかったでしょう? 国王ほど割に合わない職業はありませんよ。お父様は最大限出来る事をなさったと思いますよ」


「だが、娘に苦労を押し付ける事になるんだぞ?」


「あら? お父様はまだまだお元気でしょう? もちろん働いて頂きますわよ。だからそんなに、悲観なさらないで」


それから数ヶ月後、クリステルの王位継承が決まった。王位継承の儀式の際は、恩赦が行われる。ヒューと、ヒューに加担した者達は全員死刑を免れた。


ただし、ジルの願いにより生涯クリステルと会う事は禁じられた。クリステルに話しかけた瞬間に切り刻むとジルから散々脅されてから、元使用人達は城を出された。


ヒューは罪が多く、自由にはならなかった。入り口の閉ざされた塔で、生涯幽閉される。自分の命を狙った兄を減刑するなんて、新たに即位する女王はなんと慈悲深いんだと、民は新たな王に期待を寄せた。


ヒューを死刑にしなくて済んで、クリステルも父も喜んだ。


だが、ヒューにとって幽閉は死刑よりも辛い。その事を知っているのはジルだけだ。ヒューは、たった1人で幽閉された。水はあり、食料は定期的に届けられるし、塔の中で様々な物を育てる事も出来るので飢える事はない。沢山の本も差し入れられる。だが、ヒューは読書は嫌いだし、偏食だ。しかも、すぐ隣は城でいつもクリステルを褒める兵士の噂話が聞こえて来る。


(ヒュー様にとっちゃあ、クリスの褒め言葉は地獄だろうな。それで改心すれば良いし、ダメでもクリスと会う事はないから構わねぇ。改心すりゃあ、好きなアップルパイくらい差し入れしてやるんだけどなぁ。あーあ、オレもクリスの影響でお優しくなってんなぁ)


「ジル! 我儘を聞いてくれてありがとう。それと……急に即位してごめんなさい」


「ヒュー様があれじゃ、余程の事がねぇとクリスが女王だろ。そんなの最初っから覚悟してたから気にすんなよ」


「え……? ジルに攫って貰って逃げてた時から?」


「ああ、クリスはいずれ城に戻ると思ってた」


「どうして?」


「クリスを観察してりゃあ分かる」


「でも……わたくしあの時は本気で城を出るつもりだったのよ」


「けどクリスはお父様の事が気になるだろ? 城にヒュー様だけになれば好き勝手すると思ってた。王妃はあんだけ証拠残しときゃ断罪されると思ったけど、ヒュー様はきっちり証拠がねぇと無理だと思ってた。なんだかんだで、お父様は甘いから」


「そう……ね。その通りだわ」


「国を出ていても、情勢を耳にする機会はある。もし、お父様がご病気だと聞いたら、どうする?」


「帰りたいと言ったわ」


「だろ? クリスは分かりやすいんだよ。他の理由もあり得たけど、どっちにしてもしばらくしたら一回戻るつもりだったんだ」


「え?!」


「オレの前では忘れた顔をしてくれるだろうけど、クリスはお父様の事を心配してたろ? オレが強くなってクリスを守れる自信がついたら帰るつもりだった。予想外にクリス自身が強くなったから予定より早く戻れた。クリスは、いつもオレの予想を超えてくるな」


「だって、ジルと一緒に居たかったんだもの! 強くなれば、ジルの負担にならないと思ったの!」


「負担になって良いんだよ。夫婦だろ? オレもいつもクリスに助けて貰ってる」


「でも、ジルはもっと自由があったのに……」


「オレが望むのはクリスの隣にいる事だけだ。クリスだって、オレが居れば王だろうが何だろうが出来るだろ?」


「もう……わたくしの事をこんなに分かっているのはジルだけよ」


「分かりすぎて嫌か?」


「ううん、嬉しいわ。ジルと会ってから、わたくしはずっと幸せなの。あの頃死んでも構わないと思っていたのが嘘みたい。わたくし、おばあちゃんになるまで生きたいわ。ジルと一緒に」


「勿論だ。ずっと一緒に長生きしようぜ。先の事は分かんねぇけど、オレが生きてる限りクリスを守るよ」


「わたくしもよ! ずっとジルを守るわ!」


クリステルとジルの唇が重なり、美しい影が伸びた。国王夫妻の仲睦まじい姿に慣れた護衛騎士達は、微笑んでエスカレートしないように侍女達に目配せをした。


クリステル女王の治世は安定しており、国は繁栄した。良い事ばかりではなかったが、何故か致命的な事になる前に対処される。


その影には、いつも女王の伴侶の努力があった。


国民は女王を慕い、悪党は王配に怯えた。いつも仲のいい国王夫妻は末永く国を支え、晩年は離宮で仲睦まじく過ごしたという。

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婚約破棄された王女は暗殺者に攫われる 編端みどり @Midori-novel

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