第64話 父は、叫ぶ

「んな訳あるかよ。オレはクリスを愛してる。落ち着いてんのは単に対策をしていたからだ。じゃなきゃとっくにアンタの首と胴体はお別れしてるぜ。訓練なんてしてねぇ我儘王子様が、自分の手でクリスを殺そうとするなら毒かベランダから突き落とすの2択だと思ってた。両方やるとは抜かりがねぇな。けど、オレがクリスから離れた事にもっと疑問を持つべきだったな。オレはクリスがここから落ちても良いように対策をしたんだよ。でなきゃクリスから離れるもんか。誰が敵かまだ分かんねぇから、誰にも見つからずに網を張るのは苦労したぜ」


「なに……なんだと……」


「食事は安全だと分かっていたから、わざと毒見無しで食べたんだ。クリスが毒見もせず無警戒だと思ったから、紅茶に毒を盛ったんだろう?」


そう言って、ジルは紅茶に染まったハンカチを見せる。


「……じゃあ……紅茶は……でも! 確かにクリステルは口を付けたと! くそっ! 役立たずめ!」


ヒューが、落ちたナイフを拾い拘束されたメイドに叩きつけた。ナイフは誰も傷つけなかったが、メイドは怯えて泣き始めた。


ジルは、ため息を吐きながら冷たくメイドを睨みつけ、紅茶に染まったハンカチを掲げながら言葉を続ける。


「間違ってないぜ。紅茶は一口飲んだからな。けど、クリスはすぐに毒に気が付いた。だから残りはここにあるんだよ。一口程度なら解毒薬を飲めば問題ない」


「そんなもの……誰が……」


ヒューは、何かに気が付いて目を見開き、叫ぶ。


「あの冒険者か!!!」


ヒューが叫んだ直後に、ベランダからクリステルを抱えたガウスとルカが現れた。


「よっ……と。ジルさん、これは人命救助ですからね?!」


「分かってる。力があるのはガウスとルカだからな。もう良いだろ。早く離れろ」


「ういっす」


「クリスさん、大丈夫?」


ルカがクリスを抱えながら聞く。


「はい! ジルが大丈夫と言うから心配してませんでしたけど、まさか網が張ってあるとは思いませんでしたわ」


クリステルの軽い身のこなしに気が付いたのは、数名の騎士だけだった。使用人達は、明らかにガッカリしている。中にはクリステルを罵倒する者もいた。気が付いた騎士が急いで使用人を捕縛し始める。


ジルは、クリステルを抱きしめ、生存を確認するように慈しんだ。お馴染みの光景だが、慣れているガウスとルカ以外には少々刺激が強かったようで、騎士達が顔を真っ赤にして目を逸らしている。


これ以上は不味いだろうと、ガウスがわざと大きな声でジルに話しかけた。


「笛が鳴るまで誰にも見つからないようにするのが大変でしたけど、これで依頼は完了ですね」


「ありがとな。頼りになる冒険者だぜ」


クリステルを抱きしめたままのジルは、ガウスと和かに会話を続ける。その間に逃げようとする使用人達は、騎士とルカが手早く捕縛していく。


「任せて下さいよ。そうそう、レミィ達が入り口封鎖してるんで、逃げ足の早い方々も全員お休み頂いてます」


「さすがだな」


ジルは、騎士達に逃げようとした使用人を全員調査するように指示を出す。真っ赤になっていた騎士も、背筋を伸ばし職務を遂行し始めた。


「それから……悪いけど、国王陛下を呼んでくれ」


「呼ばれずとも来ておるわ。あんな大きな音を出しおって。ジル! ヒューの提案を飲んだフリをしたからクリステルから離れず警戒しろと言ったではないか! 何故ヒューが部屋に侵入する事を許した! ジルならば何事もなくやり過ごせただろう!!!」


「だからに決まってるでしょう? いつまでこんな事を続けるんですか? 息子が可愛いのは分かりますけど、オレはヒュー様を許しませんよ。たとえ、クリスが許してもね。獅子身中の虫もだいぶ炙り出しました。ゆっくりやりたかったんでしょうけど、ちまちま影を使っていてもキリがないでしょう? 影は人員不足なんですから」


「はぁ……確かにその通りだ。私が甘かった。私が間に立ちヒューとクリステルを繋げば、ヒューも変わると……思ったのだが……」


「無礼を承知で申し上げますけど、父親としては正解で、為政者としては不正解ですね」


「そのようだ。まさかクリステルが城に帰って来た日に殺そうとするとはな……」


「ち……父上……あの……これはっ……」 


「ヒューよ。私は何度も警告した筈だぞ。クリステルに危害を加えればヒューがどうなるのかを。聞いていなかったとは言わせぬ」


「何故っ……! やはり父上はクリステルが大事……なのっ……ですかっ……」


「私は、ヒューも、クリステルも大事だ。どちらも大切な私の子だ」


「ではっ……何故……クリステルを密かに見守ったり……逃したり……したのですか……。僕は幼い頃から毎週必ず父上が会って話をして下さいました。クリステルには会いに行かないと聞いていたから、僕は父上にいちばん愛されていると思っていました。母上も、それが僕の存在価値だと! 父上に気に入られている僕は価値があると仰いました! それなのに! どうしてクリステルを構ったのですか?!」


「そうしないとクリステルが死ぬからに決まっておろう!!!」


「そんなのどうでも良いじゃないか!!!」


「どうでも良い訳あるかっ!!! 命をなんだと思っておるのだ!!! 死んだらそこで終わりなんだぞ!!!」


国王の怒声が響き渡る。騎士も、メイドも、侍女も、冒険者達も、その場にいる者全てを威圧するような叫び。


国王は……大粒の涙を溢してヒューの肩を掴んだ。


「ヒュー・フォン・リーデェルを、妹であるクリステル・フォン・リーデェル殺害未遂の罪で捕縛せよ。ヒューよ、裁判は後ほど行うが、現行犯で証拠はある故、死刑は免れないと思え」

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