さむきゃん。
魔改造された陸上船、ホバークラフト。原型となったのは元アメリカ合衆国海軍が使用していたLCAC-1級エア・クッション型揚陸艇というものなのだが――果たしてその言葉からどのような
空を飛ぶ? のっけからホバークラフトではないね。
脚が生える? 生えるのは草だね。
音速を出す? 残念ながらコイツは
極端な寒冷化により化石燃料の一滴が人ひとりの命並みに重いこの時代、必要な魔改造は――省エネだ。やってることは温暖化時代=
車体上部には甲虫の如き煌めき、CdTe(カドミウム&テルル)化合物半導体ソーラーパネルSDG「S」型(貼り付けられるタイプ)。
更に太陽光がない時に備えてアラミド繊維使用スピンネーカーセイル「大航海Ⅵ型」30×20メートル。
そして車内には大型のDPV型レドックス活性ニトロキシル含有ポリマー使用の充電池。
どれも今じゃ最上のオプションばかりである。エレクトロニクスを製造する中国、日本、欧米、米国。皆凍り付いてしまったからな。
唯一気を吐いているバーラト・ガナラージヤ朝インダス王国(旧インド共和国)とて政情不安のため、生産ラインの稼働率は50を切ったという。
人類文明の弱点は列強がどいつもこいつも北より過ぎたこと。――各種資源供給地がまぁまぁ世界各地に散らばっていたのは幸運かもしれないが。少しだけ、だけど。
「ヨム・キプル」のアシエル曰く、結構頑張ったんだからちょっとぐらい褒めてもいいんだよ~? と俺の顔をもにゅもにゅと弄びながら言う。
残念ながら真横で
さて、そんなアシエルの口は今。
「で、ポリネシア産オーディンっていう筋肉が珍しく右手以外の仕事をしてね。プロテインのカンに従った結果――カップルを襲おうとする不届き者をとっつ構えたんだ!」
「それでそれで?」
「そいつはなんと軍人でね。即座に簡易式軍法会議が開かれた。被害者のカップルが極めてデリケートだったからね、その罪は大きなものになった」
「あーなんか予想ついたわ」
「ま、お察しの通り死刑だね」
昔話に花を咲かせていた。
「話はこれで終わりじゃないよ? その時偶々ボクと
「…………オチ、分かった気がする」
「
姦しさに車内は包まれた。笑う所だろうか? 俺としては当然の事を言っただけなのだが……。
ん? その後どうなったかって? もちろんダンジョン送りだ。そして帰ってこなかった。ええと、どの巨大樹だったっけな。
ひとしきり腹筋の痙攣運動を終えたあと、
「ねぇ
「どした」
「せんぱいの性癖って、仰々しい単語になってますけど要は――百合豚ですよね」
「――」
言ったなこのやろ。見てろ、見てろよ。
「……次は俺の場合だな。あれは確か
「おっとせんぱいそれ以上言うなら容赦しませんよ! かひふぃてある!」
「うぉ頭に嚙みついてから言うことじゃねぇあいぃてててて悪かった、悪かったから頼む放してくれぇ!」
こうして笑い声を絶やさないようにしながら車は進む。
辛い現実から目を背けて、それでも生きようとあがくために。
サンフランシスコからエリア51空軍基地までの距離は直線で考えると約640キロ。しかし俺達は未来道具的竹とんぼで一直線に飛んでいくというわけにはいかないので、もっとかかる。
具体的にはまず州間高速道路580号線に沿って移動、ウェストリーレストサービスエリアで5号線に乗り換え、バトンウィロウ付近にて降りベーカーズフィールドへ。その後は58号経由で15号に。北上してラスベガスに。そして北西に突っ切ってエリア51に……となる。
総距離は約930キロ。移動速度を時速40ノット(約74キロ)とするとだいたい12~13時間といったところ。
も ち ろ ん これもこの通りにはいかない。魔改造しているとはいえ、そんなペースでは燃料が持たないからな。
なので二泊三日で行く。足りない部分は大自然の力を借りるとしよう。
2037年2月1日、18:33、現在地 ベーカーズフィールド郊外にて。
昼間の移動は石油。夜間の暖房は昼間に太陽光発電したもので賄う。この辺りは短く言うと砂漠のような気候となっている。
つまり太陽が出ている限りそれなりの気温、沈むと氷点下。寒暖差は余裕で30を超える。なので防寒具は必須だ。こうなったのはもちろん大気中の温室効果ガスが殆ど無くなったせい。大気が熱を長時間閉じ込めることができないのだ。そしてついさっき「この辺り」と書いたが実のところこれは嘘。正しくは「地球上の大半が」、だ。
ところでさっきから「ガリガリ」という音と「チク……チク……」という音が混ざったものが聞こえる。その音源をアシエルがじぃと見つめていた。
「ん~と、どれどれ。おお朗報だよ
「というと?」
「このぐらいの分量だったら……10分、外に出てもいいよ」
「やったぜ」「ホントですか!」
相棒と声が重なる。
「みんなもし体調に異変を感じたらすぐに言うんだよ、安定ヨウ素剤、一応人数分あるからね。日は出てないけどいつもの装備も忘れずに!」
「エルお母さんみたい」
「ふふふ」
俺達3人はいつもの行動をする。
つまり、しっかりと帽子を被り、サングラスをかけ、念のためにとフェイスパックを顔に貼り付ける。これは男女両用で、紫外線対策であり、気休め程度の放射線対策でもある。そしてこの国では更にさらにゴーグルとマスクを。
完璧だ(個人が行える範囲としては)。
慣れそうで決して慣れることのない強烈な寒波がお出迎えした。
それなりに厚着をしているのだが、容赦なく寒さが侵入してくる。手指から、つま先から、耳から、首元から、そして鼻と口から。
外の空気を味わう代償として、ひんやりとした痺れがゆっくりと広がっていく。10回ほど呼吸をすればもう口内は冷蔵庫のよう。吐く息までも冷たい。今更のように体が震え始め、生えたばかりの体毛が逆立つ。服と肌でどれほど摩擦を生じさせようと努力しても、全くの無駄な行為だ。まだ3分と経っていないのに、末端の感覚は薄れつつある。
寒い、寒い、冷たい、冷たい、冷たい、冷たい、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――
カチカチと歯が五月蠅い止められない。瞬きを必要以上に繰り返す。そうでもしないと眼球が凍りそうだから。
しかし、それでも、外の空気は貴重であり、とても旨い。たとえ多少の不純物が混じっていようとも。死毒が蓄積されていくとしても。
正直10分も外に居れなかった。5分で十分だ。恥じらいをゴミ箱に放り投げ、ペンギンの越冬行為の如く塊になりながら3人は車内に戻る。
「う”う”う”、さぶいさぶいしっ死ぬゥ」
「外はマイナス20°だからね。ほら、こっちにおいで暖かい体と食事が待っているよ」
最後の力を振り絞ってデュナミスはアシエルに吶喊した。小顔が豊満に軟着陸。うむ、素晴らしい光景だ。素晴らしい。
魔改造は動力だけではなく内部まで及ぶ。中央部の貨物エリアと右の操縦室は一体化しており、簡易的な生活スペースがあるのだ。
今は折り畳み机、イスが並べられ、缶詰を主力とする晩飯が小皿に分けられ、湯気と共に並んでいた。コップには貴重な水が。
デュナミスを解凍し終えるとアシエルはエンジンルームへと向かう。戻って来た時その手には収穫されたばかりのホウレンソウがあった。
このホバークラフトにはエンジンルームのすぐ横に簡易的な野菜栽培室があるのだ。まだ現存するサウジアラビアのキング・アブドラ科学技術大学(KAUST)生物環境科学工学部に所属するパン・ワン氏ら研究チームが2022年に開発した栽培システム、「WEC2P」である。
空気中の水蒸気を吸収し、加熱されると凝縮した水として放出する新素材「ヒドロゲル」を使用し(これも同チームが開発)ソーラーパネルが生み出す排熱を水に変換。それで植物を育成する。という仕組み。
ちなみに、CdTe化合物半導体ソーラーパネルSDG「S」型、という最後の方が死語と化している部分の「S」はホウレンソウ( Spinacia oleracea)の事だ。
他の3つ? S(
……とかいう難しい話はもういいだろう。今から飯だ飯! 節約のため今日はグミぐらいしか食べてないからな……主食はトマトカレーなどの辛いものが中心のよう(俺以外は)。
「みんなの炊き立てごはん ヤマトウマイ米・αⅡ種使用」と書かれた包装紙を剥いてサバの味噌煮をかける。煮汁にはホウレンソウを浸す。あつあつを口に運ぶ。冷えた体にはたまらない。運ぶ。運ぶ。一気にかきこむ。懐かしい味だ。日本密航時代を思い出す。
「前から思っていたんだけどさ」
「何だ」
「
過去がフラッシュバックされる。
「んま、色々あったのさ」
「ふーん」
「わかっタ、秘密ある男は色香があるというやつ?」
「そーゆうことにしておいてくれや」
デザートのみかんとパイナップルをつつきながら俺は答える。横では
「アア~
よくできるなお前……前から思っていたけど舌、混乱しないのだろうか。
そして完全に日が沈んだ後、護衛と案内人はお楽しみをいっぱいして、受けの指の隙間から漏れ出る湿っぽい悦びのコーラスを聞きながら俺は寝袋の中で眠りについた。
翌日はラスベガスの郊外にて車中泊。この時はメキシコ帝国の略奪隊を警戒をして交代制の番を取った。あいつら見境ないらしいからな。
その翌日。無数の未確認的円盤型飛行物体や宇宙的銀色肌の小人たちのアツい歓迎を受けることは……もちろんなく、陰謀論的煽り看板の成れの果てを通過しながらエリア51空軍基地にたどり着く。エリア51というのはネリス試験訓練場という殺風景な名前の訓練施設にあるいち区域のことである。
アメリカ大分裂以前の施設がゴロゴロ転がっているが、その大半は空。残っているものも全て共食い状態であり、末期という言葉がピッタリの風景。中々なお出迎えである。タンブルウィードがあれば完璧だ。
「……で? これからどうするんだ」
「出迎え、いないんですか?」
「それがねぇ、どうもココさ、放棄されちゃったみたいなんだよね~でもご安心を。最後の最後の――希望があそこにあるんだ」
アシエルの言葉に首を傾げながら、ボロボロの滑走路を歩く。やがて一行の目の前には寂れた格納庫が見えてくる。かなりかすれているが、格納庫番号は「X117」と読める。
「さてと。やぁ、元王女だ」
<……音声認証、完了。……サンプルの提出を求めます>
「うん」
アシエルは入口の横に設置されていたBOXから針を取り出し、無造作に指に突き刺す。そうして出てきた数滴の血をプレパラートに乗せ、扉の中央に空いた受け取り口に滑り込ませた。
<…………遺伝子情報認証、完了。どうぞお入りください>
扉のロックが外れた音がした。「さぁ入って入って」と言われるがままに真っ暗な格納庫内を進む。その中央には巨大な物体が鎮座しているようだ。感じるのはそれだけではない。確かな破壊のための、機能美。その圧を感じながら階段を昇り、上から見下ろす形となる。
「いやぁこんなこともあろうかと、と思ってキープしてたんだけど。正解だったようだね」
アシエルが何か操作をしたのだろう、一斉に内部の電源が目覚める。
そこにあったのは――
「sorprendido……!!」
「えっ、コレ、爆撃機ってやつですか?」
「マジかよ、この可変翼、この大きさゴツさはどー見ても爆撃機……ひょっとしてB-1
「
「んなことより、ここに案内したってことは、コイツで第1
「うん。というかココにはもうこの子しか飛べるものないからね」
「アシエルお前、操縦できんのか?」
「アハハ、流石に無理だよ――ちょ、最後まで話を聞いてよ。幸いにもこの子はAI制御装置が搭載されているんだ。プロトタイプだけどね。だから目的地を設定してあげれば
「ホントに大丈夫なんだろうな……?」
ツッコミたいことは山ほどあるのだが、本当にこれしか手段がないらしい。ここより北は豪雪地帯となっていて陸路ではまともに進めないらしい。
まさか俺の人生において爆撃機に乗ることになるとはな。巨大樹出現といい寒冷化といい、予測不可能が過ぎるぜ全くよ。
「ところでこれ、何人乗り? まさか1人乗りで『オメェの席ねぇから!』みたいなことに」
「何バカなこと言ってるのさ。B-1は元から4人乗りだよ」
樹なんて大っ嫌いだ!~突然生えた巨大樹共のせいで地球は寒冷化したので破壊しようとしたんですけど、なんもかんもうまくいきません。ダンジョンのせいで~ ラジオ・K @radioK
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