思い出の品


 *


「南天が見たい」

「「南天?」」

 翌朝、昨日と同じ場所、同じ格好で三人顔を合わせたとたん、開口一番に意外な単語を口にしたタカシさんに、わたしと彩は声を揃えて訊き返す。

「南天って、あの赤い実ですか?」

 確認するわたしに、彼は「うむ」とうなずいた。ワシの思い出の品なんじゃ――と。

「南天……」

 彩も、考え込むように繰り返す。

 なるほど。これはたしかに難題だ。桜やイチョウなら周辺の公園なんかに植えられているかもしれないが、南天は低木だし、家庭で育ててもいない限り、なかなか見かけない。

 今から花屋や近所の家を回って探す? 当てなんてないし、仮に見つかったとしても、実を取るつもりなら、買い取るなり許可をもらうなりしなくてはならない。

 鑑賞するだけでも、場合によっては敷地に入る必要があるかも。どうやって事情を説明しようか?

 もっとこう、身近なところに……

 あれ? 身近?

「――あった」

 思わずこぼすと、ふたりがポカンとわたしを見つめる。

「うちにあるよ!」

 思い出した。何かとこだわりの強いママは、風水にも詳しいのだ。

 南天は鬼門の位置に置いておくと魔除けになるとかで、勝手口の前に鉢植えに入れて飾っていた。

 いつか、ハルカさんを追って来たときに見かけた記憶があるから、間違いないはず。

「何!? 本当か、サナ! どこにあるんじゃ!」

 鼻息荒く急かすタカシさんと、鉢植えの存在を覚えていないのか、目まぐるしい展開についていけないのか、若干置いてけぼりにされたような顔の彩を引き連れて、さっそく家の勝手口へ。

 しかし、

「えっ……」

 そこには、記憶通り南天の鉢植えがあった。でも、実はついているものの、小ぶりであまり色づいていなくて、南天と聞いて想像する鮮やかさには程遠い。

「まだちょっと時期が早いんだ」

 ふと、左隣に立つ彩が淡々とした口調で呟いた。

 言われてみれば、いつも十月の終わりくらいから見頃を迎える気がする。今はまだ半ばだ。

 むなしさを覚えながら反対側を見やると、やはりタカシさんもしょんぼりと肩を落としている。

「なんとかならない? 彩」

 人の感情を操作したり、見えるものを錯覚させたりできる彼女なら、何か手を打ってくれるかもしれない。

 そんな期待を込めて、再び彩のほうへ視線を移すが、彼女は「あ~……」と意外にも難色を示した。

「花は人間とは生命いのちの種類がちょっと違うから、僕の魔法じゃ、あんまりいじれないんだよね。犬とか猫くらいまでなら、コントロールできるんだけど」

「そう、なんだ」

 魔女とはいえど、なんでもかんでも思い通りにいくわけではないらしい。

「でも、花魔女のシンボルは花でしょ? それなのに専門外なんて、なんか変なの」

 魔女界隈のルールはつくづくよく分からないな、と思いながら、ちょっぴりむくれる。

「まぁ、まったく方法がないわけじゃないんだけどね」

 彩の独り言みたいな呟きにいち早く反応したのは、わたしではなく、タカシさんだった。

「その方法とやら、教えてくれ! ワシにできることなら、なんでもする! 頼む!」

 そう息巻いて体の向きを変え、わたしを挟んだ向かい側で、九十度に折り曲げんばかりの礼儀正しいお辞儀をした彼に、彩はめずらしくうろたえる。

「そっ、そんな大層なことじゃないよ。ただ、ちょっと段取りに手間がかかるから、めん――その、しばらく待ってもらわないといけなくて」

 おっ、今「面倒くさい」って言いかけて呑み込んだ。えらい!

 彩のささやかな進歩に喜びを噛みしめているわたしをよそに、「いくらでも待っておるぞ!」と胸を張るタカシさん。

 彩いわく、水魔女に「生命いのちの水」なるものを分け与えてもらえれば、植物の成長を促進させることができるのだという。

 そういえば前、花魔女以外にも役割の違う魔女がいろいろいるって言ってたっけ?

 急ピッチで準備しても夕方まではかかるとのことだったので、彩とはひとまず別れ、わたしとタカシさんは近所をぶらついて時間を潰すことにした。


「あっ、彼岸花」

 一歩一歩、ゆったりと変わっていく景色を眺めながら歩いている最中、足もとにぱっと映える赤を見つけて、わたしはしゃがみ込んだ。

 マントは一旦家に置いてきている。

 昨日とは違う散歩道。こんな道端にも咲いてるんだ。

 たまにはこうして、普段見落としがちなところに目を配るのも悪くない。こんなふうに、新たな発見があったりするから。

 なんて考えつつ、線香花火みたいな花弁を見つめていたら、傍らでタカシさんが同じようにひざを折る気配がした。

「サナは、いつも寂しそうな顔をしとるの」

「えっ……?」

 不意打ちの呟きに、なぜだか無性に心が揺らぐ。

「それに、不満げじゃ」

 重ねられて、今度は苦笑した。たしかにそうかもしれない。

「……この間、母と喧嘩して。つい、ひどいこと言っちゃって。それでちょっと、気まずいんです」

 タカシさんにぼやいたってしかたがないのに。そう思いながらも、一度口にしたら止まらなかった。

「前から思ってることはいっぱいあって。でもずっと言えなくて。だけど、あんなふうに爆発するくらいなら、小出しにしておけばよかったかなって。もっと違う伝え方もあったはずなのに」

 もっとも、訴えたところでママが聞く耳を持ってくれたかは、また別問題だけれど。

 そのまま勢いで、長年の詳細までこぼし始めてしまったわたしの声を、タカシさんはただ静かに聞いてくれていた。

「お袋さんは、お前さんがかわいくてしかたないんじゃろうて」

 そして話し終えた後、微笑み交じりにかけられたまたも予想外の一言に、わたしは知らず知らずのうちに俯き加減になっていた顔を、ぱっと上げる。

「まぁ、考えすぎるでない。話を聞く限り、お前さんも悪ければ、そうなるまで気づけなかったお袋さんも悪いんじゃ。だから、納得できないなら気が済むまで怒っておればいいし、反省しとるなら、お互いほとぼりが冷めた頃に謝ればいい。簡単なことじゃ」

 怒っていればいい。簡単なこと。

 何気なくて、ともすれば投げやりにも聞こえるかもしれない、けれどそのぶん明快な言葉の数々は、わたしの気持ちをすっと軽くしてくれた。

 タカシさんはおもむろに立ち上がると、気持ちよさそうに深呼吸した。

「思いっきり息ができるというのは、いいもんじゃなぁ……」

 わたしも彼を真似ようと腰を上げる。

 胸いっぱいに吸い込んだ秋風は、なんだか切ないにおいがした。

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