「全力を尽くしてあげるしかないよ」


 *


「ダイチくんね、自分が死んじゃったって、分かってないんだと思う。家族に気づいてもらえないって、不安がってた」

 折原家へ向かう道すがら、わたしは重たい口を開いた。

 悲しいけれど、そうだとすれば、両親やお兄さんがいるにもかかわらずひとりだとぼやいていたこと、誰にも気づいてもらえないと悩んでいたことにも納得がいく。

「それに……」

 ――カイにいがボクの5コうえでぇ、フウにいがボクの3コうえ!

「どう考えても、ダイチくんの話と、歳の差が全然合わないんだよね。一番上のお兄さんはもうひとり立ちしてるっぽいし、二番目のお兄さんも大学生みたいだから」

 わたしが昨日から思っていたことを打ち明けると、

「つまり、ダイチくんが亡くなったのは、かなり前……ってことか」

 隣を歩く彩も、わたしの言葉を引き継いでやはりそう続け、ため息とも吐息ともつかないものをひとつ吐き出した。

「まぁ、混乱するのも無理ないよね。あんなにちいさかったら、なおさら」

 言い添えた彼女に、変わらずうなずく。

 たしかに、たった一瞬の出来事で死んでしまって、目が覚めたら幽霊になっていました、なんて、わたしでもすぐには信じられないだろう。

「僕たちにはできることがあるんだから、それに全力を尽くしてあげるしかないよ」

「そうだね……」

 彩の言葉に、なんだか苦々しい気持ちで答えたとき、ふと、彼女の首もとが日差しを受けてきらきらと輝いているのに気がついた。

 ネックレス……?

 なんだろうと目を凝らす。

 どうやら特に飾りものというわけではなく、シンプルな金属チェーンらしかった。

 チャームが付いているような気もするが、肝心な部分は襟の中に隠れてしまっていて確認できない。

「ねぇ、それって――」

「着いたよ」

 尋ねようとした言葉は、彩の一言に遮られてしまう。

 なんのかんのと話しているうちに、いつの間にか折原家まで来ていた。

 躊躇なく歩を進める彼女の背中を、足早に追う。

 彼女は玄関の前に立つと、チャイムを鳴らして姿勢を正した。

 わたしも横に並んで、なんとなく背筋を伸ばす。

 しばらく待っていると、音を立てて引き戸が開き、穏やかそうな男性が顔を出した。

 お父さんにしては若そうだし、わたしたちと同じか、もう少し上くらいに見えるから、例の二番目のお兄さんだろうか。

 お兄さんらしき男性は、ポカンとわたしたちを見た瞬間、

「えっと、どちら様、ですか……?」

 と言って、怪しむように目を泳がせた。

 そりゃ、そうなりますよね……

 戸惑うわたしと男性をよそに、彩は淡々と続ける。

「すみません、こんなお昼時に。私、以前、カイさんとモデルのお仕事をさせていただいていた、野花彩といいます。当時は芸名で活動していたので、ご存じないかもしれませんが。先日、たまたまこちらのご実家の前を通りかかったもので、お元気かなと思いまして」

 おっと、これはかなり大胆な賭けに出たぞ!? しかも、「カイさん」で押し通してるし!

 もしや、秘策ってこれのことですか?

 大丈夫なんでしょうね? 彩さん。

 というか、彩も人前ではちゃんと、「私」って言うんだな。

 仕事中の男の人と同じような感覚なんだろうか。

 そんなとりとめもないことを考えながら、ハラハラしつつ見守っていると、お兄さんは意外にも合点がいった顔をした。

「あー、兄のお知り合いでしたか! 初めまして。折原海里かいりの弟の、ふうといいます」

 はっ! まさか名前まで判明してしまうなんて……

「実は、兄は海外のほうにいまして……こっちにはめったに帰ってこないんです」

 へっ、海外!? なんでまたそんな?

「そうなんですか」

「はい。わざわざ来ていただいたのに、すみません……」

 思いのほかとんとん拍子で進む話に、すっかり取り残されていたら、

「ところで、そちらの方は?」

 突然水を向けられ、ぴくりと跳ね上がってしまう。

「あっ、彼女は友人の――」

「たっ、小鳥遊沙那です……」

 彩につないでもらって、どうにか自己紹介する。

 うぅ……彩の助手を続けるためには、コミュ力を上げなくてはっ!

 悔しいやら恥ずかしいやらで、唇を噛んで俯いていると、彩が、ひざの前に提げていた紙袋をこっそり指さす。

 どうやら、このまま流れでお茶会に持ち込もうという魂胆らしい。

「あの、これ。クッキーなんですけど……」

 作戦を理解したわたしは、フウマさんにおずおずと紙袋を差し出す。

「あぁ――お気遣いありがとうございます」

 フウマさんが受け取って、しばしの沈黙が流れた。

 作戦失敗っぽい……?

 とはいえ、こちらが動き出さなければ、相手方から「ではこれで」だの、「お引き取りください」だのとは言いづらいだろう。

 気まずく思っていると、彩が後ろ手に軽く指を鳴らす。

 するとふいに、

「あいにく父も母も仕事に出ているので、この時間帯は僕しかいないんですけど。クッキーもいただいたことですし、よかったら中でお茶でもしませんか?」

 フウマさんが、まるで心を操られたみたいに、こちらの思惑通りの提案をしてきた。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 愛想よく返事する彩に合わせて、わたしも曖昧に微笑む。

「どうぞ」

 フウマさんはそう言って、わたしたちを歓迎するように引き戸を開け放った。

 今、魔法を使った……?

 そう尋ねるつもりでちらりと隣に視線を送ってみたけれど、彩は構わず家の中へと入っていってしまう。

 結局、強行突破に近い形になってしまったが、わたしのクッキーがちょっとしたきっかけになっていた気がしなくもない。

 少しはお役に立てたかしら。

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