第23話 アルバイト情報(5)〔課題の分析と戦略!〕
私には、自分が何を困難と感じ、それはどこに課題があって、その解決には何が必要かといった分析も戦略もなかった。
いや、こんなアルバイト探しに戦略があるとも考えなかった。
身の回りの学生を見てみればいい。せいぜい新しい服を買いたいとか、友人に勧められたとか、そんな程度の理由から、とりあえず近所のコンビニか焼き鳥屋にでも飛び込んで働いてみる、という以上の面倒な話があるだろうか?
周りの誰かに相談してみたところで、「あまり考えすぎず、まずはやってみたら?」などと言われるのがオチだ。
いったい私がアルバイト探しに奮闘するこんな話を、どこまで続けていいのか分からない。
私のような人間のために、仮に何かの分析や戦略がありうるとしても、そんなものに誰が関心をもつ?
できれば私も、高い山を登ったとか、熱い恋愛をしたとか、もっと心沸き立つ話を披露したいものだが、残念ながら私はそういうドラマに縁がない。
退屈な方には今少し辛抱いただき、一度始めたこの話を、区切りのいいところまで続けようと思う。
深夜までパソコンとにらめっこを続けたあの日以来、私はアルバイト情報を見ることに嫌気がさしてしまった。
食べ過ぎたあとの胃袋のように、それ以上のものは生理的に受け付けない。
私は一人、部屋の中で、何もできない時間をやり過ごしている。
机で頬杖をついていると、あの夜、頭が割れそうになるほど見続けたアルバイト情報の数々が、スクリーンショットのように目の前に浮かんでは消えていく。
私は限界までやった。だがアルバイト探しは一歩も進まない。
ノートに集めた情報も、頭の中のなすすべもない混乱を、そのまま映し出しているにすぎない。
このまま忘れてしまえればいい。あきらめてしまえればいい。
じっとしていると肌寒く、時折暖房をつけるようになったが、温風で体が緩んでくると、ふと頭が空白になったと思える瞬間がある。
すると私が言う。
そこでくつろいでいていいのか。
おまえにはやるべきことがあるんじゃないのか。
私は立ち上がり、部屋の中を一周してから、さっきとは別の場所にまた腰かける。
何が私を駆り立てるのか――。
誰かに負けたくないのか。
同じ土俵に立ってみたいのか。
役に立ちたいのか。
認めてほしいのか。
恥をかきたくないのか。
誇りを感じていたいのか。
権利を主張したいのか。
義務を果たしたいのか――。
つまりは人並みでありたいと願うのか。
人間でありたいと望むのか。
いやもっと具体的に考えろ。
私は何をしたい? アルバイトをしたい?
だったら私でも務まるように、仕事の条件を絞り込んだらどうだ。
例えば、勤務は週一回から始めてみるとか……。
でも週一回で、仕事や人間関係についていけるのか。
「ほかの日は何してるの?」と真顔で聞かれたらどう答える?
……体面を気にしてる場合じゃない。
だいたい私はなぜアルバイトをしたいんだ。
小遣い銭を稼ぎたい? 生活にメリハリをつけたい?
……人に聞かれたらそう答えるかもしれないが。
私は立ち上がり、部屋を出ると、一階に下りてシャワーを浴びた。
髪を乾かし、着替えをしたら、また考えた。
私はずっと引きこもっていて、自分に務まる仕事などほとんどないくせに、週一回だけ勤めるみたいな段階を踏むのは、きっとプライドが許さないんだろう。
……いやプライドだけじゃない。そんなヘナチョコが働いてても、邪魔になるだけだ。
だったら、一日か二日で終わる単発の仕事を試してみては?
……奮起したわりに持続性がないのが難点だけど。
できれば契約は長く続いて、仕事は短期で終わるような、都合のいいバイトはないだろうか……。
あったかもしれない。私は机の引き出しからパソコンを取り出し、起動すると、ブラウザで検索サイトを開く。
記憶をたどりながら、思いつく検索語を入力する。
――学会、会議、受付、誘導、機材
ある会議運営会社の情報が表示される。
通訳、翻訳、ディレクター業務などと並んで、アルバイト登録の募集も出ている。
会議、学会、展示会などの受付、誘導、クローク、運営補助、機材管理とオペレーション……。
応募資格は十八歳以上で高校生不可。
詳しい勤務形態などは書かれておらず、お気軽にお問い合わせください、とある。
おそらくアルバイト登録をしておくと、会議やイベントの開催期間に限定された、単発の仕事の案内が届く、ということではないか。
そんな話を、どこかの口コミ情報で読んだ気がする。
私は高校のころ、先生が関わっている研究会の運営を手伝うことになり、当時は扱える人がまだ少なかった、パソコンのプレゼンテーションソフトの操作を任され、重宝がられた経験がある。
そんな仕事なら、私にも務まるかもしれない。
詳しい募集情報を調べようと、さらに検索するが、うまく見つからない。
電話で問い合わせてみようか……。平日だから担当者と話せるはずだ。
私は携帯電話を取り出してみるが、バッテリー残量がほとんどない。
充電ケーブルにつなぎ、しばらく画面を眺めながら迷ったあと、思い切って番号を入力し、発信ボタンを押した。
呼出音のあとに応答したのは、女性オペレーターだった。
「はい、ABCコンベンション スタッフオペレーションセンターです」
私は携帯につながれたケーブルをひねりながら言う。
「あの、ネットでアルバイト登録の案内を見たんですが」
「どの仕事の案内ですか?」
「……は?」
「○○化学会のスタッフ募集ですか?」
「……私が見たのは、アルバイト登録とだけ書かれたものですが」
彼女によれば、ただ登録するというより、まずはどこかの会議でスタッフとして働き、その後希望に応じて別の仕事の案内も受ける、という仕組みのようだ。
都内で新規に募集が始まったものの中に、○○化学会の運営補助スタッフがある。
期間は十一月○日から四日間で、初回登録の場合は事前の面接と説明も行われるとのこと。
「学生さんでいらっしゃいますか?」
「……はい」
「こちらの化学会の仕事から始めていただくこともできますよ。期間中のご都合はいかがですか?」
休学中の身だが、少しもったいぶって、たぶん大丈夫です、と答えた。
「ご都合に応じて勤務日は調整いただけますが、四日間可能な方を優先させていただいています。勤務地は東京港区の○○会議センターでして、化学会の受付、クロークなどの接客、会場での機器操作や照明などの業務を、希望や適性に応じてお願いしています。このお電話で申し込みをいただけますが、どうされますか?」
経験不問で、今日も何人かの学生が応募しているとのこと。
履歴書等は面接会のときに持参すればいいそうだ。
試しにかけてみた電話で、こんな展開があるとは思わず、決断できずに口ごもっていると、彼女は重ねて言う。
「お名前、年齢、ご連絡先と、学生さんであれば学校名だけいただければ、ひとまず応募者リストに登録させていただきますが……」
「はい、私は……」
森下準、もうすぐ十九歳、横浜市神奈川区在住、○○大学一年。
連絡先として携帯電話とメールアドレスを伝えた。
面接と説明は来月○日。集合の場所と時間を教えてもらったが、あとでメールも届くという。
電話を切ると、携帯を折りたたみ、指で髪をかきあげ、椅子の背にもたれかかる。
カーテンの隙間から外が見えた。立ち上がって窓に近づき、半分ほど開けたら、風が頬を打った。
ここから出られるかもしれない――。
胸が高鳴り、とっさに窓枠をつかんだ。周囲の風景が動き、足元が揺らいだように思えたからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます