第23話 アルバイト情報(2)〔情報を受け止めきれない……〕
屋外に出てからデパートの位置を確かめ、入口まで歩いて中に入る。
エスカレーターで八階に上がると、休憩スペースと無料のウォーターサーバーがある。
休日には家族連れなどで込み合うが、さすがに今は人影も少ない。
ウェーターサーバーに歩み寄り、備え付けの紙コップに水を汲んでからベンチに腰掛け、二口飲んで目をつぶる。
いったい私は何をしているんだ。
子どものおつかいじゃあるまいし、アルバイト情報ごときがなぜ見つけられない。
棚の位置は確かめたし、書店に戻ってもう一度探してみようか。
しかし店員の言うように、職種や地域で情報が分かれているとしたら、私は何を手掛かりに、どう目標を絞り込んでいけばいいのか。
私は途方にくれたようになり、手に紙コップを持ったまま横の柱にもたれかかる。
私は書店に戻るのが億劫になった。
目指す情報を得られないなら、わざわざ戻ることになんの意味がある。
確実に情報を得るには……確か通りの先に、個人経営の古い本屋があったはずだ。仮に息を止めたままでも一周できるくらいの広さだ。
あそこなら、私にだって探し物ができるかもしれない。
私はゆっくり立ち上がり、コップを捨ててエスカレーターを下った。
デパートを出てから、再び自分のいる位置を確かめる。
落ち着いて見れば、辺りの風景は以前と何一つ変わらない。
通りをまっすぐ進み、左の路地に入ったところに目指す本屋はあった。
入口まで足早に近づき、思い切って中に飛び込んだ。
すると目の前に店主が座っていた。
目線がすっかりかち合ってしまい、何か話さざるを得ない状況となる。
「あの……アルバイト情報、ありますか」
店主は細い目で私を眺め、右手の棚を指さして言った。
「そこに、あるよ」
礼を言って棚に歩み寄る。店主の言うとおり、求人情報誌がいくつか並んでいるが、私はその限られた中でさえ、どれをどう見るべきなのか見当もつかない。
とりあえず表紙の色が目立つものを手に取り、何のあてもないまま真ん中あたりのページを開いてみる。
○○新聞販売 正規雇用あり
アルバイト・パート・正社員
販売スタッフ、仕分け作業、営業
時給○○円以上、月給○○円以上
勤務時間 応相談
未経験・初心者OK、フリーター歓迎 接客マナー研修あり バイク免許取得も応援
……新聞配達か……早起きが絶望的に苦手だし……
○○警備保障株式会社 短期可 週3日以上、シフト勤務で月○万円可!
アルバイト・パート
警備スタッフ、その他警備誘導等
日給○○円以上
勤務時間 20:00~5:00、8:30~17:30
勤務地多数、お問い合わせください。
……警備ね……私が行っても役に立たないだろうな。
(株)○○ビューティ 美容モニター エステ・脱毛など お得にキレイに!
アルバイト・業務委託
覆面調査スタッフ
謝礼・報酬
勤務時間 応相談
未経験・初心者OK、主婦・ミドル歓迎
……仕組みがよく分からないが……美容とは程遠い暮らしをしてるしな。
○○株式会社スタッフセンター 勤務地が選べる! 人気のアパレル販売 週2日から
アルバイト・パート・一般派遣
販売スタッフ
時給○○円
勤務時間 10:00~21:00
未経験・初心者OK
……アパレル販売は経験あるけど……トラウマもある。
ふと店主のほうを見ると、元の姿勢のまま静かに座っている。私は無言で情報誌に目を戻す。
株式会社○○プロモーション ショウビズデビューへの第一歩。日払いOK!
アルバイト・パート
モデル、俳優、エキストラ、歌手
日給○○円以上、時給○○円以上
勤務時間 応相談
経験は一切不問、能力やレベルにより優遇
……こればっかりは……何の芸もできないし。
○○アカデミースクール 空き時間を使って塾講師 週1日以上
アルバイト・パート
塾講師
時給○○円以上
勤務時間 17:00~22:00
未経験・初心者歓迎 経験者優遇 学生歓迎(4年制大学以上)
……これはきっと……私じゃ偏差値とブランド力が足りてない。
私は分からなくなってきた。
このまま読み進んでいっても、私にできる仕事なんてあるんだろうか。
時間をかけて探せば、いくつか候補は見つかるかもしれないが……。
それから先方に電話をかけて、履歴書を書き、面接して……。
いや待てよ、そもそも自分の身分をどう説明する?
学校を休んで薬を飲んでますと伝える?
まあ仮に雇われたとして、出勤して、挨拶して、仕事を一から教わって……
それでも、その仕事が私に務まるかどうかは、誰にも分からないわけだし……。
なんだか目がしばしばしてきた。
まばたきを忘れていたかと思い、まぶたをギュッと閉じてまた見開くと、店主がこちらの様子をうかがっているのが見える。
やっぱり不審に思われてる?
とりあえず手に持った情報誌をパタンと閉じて、店主のほうに歩み寄る。
「これください」
店主は例の細い目で私を見つめ、包装用の紙袋を取り出して言う。
「○○円です」
お金を払って紙袋を受け取ると、いかがわしい本でも買ったみたいに、バッグの中に手早く押し入れる。
本屋を出たら、大股で歩いてその場を立ち去る。
これからどこへ向かう?
……得るものは得たし、あとはもう家に帰る以外にない気がした。
自転車置き場に戻り、バッグをかごに放り込む。
ペダルをこいでスピードをあげると、秋の風を体に感じた。
私は海が見たいと思った。遠回りにならないよう中途半端に迂回したら、海だか川だか分からない濁った水辺に通りかかる。水面には、船なのか物置なのかよく分からないものが浮かんでいる。
空は高いのに気分は晴れない。それはきっと、バッグの中にある本のせいだ。
家に戻ると、母は外出中で不在だった。
それでも私は隠れるように二階の部屋に入り、持ち帰った本をバッグから取り出して、紙袋に入ったまま、扉のついた棚に押し込んだ。
シャツを脱いでメイクを落とすと、どっと疲れてベッドに横たわる。
まだ日は高く、外からは子どもの遊ぶ声が聞こえる。
これからどうする……次の一手は?
などと思い巡らしていたら、やがてまぶたが重くなり、毛布をかぶって寝てしまった。
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