第21話 メッセージ(2)〔音信不通と清算〕

「ジュンさん、元気?」

「ご無沙汰してます。私は……まあ普段どおりです」

「毎日、何してるの」

「そう聞かれても、答えるネタがないの知ってるでしょ……」


 中野さんは笑って言った。


「早希からは、連絡来てる?」

「それがこのところ、ぱったりメールが来なくなって……」

「ああ……」

「何かあったんですか?」

「彼女、就職したのよ」

「……就職?」


 私は意外な感じがした。最近までのやりとりからして、彼女が毎朝通勤する姿が思い浮かばない。

 何か、心に期すものがあったのだろうか。

 そう尋ねると、中野さんは言った。


「単にお金が続かないからよ。生きていくには、食べたり飲んだり、しなきゃいけないしね」

「……彼女、そういう手堅いところもあるんですね」

「誰かに養ってもらうタイプでもないし……。そもそも関係が長続きしないから。背に腹は代えられないってところかな」

「ふーん。それで私にメールする暇も、なくなったわけですね」

「いや、たいして忙しくもないはずよ。彼女ね、携帯のアドレス帳、全部消したの」

「……消した?」


 中野さんによれば、早希は何かの節目になると、アドレス帳を全消去する習性があるらしい。


「でもそれって……困らないですか?」

「消したあとに、たまに泣き言を言うわ」

「……なぜそんなことを、するんですか」

「そうね……一種の区切りの付け方なんじゃない?」

「区切りって……古いものを切り捨てるってこと?」

「そればかりか、まだ新しい大切なものまで捨てようとするのよ」


 早希は私の番号やアドレスも、消してしまったらしい。

 そしてこれまでの習性からすると、じきに自分の番号やアドレスも、変えてしまうという。


「それじゃあ、誰とも連絡が取れないじゃない……」

「ほんと、潔いのを通り越して、自分を痛めつけてるみたいよね」

「でも中野さんとは、どうやって連絡を取るの?」

「私にはね、職場に電話をかけてくるの。区役所のホームページに番号が出てるから」

「なるほど……」

「それから、親しい友達は、彼女のホームページに書き込んでくるみたい。ホームページのアドレスも、たびたび変えちゃうんだけど、検索したり人から聞いたりすれば、すぐ見つかるしね」


 中野さんは、そのことを私に伝えたかったのだろうか。

 私は少し考えてから言った。


「私も、何か声をかけるべきでしょうか……」

「あなたの負担になるなら、無理に書き込むこともないわ」

「……」

「彼女、あなたに甘えすぎなのよ」

「……早希って、予測がつかないことするし……私も、なんだか余裕がなくて……」

「そうね、自分を第一に考えていいと思うわ」

「ええ……ただ……」

「……何?」

「早希のことは、嫌いじゃありません」


 中野さんは、それを聞いて安心した、と言った。


 それからしばらく、互いの近況を伝え合った。

 私は相変わらず部屋にこもってばかりで、特に朝方に落ち込んだり、ときどき頭が混乱したりする。

 中野さんは九月も終わりになると仕事が忙しく、なんとか合間を見つけながらNPOの活動も続けている。この電話も職場からかけているそうだが、中野さんは仕事とそうでない部分の境目があいまいなようだ。

 榎本さんや村田さんは、変わらず支援センターで活動しているという。


 やがて電話を切ると、ベッドの上に横たわる。

 辺りは静かで、エアコンの作動音が聞こえる。


 私の生活は変わらない。

 早希や中野さんたちと出会ったことが、私になんの影響も残さないはずはないと思ったが、ひとまずは、自分の安定を乱す事柄から離れ、この小さな部屋に戻ってきた。

 私は立ち上がり、部屋を出て、どこへ出かける予定もないのにシャワーを浴びた。

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