第21話 メッセージ(1)〔メールと説教〕

 私はその後も相変わらず自分の部屋で過ごした。

 私が久しぶりに誰かと連絡を取り、一日出かけたようだと、母は気づいていたろうが、特に干渉もしなかった。


 中野さんからは何度か電話があった。

 あの日、早希は結局横浜のバーに現れず、中野さんの電話にも出なかったらしい。

 早希の友人に聞いても居所は知れなかったそうだが、その夜、短く日記の更新があったという。



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  9月○日

  今日は午後から外出。

  用事が済んだらとっとと家に帰り安ワインを飲む。

  久々に歩いて足腰が痛いけど、それ以外はいたって元気です……

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 あなたや私への、早希なりのメッセージよ、と中野さんは言う。

 それを聞いて安心はしたが、私は早希のサイトは見ないようにした。私のことが今後どう書かれるのか、考えただけでも恐ろしい。


 私から連絡を取らずにいると、じきに早希のほうから携帯にメールがあった。



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  元気? あたしは日に焼けた!

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 初めは何事もなかったように親し気な書きぶりだ。



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  私も肩がヒリヒリしてさ。

  柄にもなくタンクトップ姿で歩き回ったせいかも。

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 そう差しさわりのない返事をしておくと、早希はだんだん本気を出しはじめる。



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  あたしが腕を出せないのをいいことに、自分だけ大胆に脱いじゃうんだから。

  ジュンは、人を置き去りにするタイプだよ。

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 また責められるのかと思いつつ、それには直接答えないようにして、早希のその後の体調を尋ねてみた。

 早希の返事はこうだ。



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  あたしはあのあとも、切ったりしてないよ。

  中野さんにも伝えるといいわ。早希は土壇場で踏みとどまってるみたいだって。

  ……まあ、あなたがたには関心もないだろうけど。

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 どう答えたものか迷ったが、そこはストレートに気持ちを伝えることにして、



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  そんなことないよー。中野さん、早希のこと気にしてたし……私もね。

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 と返信すると、早希にスイッチが入る。



  ~~~

  あたし、このところずっと引きこもっててさ……。

  外に出るのはコンビニに行くときくらい。

  まだ暑いのに帽子かぶってマスクして、ワインと食料を調達するんだけど……全部食っちゃうのよ。

  気持ちは荒んでるのに、体形ばかりが平和にむくんでくるし……どういうこと?!

  ときどき叫びたい気持ちにもなるけど、でもそんなあたしの声が、誰かに届くことはあるんだろうかって思えてきて……。

  あたしがどんな思いでいるか分かる?

  あたしを気にしてくれるのはありがたいんだけど、結局あなたたちの尺度で、見てるだけなんじゃない?

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 なぜこう人に難癖をつけようとするのだろう。

 とにかく、あなたの好みには沿わないかもしれないけど、あなたを気にする人はいるんだということを、伝えるよう努めたが、言葉を尽くせば尽くしただけ、彼女の不満は募るようだ。



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  見苦しく泣き言を言うやつだって、思ってるでしょ。でもね、自分でも留めようがないのよ。

  ジュンになら、あたしの言葉も届くと思ってたのに……買いかぶりだったようね。

  あなたに悪気がないのは知ってるわ。鈍いとも思わない。

  ジュンって素直だし、協調性もあるし……あたしよりかはね。


  でもどう言うのかな、あたしたちの中の、もっと深いところで、つながってるものって、あるはずじゃない。そういうものを、ジュンは見ようともしない。


  ……中野さんはいいのよ。あの人、もう出来上がっちゃってるし、良くも悪くも、決まった枠組みでしか物を見ないから。

  でもジュンは違うわ。さんざん道に迷って、人の輪からはみ出して、医者の世話にまでなって……

  なのに、なぜそう訳知り顔に、人に優しい言葉をかけようとするの?


  あたしを気にしてるって?

  中野さんが言うのと、ジュンが言うのとでは、まるで意味が違うわ。

  あなた、まだそんなにひ弱でひよっこじゃない。


  もっと途方に暮れなさいよ!

  そんな上っ面な態度じゃ、話もできやしない。

  ~~~



 これでも十分途方に暮れているつもりなのだが……。


 私なりに早希の真意をくみ取り、言葉を返すよう努めたが、早希はそのたびに新しい言い分を見つけて、違った角度から私の非を責めようとする。


 これ以上、何をどう答えたらいいのか、それこそ途方に暮れる思いだったが、幸か不幸か、携帯メールでのやりとりには限界がある。

 やがて早希は長文の入力に疲れ、自分から返信するのをやめてしまった。


 だが次の日に、また早希のメールが届く。

 最初は変わらず親し気で、たわいのないやりとりが続くが、途中でふいに調子が変わり、私への説教が始まる。

 こちらも暇だからいいものの、こう連日責め立てられると、正直やりきれない気持ちになる。

 そして次の日も、また次の日も、メールが届く。


 ところが、ある日を境に、早希からのメールがぱったり来なくなった。

 連日のメールに疲れたか、それとも新しい関心事ができたのか。

 おかげで私の携帯は完全に沈黙し、着信履歴はゼロのままだ。


 静かな時間が戻ってきた――。

 と思っていると、今度はいきなり電話がかかってきた。中野さんからだ。

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