第20話 団地でビラ配り(10)〔新しいバディと語る〕

「お疲れ様でした。やっと終わりましたね」

「手伝ってくれてありがとう。榎本さん、タフですよね……」

「私は慣れてますから。ジュンさんも、頑張りました。強い人ですね」

「……私? だからそれは見た目で言ってるでしょ? ちょっと体が大きいだけ」


 実際、小柄な榎本さんと並ぶと、かなりの凸凹がある。

 榎本さんは私を見上げるように言った。


「ジュンさん、手足が長くて、素敵です」

「そんな……お世辞でも、うれしいわ」


 榎本さんは笑いながら言う。


「面白い言い方ですね。私、お世辞は言いません」


 世間の標準はともかくとして、榎本さんの言葉に嘘はないのだろう。

 それで私は、さっき早希に聞きかけたことを、榎本さんにも聞いてみようと思った。


「榎本さんってさ……村田さんのことは、よく知ってるの?」

「ときどき一緒に仕事をします」

「村田さん、学生のときに、うつになったそうだけど」

「……そうですか?」


 そこまでの話は知らないのだろう。私は続けて聞いた。


「村田さん、支援センターで、何をしてるんですか?」


 榎本さんは屈託のない声で答える。


「村田さんは、会社で働きたいと思っているんです。でも今は無理だから、あおぞらで仕事をして、その準備をしてるんです」

「ふーん」

「私もそうなんですよ。いつかは外で働いて、給料をもらって、そのお金で食事をしたり、コンサートに行ったりするのが、夢なんです」

「そう……。榎本さんなら、きっとできると思うわ」

「ほんとですか? お世辞でも、うれしいです」


 私は笑った。ただ私の言葉もお世辞ではなかった。榎本さんと私では、榎本さんのほうが先に働ける可能性が高いと思ったからだ。

 私はさらに聞いてみた。


「それから、支援センターに、学生ボランティアさんが、来てるんですって?」

「……はい、ときどき来ます」

「その人も……病院に通って、学校を休んでるって、話だけど……」

「……そうでしたか?」


 やはりそんな話も知らないのだろう。でも私は聞いてみた。


「その学生さんって……支援センターで、支援をしてるの? されてるの?」


 榎本さんは、そのあいまいな質問の意味が分からないようで、しばらく考えてから、こう言った。


「学生さんって、うらやましいです」

「……え?」

「私は、たぶん、なれませんから」


 私は自分がくだらない質問をしたと思った。

 そのとき榎本さんが、腕時計を見て大きな声をあげた。


「いけない! もう時間です」


 私も時計を見ると、待ち合わせ時間まであと五分ほどしかない。

 ほんとだ! と私が言うと、榎本さんは私の目をまじまじと見て言った。


「どうしよう……」


 榎本さんは心底困っているようだ。私は言った。


「今からすぐ戻れば大丈夫よ。私、早希を迎えにいくから、榎本さんは、村田さんと一緒に先に行っててくれる?」

「はい……私、一生懸命になると時間を忘れるんです。いつも注意されます……」


 それは右に同じだ。

 榎本さんは残ったビラを手に持って、村田さんのいるほうへ飛んでいこうとしたが、私はあわてて引き留めた。


「あ、ちょっと待って!」


 榎本さんはダッシュの姿勢のまま私を振り返る。私は言った。


「あのさ、あそこ、分かる? ほら……」

「……なんですか?」

「団地の一階に、柱があって、自販機があるところ……」

「ああ、集会所のことですね?」

「それ! それって……どこ? 早希がそこにいるの」


 榎本さんは方角を指さしてくれた。


「それから、くるくる公園って、どっち方面だっけ……」


 榎本さんはそれも指さしてくれた。

 私たちは二手に分かれ、それぞれの道を急いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る