第20話 団地でビラ配り(5)〔炎天下でビラ配りに出発〕
中野さんが再び古屋さんと打ち合わせを始めると、今度は村田さんが近づいてきて、私に話しかける。
「あの……ジュンさん、とおっしゃるんですね」
「……はい」
「学生さん、なんですか」
「ええ……まあ」
「病院に、通われてるんですか」
「……はい。心療内科に通ってます」
と私は隠さずに言った。
「うつ、とかですか」
「よく分からないんですが、違うと思います」
「あおぞらにも、学生さん、来てますよ」
「あおぞら?」
「あ、支援センターの、名前です」
「ああ、その支援センターに、もう一人学生ボランティアさんが、来てるってことですか」
「ええ、彼女、大学生なんですが、やっぱり、心療内科に通ってて、それで……休学してるそうです」
私はなんと答えていいか分からなかった。村田さんは言う。
「実は私も学生のころ、うつになって……それで、あおぞらに、関わり始めたんですが……」
だからどうなんですか、と言ってやりたかったが、とりあえず黙っていると、村田さんは、失言を取り繕うみたいに言った。
「いえ、その……なんか、奇遇だな、と思って……」
世の中には似た境遇の人が多いのか、それとも、ここはそういう人ばかりが集まる場所なのか。
支援センターって、どんなところですか、と聞いてみようと思ったが、そのときトイレのほうから、早希が爽やかな顔で戻ってきた。村田さんは逃げるように私のそばを離れる。
早希は私に近づくと言った。
「お待たせ」
「手、洗った?」と尋ねると、早希は、
「洗ったわよ!」と断言し、その手を私の肩に乗せた。
(注:あおぞらは、障害者の就労支援事業所ということらしい)
◇
一同はビラ配りに出発した。
コミュニティプラザを出ると、午後の日差しが降り注ぐ。
早希は、う、暑い! と、言わなくても分かることを口走る。
私はサングラスをかけたが、気づくと中野さんもサングラスをかけている。私のサングラスが十個は買えそうな立派なやつだ。
しばらく歩くと目的地の集合住宅が見えてくる。
昭和に建てられた五階建てで、ベージュに塗られた鉄筋コンクリートの棟が十以上は並んでいる。
私はなんだかこの風景を見たことがある気がした――。
それは私が小さなころに、父の勤務先の社宅に住んでいたせいかもしれない。
ここより規模は小さかったが、やはり鉄筋コンクリートの集合住宅で、建てられた時代に共通する様式があったんだと思う。
住んでいたのも、たぶんここと似たような人たちだ。故郷を離れ、新しい家庭を築き、夫は成長を続ける企業に勤め、妻は今どきの家電で家事をしながら、あるいは子どもを保育所に預け、別のキャリアを積んでいたかもしれない。
私が覚えているのは、南側のバルコニーから差し込むたっぷりの光だ――。まだ小さかった私は、時折母に連れられて、近所のお宅を訪ねることがあったが、そこでもわが家と同じ光が、分け隔てなく差し込んでいたのを覚えている。
あれから何年経つのだろう。今、目の前の団地を見ると、外壁には、日々の暮らしの積み重ねを示す、ひびや汚れが目立つ。その周りには、ちょっと育ちすぎた木々が、あちこちに陰を落としている。
幼いころに見ていたものとは、似ているようでどこかが違う。何か懐かしいような、切ないような、収まりの悪い気持ちが湧いてくる。
――そんな物思いから、ふとわれに返ると、一同はある棟の北側の、日陰になった通路に立っていた。出入口のある側だ。
すぐ横には「くるくる公園」と書かれた小さな児童公園がある。
隣にいる早希は、早くもバテ気味で、ふてくされたようなそぶりを見せている。
村田さんもうつむき加減で顔色が冴えず、榎本さんだけは変わらず朗らかだ。
古屋さんが一同の前に立ち、首のタオルで汗をふきふき説明を始める。
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